七章 宵闇の庭を踏み荒らした者たちの末路

スカーレットの圧倒的な力の前に、ロウクワット一族は完全に絶望していた。倒れ伏したルビアは、泥に塗れた顔を上げ、スカーレットの冷徹な瞳を見つめる。彼の心臓は、恐怖で激しく脈打っていた。彼の脳裏には、これまでの人生で彼が軽んじ、見下してきたすべての存在が、走馬灯のように蘇っていた。そして、彼が最も深く侮辱し、追放したはずの「異端の娘」が、今、彼を打ち破った髑髏王の庇護のもとにいるという、皮肉な現実が突きつけられていた。


「貴様らが、この庭を、そして彼女を汚そうとした罪は重い」


スカーレットの声が、ルビアの耳元で冷やかに響いた。その声には、彼がこれまで感じたことのない、絶対的な力の重みが込められていた。ルビアは、もはや口を開くこともできない。彼の心の中には、傲慢さの代わりに、純粋な恐怖と後悔が渦巻いていた。彼らは、自分たちの世界の中心が、実はとっくの昔に崩れ去っていたことを、今、目の前で知らされた。


スカーレットが右腕を広げると、漆黒の影が彼の指先から流れ出し、ロウクワット一族の者たち一人ひとりに絡みついた。影はまるで生き物のように蠢き、彼らの全身を締めつける。それは、物理的な痛みよりも、彼らの存在そのものを否定されるような、耐え難い苦痛だった。


「貴様らの最も大切にしているものをもって、その罪を償わせる」


スカーレットはそう告げると、倒れ伏すルビアの額に指を向けた。


「その傲慢で不愉快な光を奪い去ってやろう」


彼の指先から放たれた影の魔力は、ルビアの額に触れると、まるで熱された鉄が水を蒸発させるように、音を立てて彼の魔力を吸い上げていく。ルビアは悲鳴を上げ、全身から力が抜けていくのを感じた。それは、物理的な痛みよりも、彼の存在の根幹を奪われるような苦痛だった。他の者たちも同じように、魔力を奪われたことで、生気を失っていく。彼らは、もう二度と、傲慢な光の魔力を行使することはできないだろう。スカーレットの罰は、彼らの命を奪うことではなかった。彼らが最も大切にしていたものを奪い、彼らが最も軽蔑していた「魔力なき者」として、生きながらえさせることだった。それは、彼らにとって死よりも恐ろしい罰だった。


スカーレットは、魔力を完全に奪い去ったロウクワット一族を一瞥すると、彼らに再び指を向けた。


「この僕の怒り、そしてこの城の闇に、二度と逆らわぬと誓え」


彼の声と共に、影の魔力がロウクワット一族の心臓に深く刻み込まれた。それは、彼らが再び城に近づこうとしたり、ジェイドに危害を加えようとしたりすれば、たちどころに命を奪うという、絶対的な「誓約」だった。彼らは、恐怖に震えながらも、かろうじて頷くことしかできなかった。彼らの心に、二度と逆らうことのできない絶対的な恐怖が刻み込まれた瞬間だった。


ジェイドは、その光景を静かに見つめていた。彼女の心には、復讐の満足感はなかった。ただ、故郷を追われたときの深い悲しみと、理不尽に対する怒りが、静かに洗い流されていくのを感じていた。彼女の目の前で罰を受ける彼らは、もはや彼女を傷つける力を持っていない。そして、彼女を守ってくれたスカーレットの存在が、彼女の心を温かく満たしていた。


スカーレットは、誓約を終えると、もう興味を失ったかのように、踵を返した。


「二度と、この城に近づくな。この庭を、この僕の領域を、もう二度と汚すな」


その言葉は、彼らの心に深く刻み込まれた。ロウクワット一族は、もはや反抗する力も気力もなく、敗北を悟った獣のように、満身創痍で這うように逃げ去っていった。彼らは、自らの手で追放した異端の娘に、永遠に背中を向けることになったのだ。


戦いが終わり、静寂が戻った城の門前で、ジェイドはスカーレットに深々と頭を下げた。


「スカーレット様…ありがとうございます。私を…守ってくださって」


スカーレットは、無言のままジェイドの頭にそっと手を置いた。彼の指先から、微かな影の魔力がジェイドの体に流れ込み、彼女の心を癒していく。それは、彼の不器用な優しさだった。


「…汚された庭の手入れは、また明日からだ」


彼はそう言うと、静かに城の中へと入っていった。その背中は、以前よりもほんの少しだけ、孤独ではなさそうに見えた。


その夜、ジェイドはスカーレットの部屋の前に、温かいスープを運んだ。ドアを開けると、彼は書見台で静かに書物を読んでいた。ジェイドは、何も言わずにスープをテーブルに置いた。


「…スープが冷めないうちに」


スカーレットは、書物から顔を上げ、ジェイドの翡翠色の瞳をじっと見つめた。


「…感謝する」


彼は、そう短く呟いた。その言葉は、彼がこれまでに発したどんな言葉よりも、温かい響きを持っていた。ジェイドは、胸の奥から温かいものがこみ上げてくるのを感じ、そっと微笑んだ。


「スカーレット様、あの…」


ジェイドが、庭で見つけた石碑のことを話そうと口を開いた瞬間、スカーレットは静かに彼女の言葉を遮った。


「ロウクワット一族が、僕の城に来た理由は、他にもある」


彼の言葉に、ジェイドは驚いて目を見開いた。


「…彼らは、おそらく僕の兄の行方を探している。セルリアンを…」


スカーレットは、ジェイドの不安を和らげるように、しかし、どこか遠い目をしてそう言った。


彼の言葉は、この物語の終わりではなく、新たな始まりを告げる合図のように、ジェイドの心に深く響いた。

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