出逢い

 バタン!!


 そよ風が吹くいい夜には合わない、乱暴に閉まるドアの音が闇に響く。


「そっちがその気なら僕だって!」


僕はキッとドアを睨みつけてそのまま家の近くの裏山に行く。別に、本気で家出をしようとしたわけじゃ無い。僕はまだ13歳だし、義務教育の途中だし、僕はまだ働けないし、知識だって全然だ。だから、近くの裏山に登ってそこで一晩明かして、そして帰ろうとしただけなのだ。


「ハァ、ハァ、どわっ!」


 僕は懐中電灯を持っていないから必死に目を凝らして山を登る。ズルズルと滑りながら、何回も転がり落ちそうになりながら必死に登っていると、頂上に着く手前、何か音が聞こえる。

 

 ザクザク、ザクザク


 何の音だろうか。誰かが土を掘っている?ああ、確か僕が登るとき近くに車が置いてあったな。その人かな?でも何でこんな夜に?

 頂上からは何も光は見えないからとても小さい光を頼りに掘っているのか、はたまた僕のように光無しで頑張っているのか。


 ハァハァ、ゼィゼィ


 僕と同じか、それ以上に息を切らしている。僕もそれに合わせて息を吐きながらズルズルと登っていくと、誰かが見えてくる。全身真っ黒の背が高い、髪の長い人。女性かな?でも、女性にしては背が高いな。


「え」


僕は思わず声を出し、急いで手で口を塞ぐがもう手遅れだと悟る。だって、しょうがないじゃないか。こんな現場見たら誰だって驚くだろう、叫ばなかっただけ褒めて欲しい。


 






     その人は人を埋めていた。








 いや、細かくは人を埋めるための穴を掘っていた。その人の足元にはテレビでよく見るブルーシートに乱暴に包まれた男性の死体が転がっていて、その男性は暗闇の中でも分かるほどの酷い有様だった。

 顔はもう原型を留めてないほどグチャグチャで、血でドロドロのベチャベチャだった。ブルーシートには沢山の赤黒い血がこびりついていて、土の上にまだ乾いていない鮮血が滴り落ちる。多分、ブルーシートの中に隠れている身体も骨が出ていたり変な方向に折れ曲がっていたり、人間の形を保っていないんだろうな。

 その人はくるりとこちらを向いて、そんな呑気な考えをしている僕の姿をバッチリ捉える。

 ああ、僕はその大きなスコップで殴られて殺されるんだ。そう思ったとき、


「…………はぁ……?」


 その人は疑問の声を出した後、その場にバタンと倒れ込む。


「ええっ!?」


 僕は急いで駆け寄ると、その人はとても小さい光の中土を掘っていたことが分かった。その小さい光に照らされてその人の輪郭浮かび上がる。ああ、男性だ。髪が少し長くて女性っぽいけど、背が高くて体付きもいい、れっきとした男性。


「あ、あの……」


「はぁ………、もう終わりだ……」


 その人は疲労困憊という声で独り言を言うとむくりと起き上がり、ズルズルと体を引き摺って山を降りようとする。僕は何が何だか分からなくて、とりあえずその人に声をかける。


「あ、あの!」


「……………」


 その人は返事を返さない。


「これ、どうするんですか!?」


「……………無駄だよ、」  


「え?」


「もう君に見られたんだ、埋めるだけ無駄だよ」


「えっ…ごっ、ごめんなさい?」


「…‥何で、」


「え?」


 すると、その人はゆっくりと僕の方を振り返る。


「何で、君が謝るんだ」


「えっと…、だって、…邪魔、しちゃったから?」


僕が答えると、その人はズルズルと体を引き摺って戻ってくる。


「君、俺が何しようとしてるか分かる?」


「これ、この人、この死体を、埋めようと、してる…」


「そう、正解」


 その人は泥だらけの手で僕の頭を撫でる仕草をする。あくまでも、僕の頭には触れていない。


「何でこんなことしてると思う?」


「あ、貴方が、この人を殺して、い、隠蔽?しようとしてる、から…」


「そう、大正解」


 その人はパチンと指を鳴らして僕を指す。


「そんなわけで、君はもう家に帰りな」


「え、」


「何?ここで殺して欲しいの?そうだね、目撃者を殺すのは至って合理的な判断だし、」


「ちが、」


「だよね。生憎、俺の体力は残って無いから君を殺す気にはなれないし、君を殺す気もさらさら無い」


「あ、貴方はどうするの?」


「俺は逃げるさ。人を殺したら罪に問われるからね」


「…………」


「君は警察に通報するんだろう?だったら、俺は今すぐにでもここを去らないと」


「ど、どこに行くの?」


「何で敵となる君に話さなきゃダメなんだい?」


 その人はまたくるりと僕に背中を向ける。


「まっ、待って!」


「何だい?」


「こ、これからどうするんですか?」


「さあね、知らない土地に行って、勝手に生きて勝手に死ぬよ」


 その人の顔は見えない。その人の背中はゆっくりだが段々と遠ざかっていく。僕は何を思ったか、その人の背中に向かって声をかける。






    「僕も一緒に連れてって」







 僕は自分で言ってから考える。あれ、僕、何言ってるんだろう。



「君は何を言っているんだい?」


 全くその通りの言葉が返ってくる。僕は家に帰って警察にこの事を言うべきだ、ここに証拠はあるんだから。でも、僕の頭の中にそんな考えは片隅にも無かった。


「お兄さんと、僕も一緒に行く」


 僕は足元に転がっている大きなスコップを持って土を掘ろうとするが、なんせ重くて動かせない。


「うぐ、うぅ、」


「おい、」


 その人は早足でこちらに来ると、こんなに重いスコップを軽々と僕の手から取りあげる。


「何やってんだ、」


「これ、埋めるの手伝ったら、僕も一緒に連れて行ってくれる?」


「はぁ?」


「僕も、一緒に行きたいから」


「…‥君ねぇ、」


 その人は屈んで僕に目線を合わせる。


「この先、何があるか分からないよ?」


「うん」


「ここに埋めても警察に見つかって、捕まるかもよ?」


「うん」


「それでもいいのかい?」


「うん」


「何があっても、俺を裏切らない?」


「うん」


 僕は視線を外さず、瞬きをせず、じっとその人を見据えると、その人も僕のことを見据える。

 そこで僕は気づく。ああ、この人とても綺麗な顔してる。今は泥だらけだけど、それすら味方に付けてただならぬ雰囲気を醸し出している。僕はいつの間にかその人に見惚れていて、その美貌に無意識に当てられてあんなことを口走ったのかな。そんなことを覚醒していないふわふわした頭で考える。


「分かった、じゃあこれ埋めるの手伝って。その間に心変わりしたらどっか行って」


「うん!」


 僕はその人の指示に従って完璧にその死体を埋めてみせた。その人はスコップを背負うと僕の頭を撫でる。今度はちゃんと、手をのせて。


「良い子だ」


「えへへ!」


 僕はその人に褒められて甘いお菓子を貰ったような、そんな気分になる。褒められるって、こんなに嬉しくて心踊る気分なんだ!僕がニコニコしていると、その人は不思議そうに僕の顔を見つめる。


「君は変な子だね」


「よく言われます!」


「ハハ、俺もだ」


 僕とその人は一緒に山を降りて道路に足をつける。


「君、家はどこ?」


「あそこです」


 僕が指差すと、その人は目を細めてから言う。


「ああ、随分近いんだね。なら、家出かい?」


「はい!」


「随分と思い切った家出だね。服もワンピースで動きづらいだろうし、荷物も何も無いどころか靴すら履いてないじゃないか」


「あの山で一晩明かすつもりだったんです。ただ、それだけだったんですよ」


「ありゃ、運が良いのか悪いのか。というか、両親はいいのかい?」


「お父さんとお母さんは僕のこと放任主義なので大丈夫です!」


「………ああ、そう」


 その人はそれだけ言うと、空いている手で僕の手を握って近くに置いてあった白い車の中に誘う。ああ、この車はやっぱりその人のものだったんだ。僕が助手席に座ってシートベルトをしたことを確認すると、その人は後部座席にスコップを放り投げた後運転席に着く。


「眠くない?もう一時を回ったけど」


「全然大丈夫です!」


 僕が元気よく返事をするとその人はカラカラと笑う。


「君、何歳?小学生?」


「なっ、中学生です!中学1年生の、13歳!」


「中学生か、随分背が小さめなんだね。名前は?」


亜夜音嶺あやねれい。です。亜鉛の亜に夜に音で亜夜音で、高嶺の花の嶺で嶺」


「ふーん…随分珍しい…」


 その人は宙にサラサラと僕の名前を書いていく。確かに僕の名前は珍しい。亜夜音と言うと苗字ではなく名前だと間違えられるし、嶺と書くと男の子みたいな名前だねと言われる。


「貴方の年齢と名前は?」


「俺?俺はアルティメットドラゴン。年齢は1000億年を超える、宇宙の誕生前からいる神様」


「ドラゴンなのに?」


「ああ」


 小学生低学年男子が好きそうな偽名と年齢を聞いたところで、僕はジトリとその人を見る。


「本当は?」


「ハハッ、後で気が向いたら教えるよ。好きに呼んで」


「じゃあお兄さん」


「ああ、それで良い」


 お兄さんが車を出して何処かに向かう間、僕はずっとお兄さんの方を見る。本当に整っている顔だ。

 スッキリと通った鼻筋に少し分厚めの唇、この世の全てを知っていそうな叡智なその瞳は少しの青色がアクセントで乗っていて、水彩絵の具を垂らしたみたいにじんわりと滲んでいてとても綺麗だ。グッと出ている男らしい喉仏と、ゴツゴツと角ばっている大きく長い指。僕が隅々まで見ているとお兄さんはクククと笑う。


「そんなマジマジと見られるほどに変な格好かな?全身黒ジャージなんて珍しくないでしょ」


「いえ、とても綺麗だと思って」


「ああそう。でも、俺の体はこう見えて穢れているからね」


「穢れている?」


「この顔だと女も捕まえやすい。言ってる意味、分かるだろ?」


「……?」


「ハハッ、君にはまだ早かったかな」


 お兄さんは僕の頭をポンポンと撫でるとまた運転に戻る。穢れている?どこがだ?こんなに綺麗なのに。僕の疑問はもっと深くなってしまって余計にお兄さんから目が離せない。


「ここからどこに行きたい?」


 そんな急に聞かれても僕は分からない。なんせ、僕はこの街から出たことがないのだ。遠足も修学旅行も、何も行ったことが無い。


「お兄さんの好きで!」


 ありきたりな答えを返すと、お兄さんはこちらをチラリと見た後ニコリと笑う。


「じゃあ明日にでも決めようか。今日は明日に備えてもう寝るよ」


 お兄さんはどこかの駐車場に車を停めると、後部座席を倒して後ろに広いスペース作る。お兄さんはそこに場所を移動すると、後ろにあったスコップを前に置く。


「おいで」


 僕はお兄さんに誘われて腕の中に収まる。お兄さんの体は細いのに、僕よりもずっと大きくて硬かった。


「君は小さいね」


「お兄さんが大きいんですよ」


「ハハ、俺185だよ」


「僕は138です!」


「は?そんなに小さいの?は?」


 お兄さんはむくりと起き上がって僕を見下ろす。僕も起き上がると、お兄さんは僕の姿をマジマジと見ていく。暗くて見えにくいのか、凄く目を凝らして。それが少し恥ずかしい。僕の体はお兄さんみたいに綺麗じゃないし、とても貧相な体だから。


「最初見た時から小さいとは思ってたけど…」


 一通り満足したのか、今度は僕を優しく抱きしめてそのままま固めのシーツに倒れ込む。


「おやすみ、嶺」


「おやすみなさい、お兄さん」


 僕はお兄さんの温かさに包まれながら夢の中に堕ちていった。


 

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クレイジーワルツ 柊 来飛 @hiiragiraihi

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