第56話 虚無の残滓調査
結婚式から数日が経ち、王都には穏やかな日常が戻っていた。
掃除士学校の教室で、翔太は次の授業の準備をしていた。黒板に「浄化の基礎理論」と書きながら、生徒たちにどう教えようか思案している。
「校長先生!」
突然、扉が勢いよく開いた。事務員が青い顔をして駆け込んでくる。
「北方から緊急の報告が!」
翔太は振り返った。
「どうした?」
「黒い霧が...また現れたそうです」
チョークが翔太の手から落ちた。
虚無王は倒したはず。世界は平和になったはず。
なのに、なぜ?
「詳しく聞かせてくれ」
事務員は震え声で続けた。
「ただ、以前とは違うようです。攻撃的ではなく、ただ...漂っているだけだと」
翔太は窓の外を見た。北の空は、いつもと変わらず青い。
だが、何かが始まろうとしている予感がした。
◆
一時間後、掃除士学校の会議室に主要メンバーが集まった。
「黒い霧だって?」
リクが険しい表情で立ち上がる。結婚したばかりだが、危機となれば話は別だ。
「でも虚無王は倒したはずだよね」
ミーナが困惑した様子で呟く。
「完全に消滅したわけではないのかもしれない」
翔太が冷静に状況を分析する。
「虚無王の残滓...いわば残り香のようなものの可能性がある」
「調査隊を組織しよう」
カールが提案する。新婚のハネムーン中だったが、この報告を聞いてすぐに駆けつけた。
「俺も行く」
ケンが静かに言った。隣にはアルテミスも頷いている。
「私たちも協力します」
そこに、一人の若者が手を挙げた。
「校長先生、僕も連れて行ってください!」
掃除士学校の第一期生、シン。まだレベル15の見習いだが、その眼差しは真剣だった。
「シン、これは危険かもしれない」
「だからこそです!現場で学びたいんです」
その熱意に、翔太は頷いた。
「分かった。ただし、絶対に無理はしないこと」
エリーゼが心配そうに翔太の手を握る。
「気をつけて」
「すぐ戻るよ」
翔太は優しく微笑んで、エリーゼの手を握り返した。彼女のお腹はさらに目立ち始めている。双子だということが最近判明したばかりだった。
「君と子供たちのために、必ず無事に帰ってくる」
◆
北方の荒野。
かつて虚無に飲み込まれかけた土地に、調査隊は到着した。
確かに、黒い霧が漂っている。
しかし、以前見た虚無の力とは明らかに違っていた。薄く、儚く、まるで消えかけの煙のよう。
「これは...」
翔太が慎重に近づく。【創世の掃除士】の感覚が、霧の正体を探っていく。
突然、霧の中から声が聞こえた。
「我は...虚無の...記憶...」
全員が身構える。リクは剣に手をかけ、カールも浄化の構えを取った。
しかし、その声には敵意がなかった。むしろ、哀しみに満ちている。
「消えたくない...存在したい...」
霧が人の形を取ろうとするが、すぐに崩れてしまう。形を保つ力すらないようだ。
「虚無王の残留思念か」
翔太が呟く。
「待てよ、こいつを攻撃すれば」
リクが剣を抜こうとした。しかし、翔太は手で制した。
「待て」
「なぜだ?虚無の力だぞ」
「よく見ろ。こいつは、もう虚無王じゃない」
翔太は霧に向かって語りかけた。
「君は何者だ?」
「私は...何者だったのか...」
思念が揺らぐ。記憶が断片的で、自分が何者かも分からないようだ。
「お前は虚無王の一部だった」
翔太の言葉に、思念が反応する。
「虚無王...そうか...私は敗れたのか」
「そうだ。だが、君は虚無王そのものじゃない。その残された思念だ」
◆
「何を話してるんだ」
リクが苛立たしげに言う。
「さっさと浄化すればいいじゃないか」
しかし、シンが前に出た。
「待ってください!」
見習いの少年が、勇気を振り絞って言葉を続ける。
「校長先生はいつも言っています。掃除士の仕事は破壊じゃなく浄化だって」
「それは...」
「この存在も、ただ消したくないだけなんじゃないですか?」
シンの純粋な言葉が、場の空気を変えた。
翔太は優しく微笑んで、再び思念に向き合った。
「存在を望むなら、別の形で生きる道もある」
「別の...形?」
「破壊者としてではなく、守護者として」
思念が震える。
「私が...守護者に?」
「君には力がある。その力を、この土地を守るために使えないか?」
カールが驚いて声を上げる。
「翔太、本気か?」
「虚無の力を残すなんて危険じゃ」
アルテミスも心配そうだ。
しかし、ケンが静かに言った。
「俺も昔は山賊だった。でも、翔太は俺にチャンスをくれた」
その言葉に、皆が黙り込む。
「存在には、みんな意味がある。そうだろう?」
◆
翔太は【創世の掃除士】の力を解放した。
金色の光が広がり、黒い霧を包み込んでいく。しかし、それは攻撃ではない。優しく、温かく、まるで抱きしめるような光。
「浄化とは、汚れを落とすだけじゃない」
翔太の声が響く。
「新しい形に生まれ変わらせることもできる」
思念が光の中で形を変えていく。黒い霧が、少しずつ白い光に変わっていく。
「私は...生きていいのか」
「いいんだ。ただし、今度は守る側として」
白い光が凝縮し、小さな精霊の形を取った。手のひらに乗るほど小さな、光る存在。
《システム通知:新たな守護精霊が誕生しました》
《北方の大地に平和が訪れました》
精霊は震える声で言った。
「ありがとう...生かしてくれて」
「名前をつけよう」
翔太が優しく提案する。
「ルクス。光という意味だ」
「ルクス...私の名前」
小さな守護精霊は、嬉しそうに光を放った。
◆
シンが感動で目を潤ませていた。
「これが本当の掃除術...」
「破壊じゃなく、再生」
翔太がシンの肩に手を置く。
「よく見ておけ。これが掃除士の真髄だ」
その時、ルクスが重要な情報を話し始めた。
「思い出した...虚無王は、この世界の者じゃなかった」
全員が驚く。
「どういうことだ?」
リクが問いかける。
「別の次元から...迷い込んだ存在。孤独と恐怖で狂気に陥った」
翔太が深く頷く。
「なるほど、だから破壊しか知らなかったのか」
「でも、まだある」
ルクスが続ける。
「次元の裂け目...まだ他にも存在する」
この情報は重大だった。
「他の次元からも、何かが来るかもしれないってことか」
カールが緊張した面持ちで言う。
「今度は、迷わせないようにしないとな」
翔太が決意を新たにする。
「対話と理解。それが新しい時代の掃除士の役目だ」
◆
調査を終えた一行は、王都への帰路についた。
道中、シンが興奮気味に話している。
「すごかったです!敵を味方に変えるなんて」
「敵じゃなかったんだよ」
翔太が穏やかに答える。
「ただの迷い子だった」
リクが苦笑する。
「お前らしいな、翔太」
「でも、それが正解だったと思う」
ミーナも同意する。
北方の空を振り返ると、小さな光が舞っていた。ルクスが、新しい守護精霊として土地を見守り始めたのだ。
◆
王都の門が見えてきた。
エリーゼが門の前で待っていた。大きくなったお腹を抱えながら、心配そうに北を見つめている。
「エリーゼ!」
翔太が手を振る。
彼女の顔が、安堵の笑みに変わった。
「おかえりなさい」
「ただいま」
二人は優しく抱き合った。
「どうだった?」
「新しい仲間ができたよ」
翔太が北を指差すと、小さな光が瞬いた。
「まあ、綺麗」
「虚無の残滓を、守護精霊に転生させたんだ」
エリーゼが驚きと感動の表情を見せる。
「あなたらしいわ」
◆
その夜、掃除士学校の職員室で、翔太は報告書を書いていた。
『虚無王の残留思念調査報告』
今回の出来事を詳細に記録していく。そして最後に、重要な項目を追加した。
『新カリキュラム案:対話による浄化技術』
シンがノックして入ってきた。
「校長先生、明日の授業で今日のことを話してもいいですか?」
「もちろんだ。むしろ、君が皆に伝えてくれ」
「僕が?」
「実際に見た者が語るのが一番だ」
シンの目が輝いた。
「はい!頑張ります!」
若い掃除士見習いが、興奮しながら部屋を出ていく。
翔太は窓の外を見つめた。
二つの太陽が沈みかけている。夕焼けが世界を赤く染めていた。
「世界はまだまだ広いな」
独り言のように呟く。
エリーゼが紅茶を持って入ってきた。
「何を考えているの?」
「次元の裂け目のこと」
翔太は真剣な表情で続ける。
「もし本当に他の世界から何かが来たら」
「大丈夫よ」
エリーゼが優しく微笑む。
「あなたなら、きっと対話で解決できる」
「そうだな」
翔太も微笑み返す。
「でも、それが楽しみでもある」
「新しい出会いが?」
「ああ。破壊じゃなく、理解し合える出会いが」
二人は並んで夕陽を眺めた。
平和な日々は続いている。
でも、新たな冒険の予感も、確かにそこにあった。
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【ステータス】
翔太 Lv.200【創世の掃除士・校長】
HP: 99999/99999
MP: 50000/50000
調査隊メンバー
リク Lv.72【真勇者】
カール Lv.48【上級浄化士】
ケン Lv.46【浄化の武】
シン Lv.15【掃除士見習い】
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