第57話 並行世界との邂逅

授業を終えた翔太が、職員室で次の講義の準備をしていた。黒板に書く内容を整理していると、窓の外から小さな光が飛び込んできた。


「翔太様!大変です!」


守護精霊ルクスが、慌てた様子で報告する。虚無王の残留思念から生まれ変わった小さな守護精霊は、今では北方の監視役として活躍していた。


「どうした、ルクス?」


「北の監視地点で、空間に異常が発見されました!」


翔太は手にしていたチョークを置いた。ルクスがこれほど慌てるのは初めてだ。


「異常とは?」


「空が...裂けているんです。その向こうに、別の景色が見えます」


次元の裂け目。


前回の調査で、その存在の可能性は聞いていた。まさか、こんなに早く現れるとは。


「すぐに調査隊を編成する」


翔太は決断した。



一時間後、掃除士学校の会議室に主要メンバーが集まった。


「次元の裂け目だって?」


リクが険しい表情で立ち上がる。ミーナとの結婚から日も浅いが、危機となれば話は別だ。


「虚無王の時のような危険があるかもしれない」


ミーナが心配そうに呟く。


「いや、今回は違う」


翔太が冷静に分析する。


「ルクスの報告では、向こう側に景色が見える。つまり、別の世界と繋がっている可能性がある」


カールが手を挙げた。


「調査隊を組織しましょう。私も行きます」


「いや、カール。君は学校の授業がある」


「でも...」


「大丈夫だ。今回はリク、ミーナ、そして」


翔太が見回すと、シンが熱心に手を挙げていた。


「校長先生、僕も連れて行ってください!」


掃除士学校の第一期生で、最も優秀な生徒の一人。レベルは20まで上がっていた。


「シン、これは危険かもしれない」


「だからこそです!現場で学ばせてください」


その熱意に、翔太は頷いた。


「分かった。ただし、絶対に無理はしないこと」


エリーゼが心配そうに翔太の手を握る。大きくなったお腹が、双子の存在を物語っている。


「気をつけて」


「すぐ戻るよ。君と子供たちのために」


翔太は優しく微笑んで、エリーゼの手を握り返した。



北方の荒野。


かつて虚無に飲み込まれかけた土地に、調査隊は到着した。


そこには、確かに異常があった。


空間が捻じれ、まるで鏡のように別の景色を映し出している。裂け目の向こうには、こちらと似ているが微妙に違う風景が広がっていた。


「これが次元の裂け目か...」


翔太が慎重に近づく。【創世の掃除士】の感覚が、裂け目の性質を探っていく。


「翔太、危険じゃないか?」


リクが剣に手をかける。


「待て。敵意は感じない。むしろ...」


その時、裂け目が大きく波打った。


そして、向こう側から人影が現れた。


全員が身構える中、裂け目を通って出てきたのは――


「なっ...」


リクが絶句した。


ミーナも目を見開いている。


シンは口をぽかんと開けていた。


裂け目から現れたのは、翔太と全く同じ顔をした男だった。


同じ黒髪、同じ顔立ち。ただし、雰囲気が微妙に違う。より几帳面そうで、服装もきっちりと整っている。


「初めまして」


もう一人の翔太が、丁寧に頭を下げた。


「私は佐藤翔太。向こうの世界の...環境調整王です」


《システム通知:並行世界の存在を確認》



「翔太が...二人!?」


リクが混乱している。


「並行世界って本当にあったのね」


ミーナが驚きながらも、魔法使いらしく冷静に状況を分析している。


翔太は、もう一人の自分を見つめていた。確かに自分と同じ顔。でも、レベル表示を見ると――


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並行世界より

翔太B Lv.200【環境調整王】

HP: 99999/99999

MP: 50000/50000

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「環境調整王...」


「はい」


もう一人の翔太(以下、翔太B)が説明を始めた。


「我々の世界でも、次元の歪みを感知しました。まさか、こんな形で別世界に出会うとは」


「君の世界では、掃除士が最強職なのか?」


翔太の質問に、翔太Bは当然のように頷いた。


「もちろんです。環境を整え、世界を清潔に保つ。これ以上に重要な仕事がありますか?」


そして、驚きの事実を告げた。


「逆に、勇者なんて最弱職ですよ。戦うしか能がない役立たず」


「えっ!?」


リクがショックを受けて膝をつく。


「勇者が...最弱職...」


「リク、しっかり!」


ミーナが慌てて支える。


翔太Bが申し訳なさそうに続けた。


「ああ、すみません。こちらの世界では違うんですね」


「ああ、こちらでは勇者は英雄職だ」


「興味深い...」


翔太Bが目を輝かせた。


「価値観が正反対なんですね」



二人の翔太は、岩に腰を下ろして情報交換を始めた。


「君の世界について教えてくれ」


翔太の求めに、翔太Bが語り始める。


「我々の世界では、掃除士が政治も経済も支配しています。『清潔は正義』がスローガンです」


「環境問題が最大の脅威?」


「はい。魔王は存在しません。代わりに汚染王という存在がいました。私はそれを浄化しました」


「なるほど...」


シンが興味深そうに質問した。


「掃除術の体系は?」


「基本は同じようですが、我々はより環境に特化しています。大気浄化、水質改善、土壌再生...」


「すごい!」


シンの目が輝いている。


翔太Bも、こちらの世界について尋ねた。


「勇者が英雄というのは、どういう理由で?」


「魔王や魔物と戦い、人々を守るからだ」


「戦いが評価される...文化の違いですね」


二人の翔太は、お互いの世界の違いを理解し始めていた。


「でも」


翔太が言った。


「根本的な部分は同じだ」


「ええ」


翔太Bも同意する。


「守りたいものがある、という思いは」



しかし、翔太Bの表情が急に真剣になった。


「実は、警告しなければならないことがあります」


「何だ?」


「次元の裂け目は危険です。放置すると、世界が混ざり合います」


リクが身を乗り出す。


「混ざり合うって?」


「最悪の場合、両世界が崩壊します。異なる法則が衝突して、存在そのものが不安定になる」


重い沈黙が流れた。


「どうすればいい?」


翔太の問いに、翔太Bが答える。


「裂け目を安定化させる必要があります。ただし、それには...」


「両世界の力を合わせる必要がある」


翔太が理解した。


「そういうことです」


二人の翔太は立ち上がった。


「やろう」


「ええ」


二人は裂け目の前に立った。


翔太が【創世の掃除士】の力を解放する。金色の光が広がっていく。


翔太Bも【環境調整王】の力を解放した。銀色の光が広がる。


二つの光が混ざり合い、裂け目を包み込んでいく。


《システム通知:次元間調整を開始》

《両世界のシステムが協調しています》



光の中で、二人の翔太は力を合わせて裂け目を制御していく。


「こっちを抑えて」


「了解」


息の合った連携。同じ人物だけあって、考えることが似ている。


「安定化させながら...」


「固定化する」


金色と銀色の光が、美しい螺旋を描きながら裂け目を包んでいく。


徐々に、荒々しかった裂け目が落ち着いていく。


そして――


《次元間ゲート生成完了》

《安全な通路として固定されました》


裂け目は、安定した門のような形に変化していた。危険な歪みから、制御された通路へ。


「成功だ」


二人の翔太が、同時に息をついた。


「でも、無制限に使うわけにはいかない」


翔太Bが提案する。


「月に一度、限定的に開通させましょう」


「そうだな。両世界の代表者のみが通行可能、というルールで」


「文化交流の場として活用できますね」



作業を終えた一同は、しばし歓談の時を持った。


シンが翔太Bに質問攻めにしている。


「向こうの掃除術も教えてください!」


「喜んで。月例交流会で、技術交換をしましょう」


翔太Bは微笑みながら答えた。


リクも立ち直って、興味深そうに話を聞いている。


「向こうの世界も見てみたいな」


「次回は、ぜひお越しください」


ミーナが尋ねた。


「向こうにも、私たちと同じ人がいるんですか?」


翔太Bが少し考えて答えた。


「似た人はいますが、全く同じではありません。人生の選択が違えば、違う人になりますから」


そして、翔太を見た。


「例えば、私はまだ独身です」


「え?」


「エリーゼという女性には、まだ出会っていません」


翔太が少し安堵したような表情を見せた。向こうにもエリーゼがいて、別の翔太と...という状況ではなかったようだ。



別れの時が来た。


「また会おう、もう一人の俺」


翔太が手を差し出す。


「次は向こうの世界を見せてくれ」


翔太Bが、その手を握った。


「ぜひ。一ヶ月後を楽しみにしています」


シンが名残惜しそうに言った。


「環境浄化術、絶対に教えてくださいね!」


「約束します」


翔太Bはゲートに向かって歩き始めた。


振り返ると、最後に言った。


「違う世界でも、同じ思いを持つ者がいる。それを知れて、嬉しかったです」


「俺もだ」


翔太が答える。


「世界は広い。でも、分かり合える」


翔太Bが微笑んで、ゲートをくぐった。


銀色の光が一瞬輝き、そしてゲートは静かに閉じた。


次の開通は、一ヶ月後。



王都への帰路、一行は興奮冷めやらぬ様子だった。


「まさか、並行世界が実在するなんて」


ミーナが感嘆の声を上げる。


「しかも、向こうでは掃除士が最強職!」


シンが目を輝かせている。


リクが苦笑しながら言った。


「勇者が最弱職か...ショックだったけど、面白いな」


「価値観の違いって興味深いよね」


「でも、根っこは同じなんだ」


翔太が静かに言った。


「守りたいものがある。それは変わらない」


王都の門が見えてきた。


エリーゼが門の前で待っていた。大きなお腹を抱えながら、心配そうに北を見つめている。


「エリーゼ!」


翔太が駆け寄る。


「おかえりなさい。どうだった?」


「もう一人の俺がいたよ」


「え?」


翔太は、今日の出来事を説明した。並行世界、もう一人の自分、次元ゲートの設立。


エリーゼは驚きながらも、最後に微笑んだ。


「もう一人のあなたは、独身なのね」


「ああ」


「じゃあ、私は幸せね。この世界のあなたと出会えて」


翔太がエリーゼを優しく抱きしめた。


「俺もだよ。この世界が一番好きだ」


「どうして?」


「だって、君がいるから」



その夜、掃除士学校の職員室で、翔太は新しいカリキュラムの準備をしていた。


『次元間交流学』


新しい科目の設立だ。並行世界の技術を学び、理解を深める。


シンが興奮気味に入ってきた。


「校長先生!早速、交流会の準備を!」


「まだ一ヶ月先だぞ」


「でも、向こうの技術を学べるなんて!」


若い生徒の熱意に、翔太は微笑んだ。


世界は思った以上に広い。


次元を超えて、新たな出会いがある。


でも――


翔太は窓の外を見た。二つの太陽が沈んでいく、いつもの景色。


この世界が、やはり一番だ。


愛する人がいて、守るべきものがある。


それで十分だった。


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【ステータス】

翔太 Lv.200【創世の掃除士】

HP: 99999/99999

MP: 50000/50000


並行世界より

翔太B Lv.200【環境調整王】

HP: 99999/99999

MP: 50000/50000

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