告白の返事を聞くために、僕は戻ってきた

武者小路団丸

第1話 返事を聞く前に、僕は死んだ。






あの日、僕は走っていた。

息が焼けるように苦しく、心臓は暴れ馬のように胸を叩いていた。

スマホには、たった一行のメッセージが光っていた。


話したいことがある。今日、会える?




あと数百メートル。

赤信号。

横断歩道の向こうに、彼女が立っていた――。


ブレーキ音。

衝撃。

世界が裏返った。


……熱くも寒くもない。

闇だけが広がっている。

風も匂いも、足場もない。

息を吸っているのかさえ、わからない。


声を出してみる。

けれど、空気が震えない。

自分の声が、自分に届かない。

この世界には音が存在しないのだ。


そのとき、遠くに“白”が滲んだ。

闇を裂くように、じわりと膨らみ、形を持ちはじめる。

足音も風もない。

それなのに、距離がみるみる縮まっていく。


やがて白は人の形になり、僕の目の前で止まった。

白いローブ。

影もなく、輪郭だけがはっきりしている。

顔は見えないのに、“視線”だけは感じた。

押し返されるような圧が、肌にのしかかる。


「君は、まだ終わっていない」

声は、耳ではなく頭の奥で響いた。


何か言おうとするが、喉が言葉を覚えていない。

低く、穏やかな声。

だが、その奥底に焦りが滲んでいる。

言葉の間は短く、袖の奥の指が微かに震えていた。


――僕は悟った。

この人物は、僕を急かしている。

でも、なぜ?


「待ってください」

声が、やっと出た。

「僕は……まだ、返事を聞いていないんです」


沈黙。

ローブの人物は、ゆっくりと首を横に振った。


「それは、君の“未練”だ」


闇が、息を飲んだように揺れた。

次の瞬間、足元の何もないはずの空間が――動き出した。

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