パラダイス

山犬 柘ろ

第1話 ホ6542-2270について



スミビトDは考えていた。

ホ6542-2270についての事だ。



スミビトD『ねぇねぇ、ホ6542-2270は、コノヨに来てからまだ2日くらいしか経っていないのに、もうほとんど透明だね』



スミビトCは、透明な頭の中にある無数のタイルが敷き詰められたような部分を、

所々ピカピカ光らせながら、ちらりとスミビトDを見た。



スミビトC『確かにね、彼は、、ああ、この前ジメンにいたときは確か彼だったよね、、もうそろそろパラダイスも近いかもしれないね』



と、スミビトCはにっこりと笑う。





ここは、、、コノヨ。





コノヨはジメンを管理する場所。

コノヨの1日はジメンの100日くらい。

ジメンでニンゲンとして存在した浮遊体は、コノヨに戻り、ニンゲンだった時期を振り返り、その後記憶が薄れていく。



浮遊体が自身のニンゲンの時期を振り返る時間には、個体差がある。

浮遊体はニンゲンでいた時期に様々な体験をする。

その中で辛かったことや、失敗などを分析し、何故そうなったのか理由を突き詰める。


その問題について理解し、真理に行き着いたものには、マナビが定着する。


ニンゲンでいた頃に、問題や失敗が多い浮遊体は振り返る事も沢山あるので、

時間がかかる上にマナビに行き着かないことも多々ある。



スミビトD『ホ6542-2270は頭脳レベルが低かったから、他の浮遊体よりジメンに行った回数が多いよね。


前回は、、えーと、、、ああ、ブラジルでコーヒー農園をやってたのか、

大勢の子供や孫に看取られたいい人生だったみたいだし、彼は今回更にマナビも得たんだね』



スミビトCが、目を細めて透明になりかかっている浮遊体を見た。


頭の中は、まだピカピカと動いている。




スミビトC『んーと、彼は奥さんのおじいさんと折り合いが悪かったみたいだね。

気難しかったおじいさんを毛嫌いして向き合わなかったせいで、人生の半分以上を後悔で過ごした。


結婚して自分の仕事が軌道に乗るまでの時期は、家庭をかえりみずに仕事ばかりしてたみたいだね。

妻は、家にもろくに帰って来ない彼に愛想をつかして、離婚したくなった。

離婚して、おじいさんも暮らす実家に帰りたがったんだ。


両親はそんなに寂しい思いをしてるんなら、娘が帰ってくることを望んだ。


けれど、おじいさんは


【仕事を一生懸命やってるのは、おまえたちの為なのに、そんな旦那を大切にできないおまえをここに住まわせる訳にはいかない】


と言って、彼の妻が実家に戻ることを頑なに拒否したんだ。

気難しいおじいさんだったけど、ちゃんと相手のことを見る目があったんだね。


彼は、気難しいおじいさんに会うのが嫌で、妻の実家にはほとんど立ち寄らなかった。


地道に頑張った甲斐もあって、仕事も軌道に乗り、忙しい中にも家族との時間を取れるようになった彼は、家族と旅行に行ったんだ。


その時、妻はおじいさんの好きだった花を見つけて、前に自分が離婚したかった話を彼にしたんだよ。


【あなたが忙しくしていたとき、余りにも寂しくて離婚したいと思ったことがあるの。

あの時おじいさんの言うことを聞いて我慢して良かったわ。

今こうやって、家族5人で幸せに暮らせているのは、おじいさんのおかげだね。】


ってね。



そんなことは初耳だった彼は、詳しくその話を聞き、自分の心のちっぽけさとおじいさんの優しさに涙したんだ。


陰ながら彼を認めかばってくれていたことを知ったとっくの昔に、おじいさんは亡くなっていた。



ほんとに彼は成長したよね、最初の頃は自分のことばかりで、周りに迷惑をかけていてどうなることかと思ったけどね。

次にニンゲンになったときは、人の奥の気持ちを汲み取ろうとする思いやりのあるニンゲンになれるね』




スミビトCは、目を凝らして覗いていた浮遊体をピンっと指で弾いた。

浮遊体は、ふわっと向こうに離れていった。



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