第12話

「君には援護してもらう。その炎の羽で」


 真っ先に言われたのは当たり前のことではあった。むしろ、燎にはそれ以外に彼女を助ける方法がない。


「どうやって倒すつもりなんだ?」


「真正面から倒すに決まってるでしょ。……あ、君の知っている人だからって容赦はしないからね。殺しても文句は言わないでよ」


 もちろん、とは言えなかった。彼女が恐ろしいことも知っているが今までの優しい部分も記憶にあるのだ。


「文句は、言わないよ」


 屋上の扉の前、やけにその言葉が響く。その時、綾華が無言で頭を撫できた。


 居心地が良く、されるがままになっているとふっと彼女の手の感触がなくなる。


「私は真正面から戦う。事前に知っているのとそうでないのとでは大きく違う。知っていれば私は勝てる」


 自信満々に言いながら彼女は扉を開けた。


 ――すでに彩羽はいた。


 綾華たちの真正面、仮面を外し海側を見ていた彼女が、燎たち二人を見る。寂しそうな顔をしたと思ったのも一瞬だった。


 綾華が勢いよく扉を閉め、燎を抱え階段を飛び降りていく。その背後で扉の壊される大きな音が鳴り響いた。


 綾華は一階まで降りていき、階段に近い教室に入った。教室窓側の側、廊下を見張るようにして燎と綾華は立つ。


「君は私の側にいなさい」


 階上からは彩羽の声が聞こえてくる。決して大きな声ではない。しかし、妙に耳に入って来る。


「――燎ちゃーん。なーんで、そんな女と一緒にいるのかなあ? その人は良くないよー。とっても悪い人なの」


 声は段々と近付いてきて、ついには教室の扉を開け放った。


 仮面を被った白いローブの女性。入ってくるのはその女性のみだった。


「ねえ、燎ちゃん。私のお話聞こえてた?」


「……どう悪いの」


「やっちゃいけないことをやっているの。ううん、その人だけじゃない。騎士団の人間、全員がそう。精霊様の邪魔をしているんだよ。精霊は世界の意思そのもの。抗っちゃダメなの。なのに、その人達は、人間を残したいがために戦っている。精霊様はお怒りだよ。許されない大罪だよ。たとえ世界が壊れようとも抗うなんて傲慢すぎるよ」


 彩羽の言っていることの半分も理解が出来ない。彼女は元からこんなんだったのだろうか。それとも、知らなかっただけなのか。


「何言っているか分からないよ、彩羽ねえ」


 そう言うと、彼女は少し黙ったあと、「あれ? なんでバレてるのかな?」と戸惑った様子を見せた。


 その瞬間、綾華が大きく踏み込み、刀を横薙ぎに一閃した。


 上下に分かたれ横にずり落ちていく彩羽。


 終わった。


「本当に?」


 そう思った瞬間、死体になっているはずの彩羽から突如霧が噴き出した。もうもうと教室内を埋め尽くし、綾華の姿が見えなくなる。


 綾華の名前を叫ぼうとすると、誰かに抱えられ窓を突き破った。校庭に出て無造作に落とされ、慌てて見ると、そこに居たのは仮面を外した彩羽だった。


「彩羽ねえ」


「燎くん、君には少しばかり聞きたいことがあるかな」


「……なんで綾華を狙うんだ」


「綾華?」


 彩羽の顔が、なにかが抜けたように無表情になる。


「燎くん、君は本当になんなんだ。あのおぞましい騎士団の団員を名前で呼ぶなんて……。ああ、十神施設長に言わなくちゃ。精霊様に対する尊敬が足りなさ過ぎる」


「彩羽ねえ、綾華を狙うのはやめてよ」


「うるさいっ」


 何度も叫び、燎の呼びかけなどなにも聞こえていないようだった。


「こりゃ、ダメだな」


 綾華の声が聞こえて見た時には、すぐ側で剣を彩羽に向けていた。


 すると再び霧が彩羽からもうもうと吹き出し、あたり一帯を包み込む。燎が逃げこむ隙も無く、煙を吸い込まないようにしたが無駄だった。


 一気に全身に駆け巡る覚えのある痛み。毒だ。


 膝をつき、綾華を探すことも出来ない。前方から剣の交わる音が聞こえてくるが、姿は見えない。


「――ねえ、燎ちゃん」


 痛みに朦朧とする中、背後から誰かに抱き抱えられる。口に何かを含まされた瞬間、痛みがすっと消えた。


 明瞭になった世界。しかし、身体は動かせなかった。誰かに上から抑えられている。


「そんなに暴れないでよ、燎ちゃん」


 首を回した視界ギリギリに彩羽が見えた。


「彩羽ねえっ……」


「私の毒は利かないようにしてあげたよ。すぐには死なないから安心してね」


「彩羽ねえ、綾華を襲うのはやめるんだ。綾華は騎士団なんでしょ。なんで襲うの」


「……それはさっき言ったじゃない。騎士団だからよ。あの忌々しい騎士団だから。精霊を踏みにじり、人間なんぞに世界を明け渡そうとしている騎士団連中だから」


 言葉が通じない、と燎は思った。施設は確かに精霊を敬っている節がある。しかし、あくまで宗教とかそういう範囲内の話だと思っていた。


 でも、彩羽は違う。完全にハマっている。すべての中心がそこにあるかのようだ。


 このままでは燎自身が殺されかねない。


 燎は覚悟を決め、背中に力を集めた。燎の羽は小さい。しかし、威力までがそうとは限らない。それなりの火力は持っている。


 燎は全力で力を解き放った。

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