第4話

 着替えが終わり、数人のグループごとに分かれて「禁足地」に向かう。燎は、鈴と風馬の三人だった。小さい頃から行動を共にしているので、互いが何が出来るのかそうでないのかはよく分かっている。


 きちんと互いの出来る範囲を逸脱しなければ死ぬことないだろうと思っていた。


 今までは。


 禁足地。そこは様々なバケモノが存在する場所。燎たちの住む町からは、数十キロにも及ぶ海底トンネルを南下して行くことが出来る。


 町と禁足地の間には海が横たわっており、その下で繋ぐトンネルには電車が通っている。分単位で行き来しているこれ以外に方法はない。


 さらに言えば、一般人はその電車に乗る事すら出来ない。乗車する駅では、バケモノ退治を請け負っている国直轄の「騎士団」による検問がある。


 彼らは騎士団による許可証がなければ、通してくれない。


 だが、何事にも例外は存在する。


 駅はあくまで「禁足地」との行き来専用で他には繋がっていない。だから駅以外には侵入する方法はない。しかし、燎たちのいる施設とその駅は隣接しており、地下で繋がっているのだ。


 施設内のエレベーターに乗り、地下三階に到着すると、そこから真っ直ぐ駅に繋がる薄暗い地下通路がある。


 そこを施設の子供たちは毎朝通り――通常の乗り口とは反対から電車に乗り込む。


 電車には窓がない。禁足地を経由する関係上、危険にしかならないからだ。それが施設には功を奏していた。


 施設は騎士団の人間に賄賂を渡し、最後尾の一両分だけ通常口からは乗れないようにして、丸々貸切っている。


 燎たち三人も、他の子どもたちと同じように通路を抜ける手間に辿り着いた。


 電車と通路口の間にはなにもない。トンネルの点検用を装った出入り用の扉があるのみだ。


 そこは普段閉ざされているが、電車が到着すると開かれる。車両の護衛をする騎士団の人間がそれを行う。


 彼は無言で扉を開け、中で待っている燎たち数人のグループを先に促した。


 トンネルや電車では、不正の発覚を恐れて会話は禁止されていた。


 護衛はいつも四人。全員がグルだ。


 電車内にいる護衛の一人が、折り畳みの階段を広げて、子供たちを入れるようにする。


 扉を開けた護衛が、乗り切れない子供たちを押しとどめ扉を閉じると、最後に乗車した。そして何事もなかったように階段を回収し、電車の扉を閉じる。


 燎は前方の電車がどうなっているのかは知らなかった。繋がっているが、窓もないドアは完全に閉ざされているのだ。


 この一車両には子供も含め数十人が乗っている。座る場所はなく、各々が床に座っていた。


 護衛は燎が知っているだけで十人以上はいるようだった。全員が一度に乗ることなく、ローテンションで回していた。しかし、一度も話したことがない。男性も女性もいるが、一様に子供たちには無関心だった。子供たちとは少し離れた場所で、護衛同士がぼそぼそと話しているのを見掛けるだけだった。


 電車の時間は毎回長く感じる。実際には一時間近く経っているが、燎にはもっと長く感じていた。


 ゴーという音が常に外から聞こえ、身体が揺られる。明るいはずなのに、どこか薄暗く、夢なのか現実なのか境界線が消えそうだ。


 ぼうっとしてくる頭で泡沫のように記憶が浮かんでは消えていく。


 ガタン、と一度大きく振動し、電車が止まった。


 護衛が開けるのは、やはり通常口とは反対側。そこには先程と同じように扉がある。


 行きと同じように階段が設けられ、降りると、扉の中に入っていく。少しだけ明るいトンネルを、みんなで無言で歩いていく。


 やがて、眩い光と共に地上に出ることが出来た。


 あたりは森そのもので、木や草しかない。


「はーっ、やっと出たー」


 トンネルを出ると、みな伸びをしたり話し出したりと、一気にうるさくなる。


 各々休憩したり、そのまま森の先に向かっていった。


「二人とも行くぞ」


 燎の掛け声に鈴と風馬が頷く。


「うん」


「今日はどこ行く?」


「――今日は……」


 あの嫌な現実の通りになるのならば、北にある市街地の中でヘルハウンドに遭遇し、追いかけ回される羽目になる。その結果、川を渡って散り散りになり、燎だけがあの廃校に入ったのだった。


 綾華を助けるためには、彼女とあの廃校で会わないようにしなければならない。そのためには、ヘルハウンドを避ける必要がある。


「今日は海辺のほうにしよう」


 市街地は通らなければならないが、戦闘になってしまった場所を迂回すれば問題ない。


「え、海に行くの?」


 鈴が嫌そうな顔をする。彼女は以前に「アッコロ」と言われる巨大蛸に散々な目に遭わされたので、海にいい思い出がない。


「大丈夫だって、鈴。『アッコロ』が出ても何とかするから、……風馬が」


「そこは燎がなんとかするって言ってよお」


 頭を抱える鈴に風馬は肩を叩いた。


「燎の言う通り、今回はちゃんと守るぞ?」


「本当? 前もそんなこと言ってて、大変だったんだけど……」


「あの時は他のにも手こずってたろ? 今回はずっと近くにいるから問題ない」


「そこまで言うならいいけど……」


「よし、決まりだな。行くぞ」


「おう」


「……はーい」


 渋々と言った様子で鈴は頷いた。


 市街地の先に海はあり、三人は無言で北上する。この辺にいるバケモノは比較的倒しやすいモノばかりだ。一見すると普通の動植物と姿形は似ており、ただサイズおかしいだけのものが多かった。バケモノの類で最も厄介な人型のものは、燎を含める子どもたちが探索する場所には一体しか出没しない。


 加えて駅より北には南よりも人が寄り付かない。禁足地は南に下る程危険なのだが、バケモノを狩りに来る人間は全員南に下る。


 北は海に挟まれて燎たちのいる町にまで影響はない。さらにバケモノの狩った報酬は危険度の高い南の方が応じて高い。


 だから基本的には北には施設の子供たちしかいなかった。


 子どもだけでも十分に狩りができる程度の場所。綾華や燎を殺した人型とも違う。そもそもアレは間違いなく人間なのだ。悪意を持ち、殺意を携え、凶気で殺された。


 アレも良く分からないが、なぜ綾華はあそこに居たのか、それも理解ができなかった。


 分からないことが多い。だからこそ、夢なのでは、と思いつつも違う行動を取らざるを得ない。同じ目に遭わせたくないし、遭いたくないのだから。


 徒歩で森の中を何十分も進んでいると、やがて潮騒が聞こえ始め、磯の匂いがし始める。


 バケモノらしいバケモノにはほとんど出会っていない。それこそヘルハウンドだけだった。一対一では厄介だが、三対一では対処しやすい。


 危なげなく廃墟だらけとなっている市街地に進んでいく。


「燎、真っ直ぐ行かないの?」


「ああ、少しだけ迂回する」


「ふーん……」


 鈴は一番の近道を行かないことが不思議だったようだが、なにも聞くことはなかった。


 街の中には誰も住んでいない。ただ廃墟だけが広がっている。雨風に晒され、さらにバケモノに荒され、どの建物も酷い状態だ。


 街全体は平地で路地もそこまで多いわけではない。必然的に周囲の警戒はしやすい。


 だが、だからといって戦いやすいかどうかはまた別だった。


「燎、来たぞ。『ノーム』だ。群れてる」


 あと半分も行けば海、という所で風馬が忠告した。

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