小噺3 スカーレットの独白

城に静寂が戻った後、僕は書庫に戻り、古びた地図を広げた。ロウクワット一族が記憶から呼び起こした、セルリアンの名。何百年も心の奥底に封じ込めてきた、触れることすら許さなかった名前。


「…セルリアンは、僕の兄だった。王家の正当な後継者…僕よりも、ずっと優しく、勇敢な王子だった」


ジェイドにそう語った時、僕の心の奥で、何かが軋むような音を立てた。彼女の翡翠の瞳は、僕の深い孤独と悲しみを、まるで自分のことのように受け止めてくれた。彼女の「スカーレット様は、もう一人じゃない」という言葉は、何百年もの間、凍りついていた僕の心を、少しだけ溶かした。


ロウクワット一族の連中は、僕の感情を嘲笑し、僕の孤独を侮辱した。だが、それ以上に僕の心を苛立たせたのは、彼らが彼女を傷つけようとしたことだ。彼らが彼女の故郷での苦しみを嘲笑い、彼女の存在を否定しようとした時、僕の内に、かつてないほどの怒りがこみ上げてきた。


僕は、感情を捨て去った。この呪いを受けた時から、僕はただの闇の存在だ。だが、彼女は、そんな僕を恐れず、この城で静かに、ひたむきに生きてくれた。彼女が庭に植えた小さな花々、彼女が磨き上げた窓ガラスから差し込む光。それは、僕の凍てついた心を、少しずつ温めていく。


僕は、ロウクワット一族に誓約を課し、彼らの魔力を奪い去った。彼らが最も大切にしているものを奪うことで、彼らが彼女にしたことの、ほんの一部でも償わせたかった。そして、もう二度と、彼女に手を出させないように。それが、感情を失った僕の、精一杯の怒りと保護だった。


夜、ジェイドが部屋にスープを運んできた。彼女は、ロウクワット一族にひどい目に遭わされた後だというのに、いつものように優しい笑顔を浮かべていた。僕は、彼女に何を言えばいいかわからず、ただ、その温かいスープに口をつけた。彼女の作ったスープは、僕の心も温めてくれるようだった。


「…感謝する」


そう呟いた時、僕の声が、いつもよりも少しだけ、柔らかくなっていることに気づいた。彼女は、その言葉に微笑んでくれた。


ロウクワット一族の企みは、なんとなく察しがつく。おそらく彼らは、兄を生き返らせて、再び王家の権威を振りかざし、世界を支配しようと考えているのだろう。そして、そのために、僕の力、あるいは彼女の魔力が必要になるのかもしれない。


だが、僕はもう、何百年も前の、無力な王子ではない。僕は、この城の王だ。そして、この城に住まう、彼女という存在を守る義務がある。


書物を読みながら、僕はレイブンとミィの会話に密かに耳を傾けていた。


「…ジェイドを、そんなことに巻き込ませないわ」

「…ああ。主も、そう思っているだろう」


彼らの言葉を聞きながら、僕は静かに頷いた。そうだ、僕は彼女を守る。ロウクワット一族の思惑に、彼女を巻き込ませるわけにはいかない。


僕は、この城の王として、そして彼女の隣にいる存在として、この運命に立ち向かおう。

僕の心を動かした、たった一つの光を守るために。

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髑髏王と枇杷の姫 ㈡朽ちた果実 @beniiro-tamago

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