第46話 虚無王の覚醒
エリーゼが消えてから三日が経った。
翔太は王城の自室で、小さな光の結晶を見つめていた。親指ほどの大きさの結晶は、優しい光を放ち続けている。まるで、エリーゼがそこにいるかのように。
「エリーゼ...」
結晶を握りしめると、温かさが伝わってくる。しかし、それは彼女の代わりにはならない。もう二度と、彼女の笑顔を見ることはできない。
扉が開き、リクが入ってきた。
「翔太、飯を持ってきた」
「...いらない」
「三日も何も食ってないだろ」
リクがテーブルに食事を置く。しかし、翔太は振り返りもしない。窓の外では、第二の太陽が不安定に明滅している。世界もまた、エリーゼの喪失を悼んでいるかのようだった。
その時、光の結晶が強く脈動した。
そして——
『翔太...聞こえる?』
エリーゼの声が、心に直接響いた。
◆
翔太は跳ね起きた。
「エリーゼ!?」
しかし、部屋には誰もいない。リクが心配そうに見つめている。
『私はここにいる...結晶の中に』
光の結晶が、より強く輝く。翔太が結晶に意識を集中させると、エリーゼの存在を感じることができた。温かく、優しい、確かに彼女のものだ。
「本当に...エリーゼなのか?」
『うん。私の意識の一部が、この結晶に宿ったみたい』
「でも、どうして...」
『愛の力は、想像以上に強いから』
翔太の目から涙があふれる。完全ではないが、彼女はまだここにいる。その事実だけで、心に希望の灯がともった。
オルディンが部屋に入ってきた。
「やはり、そうなったか」
老賢者は、優しく微笑む。彼の表情には、安堵と驚きが混じっていた。
「これは『愛の結晶化』の真の姿だ。愛する者の想いが強ければ強いほど、その存在は形を変えて残り続ける」
オルディンは古い書物を取り出す。革表紙には、古代文字で何かが刻まれていた。
「創世の掃除士も、同じような経験をしたという。愛する者を失い、その想いで新たな力を得た」
翔太の体が、突然金色の光に包まれ始める。体の奥底から、熱い何かが湧き上がってくる。レベルが急激に上昇していく。
体の奥底から湧き上がる力。限界を超えた成長。新たな称号と、失われたものを復元する能力の覚醒。
「これは...」
「君の愛が、限界を超えたのだ」
オルディンが静かに告げる。
「前人未到の領域に達した。そして『愛の復元』——失われたものに、新たな形を与える力」
翔太は自分の手を見つめる。金色の粒子が、まるで命あるもののように手の周りを舞っていた。
◆
突然、大地が激しく揺れた。
窓の外を見ると、北の空が真っ黒に染まっている。まるで巨大な墨汁が空にぶちまけられたかのような、圧倒的な闇。
「虚無王が...完全に覚醒した!」
ソフィアが駆け込んでくる。彼女の顔は青ざめていた。
皆が城壁に集まる。北の地平線に、巨大な影が立ち上がっていた。その大きさは、山をも超える。空を覆い尽くすほどの、圧倒的な存在感。
虚無王アルトゥール。その存在感だけで、空気が震える。
しかし、奇妙なことに、敵意が感じられない。
「来なさい...運命の子よ」
虚無王の声が、直接頭に響く。それは威圧的ではあるが、どこか悲しみを帯びていた。千年の孤独を背負った者の声。
「罠かもしれない」
ヴァルガスが警告する。
「しかし...」
翔太は光の結晶を握る。
『行って』
エリーゼの声がする。
『真実を知る必要がある』
決意を固めた翔太たち。主要メンバー全員で、北へ向かうことに。リク、ミーナ、カール、ローラ、マルコ、ソフィア、レオ、そしてヴァルガス。皆、覚悟を決めた表情だった。
道中、オルディンが語り始める。
「1000年前、この世界には別の名前があった」
老賢者の声が、風に乗って響く。
「『終末の庭』——失敗した世界の廃棄場」
仲間たちが息を呑む。
「虚無王は、その管理者だった。しかし、何かが起きて、彼は封印された。その真実を知る者は、もういない」
北に近づくにつれ、景色が変わっていく。虚無に侵食された大地。草木は枯れ、土は黒く変色している。しかし、その中に、美しい花が咲いていた。
黒い花。虚無の中でしか咲かない、幻の花。その花弁は漆黒でありながら、不思議な輝きを放っている。まるで夜空に輝く星のような、静謐な美しさだった。
「これは...美しい」
ミーナが呟きながら、そっと花に手を伸ばす。触れる瞬間、彼女の指先がかすかに震えた。
「虚無も、ただの破壊ではないのかもしれない」
カールが慎重に花を手に取る。聖騎士の鎧に包まれた手が、優しく花弁を支える。不思議なことに、花は枯れることなく、むしろより鮮やかに輝いた。
「創造と破壊は表裏一体。虚無もまた、世界の一部なのだ」
オルディンが哲学的に呟く。
◆
ついに、虚無王の前に立つ。
巨大な玉座に座る、漆黒の存在。しかし、その瞳は、深い青色をしていた。人間のような、悲しみに満ちた瞳。
「よく来た、掃除士よ」
虚無王アルトゥールが口を開く。
「そして...ごめんなさい」
予想外の言葉に、皆が驚く。
「私は、君たちを試していた。この世界が、廃棄場から脱却できるか。独立した世界として、存在できるか」
虚無王が立ち上がる。その姿が、少しずつ変化していく。
漆黒の鎧が剥がれ落ち、中から、一人の男性が現れた。30代くらいの、優しい顔をした男。髪は銀色で、瞳は空のように青い。
「私の本当の名は、アルトゥール。かつて、この世界を愛した、ただの人間だ」
彼は、1000年前の真実を語り始める。
この世界は、失敗作として廃棄される予定だった。創造主たちにとって、不要なゴミのような存在。しかし、アルトゥールは世界を愛してしまった。特に、一人の女性を。
「彼女の名は、エリザベート。エリーゼの先祖だ」
翔太の心臓が跳ねる。手の中の光の結晶が温かく脈動し、エリーゼが光の結晶の中で、静かに息を呑む気配がした。
二人は協力して、世界の廃棄を防ごうとした。アルトゥールは虚無の力を取り込み、エリザベートは封印術を開発した。
「しかし、代償は大きかった。私は虚無そのものになり、彼女は、命を落とした」
涙が、アルトゥールの頬を伝う。虚無王が、泣いていた。千年分の涙が、今ようやく流れ出たかのように。
「彼女は最後に言った。『いつか、私たちの想いを継ぐ者が現れる』と」
◆
「私は、1000年間、考え続けた」
アルトゥールの声が、静かに響く。
「この世界は、生きる価値があるのか。そして、君たちが証明してくれた」
アルトゥールが翔太を見つめる。
「愛は、虚無をも超える。エリーゼの犠牲は、それを示した」
翔太が光の結晶を取り出す。すると、結晶が激しく輝き始めた。
『アルトゥール様...』
エリーゼの声が、空間に響く。
「エリーゼ...いや、エリザベート?」
アルトゥールが驚く。
『両方です。私たちの想いは、受け継がれてきました。1000年の時を超えて』
光の結晶から、薄っすらと人影が浮かび上がる。エリーゼの姿。透明だが、確かにそこにいる。
「エリーゼ!」
翔太が手を伸ばす。彼女の手が、翔太の手に重なる。一瞬、実体化する。温かさが、確かに伝わってきた。
「新しい道を、作りましょう」
エリーゼが微笑む。
「虚無と愛が、共存する世界を」
アルトゥールが膝をつく。
「私は...もう疲れた。この世界を、君たちに託そう」
しかし、翔太は首を振る。
「いいえ、一緒に作りましょう。あなたも、この世界の一部なんですから」
新スキル【愛の復元】が発動する。金色の光が、アルトゥールを包む。虚無に侵食された彼の心が、少しずつ浄化されていく。
「これは...温かい」
アルトゥールの瞳から、闇が消えていく。代わりに、人間らしい輝きが戻ってきた。
「千年ぶりだ...この温もりを感じるのは」
◆
虚無王の城が、変化し始めた。漆黒の城壁に、少しずつ色が戻っていく。石の一つ一つに、生命が宿るかのように。
「虚無は、必要悪だった」
オルディンが呟く。
「負の感情を処理するシステム。それがなければ、世界は別の形で壊れる」
アルトゥールが立ち上がる。もう、虚無王ではない。一人の、力ある守護者として。
「私は、世界の均衡を保つ。虚無を制御し、適切に処理する。それが、私の新しい役目」
エリーゼの霊体が、翔太に寄り添う。
「私も、できることをする。この姿でも、まだ封印術は使える」
翔太は二人を見て、決意を新たにする。
「新しい世界を作ろう。虚無も愛も、全てを受け入れる世界を」
仲間たちが頷く。リク、ミーナ、カール、ローラ、マルコ、ソフィア、レオ。そして、ヴァルガスも。
「俺たちも手伝うぜ」
リクが笑う。
「世界を救うなんて、最高にクールじゃないか」
ミーナが杖を掲げる。
「私の魔法も、きっと役に立つ」
太陽が昇る。第二の太陽も、安定を取り戻していた。二つの光が、世界を優しく照らす。
新たな時代の、始まりだった。
しかし——
遠く、世界の果てで、何かが動いた。原初の鍵を狙う、別の存在が。その影は、誰にも気づかれることなく、静かに、しかし確実に近づいていた。
翔太たちの新たな戦いは、まだ終わらない。
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