第56話 虚無の残滓調査

結婚式から数日が経ち、王都には穏やかな日常が戻っていた。


掃除士学校の教室で、翔太は次の授業の準備をしていた。黒板に「浄化の基礎理論」と書きながら、生徒たちにどう教えようか思案している。


「校長先生!」


突然、扉が勢いよく開いた。事務員が青い顔をして駆け込んでくる。


「北方から緊急の報告が!」


翔太は振り返った。


「どうした?」


「黒い霧が...また現れたそうです」


チョークが翔太の手から落ちた。


虚無王は倒したはず。世界は平和になったはず。


なのに、なぜ?


「詳しく聞かせてくれ」


事務員は震え声で続けた。


「ただ、以前とは違うようです。攻撃的ではなく、ただ...漂っているだけだと」


翔太は窓の外を見た。北の空は、いつもと変わらず青い。


だが、何かが始まろうとしている予感がした。



一時間後、掃除士学校の会議室に主要メンバーが集まった。


「黒い霧だって?」


リクが険しい表情で立ち上がる。結婚したばかりだが、危機となれば話は別だ。


「でも虚無王は倒したはずだよね」


ミーナが困惑した様子で呟く。


「完全に消滅したわけではないのかもしれない」


翔太が冷静に状況を分析する。


「虚無王の残滓...いわば残り香のようなものの可能性がある」


「調査隊を組織しよう」


カールが提案する。新婚のハネムーン中だったが、この報告を聞いてすぐに駆けつけた。


「俺も行く」


ケンが静かに言った。隣にはアルテミスも頷いている。


「私たちも協力します」


そこに、一人の若者が手を挙げた。


「校長先生、僕も連れて行ってください!」


掃除士学校の第一期生、シン。まだレベル15の見習いだが、その眼差しは真剣だった。


「シン、これは危険かもしれない」


「だからこそです!現場で学びたいんです」


その熱意に、翔太は頷いた。


「分かった。ただし、絶対に無理はしないこと」


エリーゼが心配そうに翔太の手を握る。


「気をつけて」


「すぐ戻るよ」


翔太は優しく微笑んで、エリーゼの手を握り返した。彼女のお腹はさらに目立ち始めている。双子だということが最近判明したばかりだった。


「君と子供たちのために、必ず無事に帰ってくる」



北方の荒野。


かつて虚無に飲み込まれかけた土地に、調査隊は到着した。


確かに、黒い霧が漂っている。


しかし、以前見た虚無の力とは明らかに違っていた。薄く、儚く、まるで消えかけの煙のよう。


「これは...」


翔太が慎重に近づく。【創世の掃除士】の感覚が、霧の正体を探っていく。


突然、霧の中から声が聞こえた。


「我は...虚無の...記憶...」


全員が身構える。リクは剣に手をかけ、カールも浄化の構えを取った。


しかし、その声には敵意がなかった。むしろ、哀しみに満ちている。


「消えたくない...存在したい...」


霧が人の形を取ろうとするが、すぐに崩れてしまう。形を保つ力すらないようだ。


「虚無王の残留思念か」


翔太が呟く。


「待てよ、こいつを攻撃すれば」


リクが剣を抜こうとした。しかし、翔太は手で制した。


「待て」


「なぜだ?虚無の力だぞ」


「よく見ろ。こいつは、もう虚無王じゃない」


翔太は霧に向かって語りかけた。


「君は何者だ?」


「私は...何者だったのか...」


思念が揺らぐ。記憶が断片的で、自分が何者かも分からないようだ。


「お前は虚無王の一部だった」


翔太の言葉に、思念が反応する。


「虚無王...そうか...私は敗れたのか」


「そうだ。だが、君は虚無王そのものじゃない。その残された思念だ」



「何を話してるんだ」


リクが苛立たしげに言う。


「さっさと浄化すればいいじゃないか」


しかし、シンが前に出た。


「待ってください!」


見習いの少年が、勇気を振り絞って言葉を続ける。


「校長先生はいつも言っています。掃除士の仕事は破壊じゃなく浄化だって」


「それは...」


「この存在も、ただ消したくないだけなんじゃないですか?」


シンの純粋な言葉が、場の空気を変えた。


翔太は優しく微笑んで、再び思念に向き合った。


「存在を望むなら、別の形で生きる道もある」


「別の...形?」


「破壊者としてではなく、守護者として」


思念が震える。


「私が...守護者に?」


「君には力がある。その力を、この土地を守るために使えないか?」


カールが驚いて声を上げる。


「翔太、本気か?」


「虚無の力を残すなんて危険じゃ」


アルテミスも心配そうだ。


しかし、ケンが静かに言った。


「俺も昔は山賊だった。でも、翔太は俺にチャンスをくれた」


その言葉に、皆が黙り込む。


「存在には、みんな意味がある。そうだろう?」



翔太は【創世の掃除士】の力を解放した。


金色の光が広がり、黒い霧を包み込んでいく。しかし、それは攻撃ではない。優しく、温かく、まるで抱きしめるような光。


「浄化とは、汚れを落とすだけじゃない」


翔太の声が響く。


「新しい形に生まれ変わらせることもできる」


思念が光の中で形を変えていく。黒い霧が、少しずつ白い光に変わっていく。


「私は...生きていいのか」


「いいんだ。ただし、今度は守る側として」


白い光が凝縮し、小さな精霊の形を取った。手のひらに乗るほど小さな、光る存在。


《システム通知:新たな守護精霊が誕生しました》

《北方の大地に平和が訪れました》


精霊は震える声で言った。


「ありがとう...生かしてくれて」


「名前をつけよう」


翔太が優しく提案する。


「ルクス。光という意味だ」


「ルクス...私の名前」


小さな守護精霊は、嬉しそうに光を放った。



シンが感動で目を潤ませていた。


「これが本当の掃除術...」


「破壊じゃなく、再生」


翔太がシンの肩に手を置く。


「よく見ておけ。これが掃除士の真髄だ」


その時、ルクスが重要な情報を話し始めた。


「思い出した...虚無王は、この世界の者じゃなかった」


全員が驚く。


「どういうことだ?」


リクが問いかける。


「別の次元から...迷い込んだ存在。孤独と恐怖で狂気に陥った」


翔太が深く頷く。


「なるほど、だから破壊しか知らなかったのか」


「でも、まだある」


ルクスが続ける。


「次元の裂け目...まだ他にも存在する」


この情報は重大だった。


「他の次元からも、何かが来るかもしれないってことか」


カールが緊張した面持ちで言う。


「今度は、迷わせないようにしないとな」


翔太が決意を新たにする。


「対話と理解。それが新しい時代の掃除士の役目だ」



調査を終えた一行は、王都への帰路についた。


道中、シンが興奮気味に話している。


「すごかったです!敵を味方に変えるなんて」


「敵じゃなかったんだよ」


翔太が穏やかに答える。


「ただの迷い子だった」


リクが苦笑する。


「お前らしいな、翔太」


「でも、それが正解だったと思う」


ミーナも同意する。


北方の空を振り返ると、小さな光が舞っていた。ルクスが、新しい守護精霊として土地を見守り始めたのだ。



王都の門が見えてきた。


エリーゼが門の前で待っていた。大きくなったお腹を抱えながら、心配そうに北を見つめている。


「エリーゼ!」


翔太が手を振る。


彼女の顔が、安堵の笑みに変わった。


「おかえりなさい」


「ただいま」


二人は優しく抱き合った。


「どうだった?」


「新しい仲間ができたよ」


翔太が北を指差すと、小さな光が瞬いた。


「まあ、綺麗」


「虚無の残滓を、守護精霊に転生させたんだ」


エリーゼが驚きと感動の表情を見せる。


「あなたらしいわ」



その夜、掃除士学校の職員室で、翔太は報告書を書いていた。


『虚無王の残留思念調査報告』


今回の出来事を詳細に記録していく。そして最後に、重要な項目を追加した。


『新カリキュラム案:対話による浄化技術』


シンがノックして入ってきた。


「校長先生、明日の授業で今日のことを話してもいいですか?」


「もちろんだ。むしろ、君が皆に伝えてくれ」


「僕が?」


「実際に見た者が語るのが一番だ」


シンの目が輝いた。


「はい!頑張ります!」


若い掃除士見習いが、興奮しながら部屋を出ていく。


翔太は窓の外を見つめた。


二つの太陽が沈みかけている。夕焼けが世界を赤く染めていた。


「世界はまだまだ広いな」


独り言のように呟く。


エリーゼが紅茶を持って入ってきた。


「何を考えているの?」


「次元の裂け目のこと」


翔太は真剣な表情で続ける。


「もし本当に他の世界から何かが来たら」


「大丈夫よ」


エリーゼが優しく微笑む。


「あなたなら、きっと対話で解決できる」


「そうだな」


翔太も微笑み返す。


「でも、それが楽しみでもある」


「新しい出会いが?」


「ああ。破壊じゃなく、理解し合える出会いが」


二人は並んで夕陽を眺めた。


平和な日々は続いている。


でも、新たな冒険の予感も、確かにそこにあった。


━━━━━━━━━━━━━━━

【ステータス】

翔太 Lv.200【創世の掃除士・校長】

HP: 99999/99999

MP: 50000/50000


調査隊メンバー

リク Lv.72【真勇者】

カール Lv.48【上級浄化士】

ケン Lv.46【浄化の武】

シン Lv.15【掃除士見習い】

━━━━━━━━━━━━━━━

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る