第53話 東の大陸からの使者

朝の港に、いつもとは違う活気が満ちていた。


「東の商船が見えたぞ!」


見張り台からの声に、集まった人々がざわめく。翔太とエリーゼも、ゆっくりとした足取りで港へと向かっていた。


「無理しなくていいよ」


翔太が心配そうにエリーゼを見る。昨日、妊娠が判明したばかりだ。


「大丈夫。私も東の大陸の人たちに会ってみたいの」


エリーゼが微笑むと、その頭上に【体調:良好】という表示が一瞬現れて消えた。システムもまだ完全には落ち着いていないらしい。


港に着くと、すでに多くの人々が集まっていた。商人たちは興奮気味に話し合い、子供たちは初めて見る大型船に目を輝かせている。


「でかいなあ!」


リクも到着していた。隣にはミーナ、そしてカールやレオの姿もある。


「皆も来たのか」


「こんな機会、滅多にないだろ?」


確かに、東の大陸との交流は虚無王との戦いで長らく途絶えていた。平和が戻った今、ようやく海路も安全になったのだ。



東の商船は、見慣れた帆船とは明らかに異なる造りをしていた。


船体には美しい龍の彫刻が施され、赤と金の鮮やかな帆が風を受けて膨らんでいる。マストの先端には、見たことのない形の旗がはためいていた。


「あれは……煌国(こうこく)の紋章だ」


王宮から派遣された外交官が説明する。


「煌国?」


「東の大陸にある大国です。我々とは異なるシステムで動いているという話ですが……」


船が接岸すると、タラップが降ろされた。


最初に降りてきたのは、絹のような光沢を持つ衣服を纏った中年の男性だった。長い髪を高く結い上げ、腰には見慣れない形の剣を帯びている。


男性は港に降り立つと、両手を前で組み、深々と頭を下げた。


「初めまして。私は煌国の交易商、リン・シャオと申します」


流暢な共通語だが、独特のイントネーションが混じっている。


《リン・シャオ 三段【交易商】》


翔太の頭上に、見慣れない表示が現れた。レベルではなく、「段」という単位らしい。


「ようこそ、ヴェリディアン王国へ。私は王国騎士団長のガイウスです」


ガイウスが前に出て挨拶を交わす。


リン・シャオは微笑みながら、後ろを振り返った。


「皆、降りてきなさい」


船から次々と人々が降りてくる。皆、色鮮やかな衣服を身に着け、大きな荷物を抱えていた。


「これは……」


荷物の中から、見たことのない品物が次々と取り出される。


透き通るような白い陶器、虹色に輝く絹織物、そして芳しい香りを放つ小さな木箱。


「これは我が国の特産品です。ぜひ、ご覧ください」


リン・シャオが木箱を開けると、濃厚な香りが広がった。


「香辛料?」


「はい。これは『天香(てんこう)』と呼ばれる香辛料です。料理に少し加えるだけで、驚くほど風味が豊かになります」


商人たちが興味深そうに品物を眺める中、リン・シャオは翔太たちに気付いた。


「おや、あなたは……」


彼の目が翔太のステータスを確認したらしい。驚きの表情を浮かべる。


「レベル200……いえ、この圧倒的な清浄な気……まさか、あの虚無王を倒したという?」


「ええ、まあ……」


翔太が照れくさそうに頷くと、リン・シャオは再び深々と頭を下げた。


「お会いできて光栄です。東の大陸にも、あなたの功績は伝わっています」


「そんな、大げさな……」


リン・シャオは顔を上げると、今度はエリーゼに目を向けた。その瞬間、彼の表情が柔らかくなる。


「奥様は……生命を宿しておられますね」


「え? わかるんですか?」


エリーゼが驚く。


「我が国には、気の流れを読む技術があります。新しい命の輝きは、特に美しく見えるものです」


リン・シャオは部下に何か指示すると、小さな袋を取り出させた。


「これを」


差し出された袋を開けると、中には美しい翡翠の腕輪が入っていた。


「これは?」


「煌国に伝わる安産のお守りです。母子の健康を願う気が込められています」


「でも、こんな高価そうなもの……」


エリーゼが遠慮すると、リン・シャオは首を横に振った。


「平和をもたらした英雄のお子様です。これくらいは、させていただきたい」



港に仮設の交易所が設けられ、東の品物が並べられた。


「この布、すごく肌触りがいいわ!」


「この茶葉、初めての香りだ」


街の人々は、珍しい品物に夢中になっていた。


翔太たちは、リン・シャオから煌国について詳しく話を聞いていた。


「我が国は、あなた方とは異なるシステムで成り立っています」


「段位制、でしたっけ?」


ミーナが尋ねる。


「はい。レベルではなく、修行によって段位を上げていく。一段から始まり、最高位は九段です」


「へえ、面白いな」


リクが興味深そうに頷く。


「ただし」リン・シャオが続けた。「段位は単なる強さの指標ではありません。技術、知識、そして心の在り方すべてを総合したものです」


「心の在り方?」


「はい。いくら技術があっても、心が伴わなければ段位は上がりません」


その考え方は、どこか掃除士の理念に通じるものがあった。


リン・シャオは翔太を見つめた。


「実は、あなたにお願いがあります」


「何でしょう?」


「『掃除』という概念に、我々はとても興味があります」


意外な言葉に、翔太は目を丸くした。


「掃除に?」


「はい。聞くところによれば、単なる清掃ではなく、世界そのものを清める技術だとか」


リン・シャオの目が真剣な光を帯びる。


「我が国にも、邪気を払う術はあります。しかし、あなたの『掃除』は、それをはるかに超えた何かのようです」


カールが誇らしげに胸を張った。


「その通りです! 翔太様の掃除術は、世界を救った偉大な技術なのです」


「やはり……」リン・シャオが頷く。「もし可能なら、その技術を学ばせていただけないでしょうか」


翔太は少し考えてから答えた。


「掃除の技術自体は、誰でも学べます。ただ……」


「ただ?」


「本質を理解するには、時間がかかるかもしれません」


「時間なら、いくらでもかけます」


リン・シャオの真摯な態度に、翔太は微笑んだ。


「わかりました。でも、一人で教えるのは大変だな……」


ふと、翔太の脳裏にあるアイデアが浮かんだ。


「そうだ、いっそのこと……」


「翔太?」


エリーゼが不思議そうに見つめる。


「掃除を体系的に教える場所を作るのはどうだろう? 学校みたいな」


「学校?」


レオの目が輝いた。


「それいいですね! 掃除士学校!」


カールも興奮気味に同意する。


「素晴らしいアイデアです! 世界中から生徒が集まるかもしれません」


リン・シャオも期待に満ちた表情を見せた。


「それは素晴らしい。我が国からも、ぜひ留学生を送らせていただきたい」



夕方になり、歓迎の宴が開かれることになった。


王宮から料理人が派遣され、港に大きなテーブルが並べられる。ヴェリディアン王国の料理と、煌国から持ち込まれた食材を使った料理が、次々と並んでいく。


「これは煌国の餃子(ぎょうざ)という料理です」


リン・シャオが説明する、小麦粉の皮に包まれた料理を、翔太は興味深そうに口に運んだ。


「うまい!」


肉汁が口いっぱいに広がる。


「これは春巻き(はるまき)です」


パリパリとした食感が楽しい。


東西の料理が並ぶテーブルを囲んで、人々は楽しそうに語り合っていた。


文化の違いが、時に笑いを生む。


煌国の人々は、フォークとナイフの使い方に苦戦し、ヴェリディアンの人々は、箸の扱いに四苦八苦していた。


「こう持つんです」


「いや、難しい……」


言葉は通訳魔法でなんとか通じるものの、細かなニュアンスの違いで、おかしな会話になることもあった。


煌国の若者が、ヴェリディアンの女性に声をかける。


「あなたは月のように美しい」


それが「あなたは丸い」と誤訳されて、場が凍りついたり。


リン・シャオがガイウスに挨拶した時、煌国式のお辞儀をしたつもりが、通訳魔法が「あなたの前で地面に頭をつけます」と訳してしまい、ガイウスが慌てて止める一幕も。


「そ、そんな大それたことを!」


「いえ、これが我が国の礼儀ですから」


また、ヴェリディアンの商人が煌国の茶を一気に飲み干したところ、煌国の人々が驚愕した。


「その茶は、少しずつ味わうものです!」


「え? 嗉が渇いてたから……」


「いや、そういう意味では……」


でも、そんな失敗も、すぐに笑い話になった。


エリーゼは、煌国の女性商人と話をしていた。


「妊娠中は、温かいお茶がいいですよ」


女性は、香り高い茶葉を分けてくれた。


「これは安胎茶(あんたいちゃ)。母子ともに健康でいられるように」


「ありがとうございます」


異国の地にも、命を慈しむ心は同じようにあった。



宴も終盤にさしかかった頃、リン・シャオが立ち上がった。


「皆様、本日は温かく迎えていただき、ありがとうございます」


彼は杯を掲げる。


「これを機に、煌国とヴェリディアン王国の間に、定期的な交易路を開きたいと思います」


歓声が上がる。


「月に一度、我々の船がこの港を訪れます。品物だけでなく、人の交流も深めていければ」


ガイウスが代表して答えた。


「我々も同じ思いです。平和だからこそできる、素晴らしい交流になるでしょう」


翔太も立ち上がった。


「掃除士学校の件も、本格的に考えてみます。東の技術と西の技術、お互いに学び合えることがたくさんありそうです」


「期待しています」


リン・シャオが微笑む。


宴が終わり、人々が帰路につき始めた頃、翔太とエリーゼは港に残って海を眺めていた。


「世界って、思っていたより広いのね」


エリーゼが呟く。


「ああ。まだまだ知らないことがたくさんある」


翔太は東の空を見つめた。


「この子が大きくなったら、一緒に煌国を訪ねてみたいな」


「そうね。きっと素敵な旅になるわ」


エリーゼがお腹をそっと撫でる。


リン・シャオがくれた翡翠の腕輪が、月明かりを受けて優しく輝いていた。


「掃除士学校か……」


翔太が考え込むように呟く。


「作るの?」


「うん。これまで、掃除の技術は個人個人で伝えてきたけど、体系的に教える場所があってもいいかもしれない」


「素敵なアイデアだと思うわ」


エリーゼが微笑む。


「子供たちが、掃除を通じて世界の大切さを学べる場所」


「そうだな。戦うためじゃなく、守り、育てるための技術として」


二人の前には、穏やかな海が広がっている。


東の大陸との新しい繋がりは、世界をより豊かにしていくだろう。


そして、掃除士学校という新しい夢も、形になろうとしていた。


平和な世界で、新たな交流が始まる。


それは、次の世代への素晴らしい贈り物になるはずだった。


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【ステータス】

翔太 Lv.200【創世の掃除士】

HP: 99999/99999

MP: 50000/50000


エリーゼ Lv.60【聖女・生命を宿す者】

HP: 8000/8000

MP: 5000/5000

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