第42話 愛と虚無の狭間

世界の穴から、低い唸り声が響き続けている。


それは大地の底から湧き上がる呻きのようで、聞いているだけで正気を失いそうになる。兵士たちの顔に、恐怖の色が濃くなっていく。


「進軍を続けるか、ここで態勢を整えるか」


フリードリヒ3世が翔太に判断を求めた。周囲の将軍たちも、浄化王の決断を待っている。


翔太は世界の穴を見つめた。直径1kmの漆黒の穴。その底から噴き出す虚無のエネルギーは、まるで世界そのものを飲み込もうとしているかのようだ。


「リク、別動隊の準備はできているか?」


「ああ、いつでも行ける」


リクが頷く。クリスタル救出のための20名は、既に編成を終えていた。


「では、二手に分かれよう」


翔太の決断に、エリーゼが不安そうな表情を見せた。


「大丈夫」翔太は彼女の手を握った。「必ず、みんなで生きて帰る」


第二の太陽が、また一段と暗くなった。



突然、世界の穴から巨大な影が立ち上がった。


それは人の形をしているが、その大きさは常人の10倍はある。全身が純粋な虚無で構成されており、ただ輪郭だけが揺らめいている。


「我が名は始原の影。虚無の使者第一位にして、虚無王の右腕」


その声だけで、兵士の半数が意識を失った。膝から崩れ落ちる者、恐怖で動けなくなる者。戦場に絶望が広がっていく。


「レベル...180だと...」


アルテミスが震え声で呟く。


翔太の【浄化の眼】でも、その全容を把握することはできない。底知れぬ力が、始原の影から溢れ出していた。


始原の影が、ゆっくりと手を上げる。


その瞬間、地面が爆発的に抉れた。視線を向けるだけで岩が砕け、手を振るだけで竜巻が発生する。圧倒的な力の差に、誰もが息を呑んだ。


「千年前も、お前たちの先祖を葬った」


始原の影の言葉に、歴史の重みが感じられる。この存在は、千年もの間、虚無王に仕えてきたのだ。


「若い者たちに未来を託す」


突然、グレイスが前に出た。老浄化士の体から、穏やかな光が溢れ出す。


「グレイス殿、何を...」


「アルテミス、一緒に来い」


二人の浄化士が、同時に詠唱を始めた。


【聖浄化・千年樹】


二人の合体技が発動する。巨大な光の樹が出現し、その枝が始原の影に向かって伸びていく。千年の知恵と経験が込められた、最強の浄化術だった。


しかし——


「無駄だ」


始原の影は、ただ息を吐いただけで光の樹を消し去った。傷一つつけることができない。


グレイスとアルテミスが、力を使い果たして倒れる。


「くそっ...」


翔太が歯を食いしばった。この化け物を相手に、どう戦えばいいのか。



「今だ、別動隊出発!」


リクが叫んだ。始原の影が本隊に注目している隙に、20名の精鋭が動き出す。


「必ず戻ってきて」


ミーナがリクの手を握った。


「約束する。お前も無茶するなよ」


二人の間に、言葉にならない想いが交錯する。幼馴染として、そして仲間として過ごしてきた時間。それが今、別れの瞬間を迎えている。


「クリスタル様を必ず助けます!」


レオが決意を込めて叫んだ。見習い浄化士の体から、純粋な浄化の光が強まっていく。この数日で急成長を遂げた少年の瞳に、強い意志が宿っていた。


タオとレイも、覚悟を決めた表情で頷く。精鋭騎士10名と浄化士6名も、準備を整えている。


「マルコ、転移石を」


「ああ、これだ」


マルコが差し出した転移石が、青白く輝き始める。氷の迷宮への道が、開かれようとしていた。


「3時間で戻らなければ...」


「分かってる。必ず間に合わせる」


リクがエクスカリバーの双剣を握り締める。聖剣から勇気が湧き上がってくるのを感じた。


転移の光が、別動隊を包み込む。


「翔太、後は頼んだ!」


「ああ、こっちは任せろ!」


光が弾けて、別動隊の姿が消えた。氷の迷宮へと、彼らは旅立っていった。



「エリーゼ」


翔太が愛する人の名を呼ぶ。


「うん」


二人が手を繋ぐと、虹色の光が爆発的に広がった。


「これは...」


2000名全員が光に包まれ、一つに繋がっていく。兵士たちの恐怖が、少しずつ希望へと変わり始めた。


愛の連鎖が、進化を遂げる瞬間だった。


「みんな、聞いてくれ」


翔太の声が、全軍に響き渡る。


「俺たちは今、一つになっている。恐怖も、痛みも、喜びも、すべてを分かち合える」


兵士たちが顔を上げる。倒れていた者も、立ち上がり始めた。


「この絆こそが、俺たちの最強の武器だ」


エリーゼの紋様が、激しく脈動する。封印術師としての力が、愛の連鎖と共鳴していく。


「馬鹿な...人間如きが、この力を...」


始原の影が、初めて動揺を見せた。一歩、二歩と後退する。


「まさか、真の愛の結晶化か」


その言葉に、翔太は確信を得た。愛の力は、虚無をも超える可能性を秘めている。


「みんなの想いを一つに!」


翔太が聖剣を掲げると、2000名の想いが集結していく。


【大浄化・希望の光】


巨大な光の柱が天に向かって立ち上がった。その光は、世界の穴から湧き出していた虚無の軍勢5000体を、一瞬で消滅させる。


「不可能だ...」


始原の影が、さらに後退した。千年の間、これほどの力を見たことがない。



その時、消えかけていた第二の太陽から、微かな声が聞こえてきた。


『聞こえるか...運命の子よ』


翔太の意識に、直接語りかけてくる声。


『穴の底に...真実がある』


『虚無王は...かつて人間だった』


『愛する者を...失った男だ』


衝撃的な真実に、翔太は息を呑んだ。虚無王が、元は人間だったとは。


「翔太様」


ヴァルガスが、包帯だらけの体で前に出た。


「俺も行きます。クリスタル様との約束がありますから」


ノーザリア最強の騎士は、重傷を負いながらも戦う意志を失っていない。その執念に、周囲の兵士たちも勇気づけられる。


「よし、精鋭50名を選出する」


翔太が決断を下した。


「エリーゼ、ミーナ、カール、ヴァルガス」


名前を呼ばれた者たちが、前に出る。


「グレイス殿とアルテミス殿は...」


「いや、行かせてくれ」


グレイスが立ち上がった。


「この老骨に、まだできることがある」


アルテミスも頷く。二人の浄化士の目に、諦めの色はない。


各部隊からも、精鋭が選ばれていく。誰もが、この戦いの重要性を理解していた。


「待って」


ソフィアが叫んだ。情報屋の少女が、世界の穴の縁を指差している。


「この紋様...エリーゼ様のものと同じ」


確かに、穴の縁には古代文字が刻まれていた。それは、エリーゼの体に浮かぶ紋様と酷似している。


「二つの封印が共鳴している」


ソフィアの言葉に、エリーゼが頷いた。


「何かが...私を呼んでいる」


彼女の体が、また少し透けて見える。封印術の代償が、確実に進行していた。



翔太が聖剣を掲げると、金色の階段が出現した。


「これは...」


「エクスカリバーが道を示している」


一歩ずつ、慎重に降りていく。虚無のエネルギーが、肌を刺すように痛い。それでも、50名の精鋭は歩みを止めない。


階段を降りるにつれて、周囲の景色が変わっていく。岩肌は黒く変色し、空気は重く淀んでいた。まるで、世界の底へと向かっているかのようだ。


「エリーゼ、大丈夫か?」


翔太が振り返る。エリーゼの体は、既に半分が透けて見えた。


「何かが...呼んでいる」


彼女の声も、少しずつ遠くなっているように感じる。紋様が激しく脈動し、まるで何かと共鳴しているかのようだった。


「もう少しだ」


カールが仲間を励ます。聖騎士として、みんなを守る使命を果たそうとしていた。


ついに、一行は穴の底に到達した。


そこには、巨大な扉があった。


扉には「愛と犠牲の間」と刻まれている。古代の言語で書かれたその文字は、不思議な光を放っていた。


「そこから先は、虚無王の領域だ」


始原の影が、上から見下ろしている。


「入れば、二度と戻れぬかもしれぬぞ」


脅しとも、警告ともつかない言葉。しかし、翔太たちに迷いはなかった。


「それでも行く」


翔太が扉に手をかける。


「この先に、全ての答えがあるはずだ」



「浄化王様のために!」


突然、上から声が聞こえてきた。


名もなき兵士たちが、次々と世界の穴に向かって突撃していく。始原の影を引きつけるために、命を賭けて戦っているのだ。


「馬鹿な真似を...」


始原の影が手を振るう。兵士たちが吹き飛ばされるが、それでも彼らは立ち上がる。


「俺たちにも、できることがある!」


「浄化王様を信じて、戦うんだ!」


勇気ある兵士たちの姿に、翔太の目に涙が浮かんだ。


「みんな...」


「さあ、行きましょう」


エリーゼが翔太の手を引く。


「彼らの想いを、無駄にしないためにも」


翔太は深く頷いた。そして、扉に両手をかける。


扉は、重い音を立てながら開き始めた。


その瞬間——


第二の太陽が、ついに消えた。


完全な闇が、世界を包み込む。


「時間切れだ」


始原の影が呟いた。


「虚無王が、目覚める」


扉の向こうから、圧倒的な虚無のエネルギーが溢れ出してきた。それは、今まで感じたことのない恐怖と絶望に満ちている。


しかし、翔太は前を向いた。


「俺たちには、仲間がいる」


聖剣が、強く輝く。


「そして、愛の力がある」


エリーゼと手を繋ぎ、一歩を踏み出す。


50名の精鋭が、続いていく。


扉の向こうは、完全な闇だった。


しかし、その闇の中に、微かな光が見える。それは、希望の光なのか、それとも絶望への誘いなのか。


「行こう」


翔太の声が、闇に響く。


「虚無王に会いに」


扉が、完全に開いた。


運命の瞬間が、訪れようとしていた。


世界の命運を賭けた、最後の戦いが始まる。


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【翔太】

 職業:真なる浄化王

 レベル:100

 HP:13,500 / 15,000

 MP:7,000 / 8,000

 

 習得スキル:

 ・聖愛浄化・調和(エリーゼとの合体技)

 ・世界防衛術・三位一体

 ・絶対浄化Lv.MAX

 

 装備:

 ・聖剣エクスカリバー

 ・浄化王の外套

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【エリーゼ】

 職業:王女・封印術師

 レベル:42

 HP:3,800 / 4,200

 MP:5,200 / 5,500

 

 状態:三位一体の影響で復調

 

 習得スキル:

 ・封印術・時空凍結

 ・愛の連鎖

 ・聖愛浄化・調和(翔太との合体技)

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【アルトゥール】

 職業:虚無の制御者(元虚無王)

 レベル:180

 HP:25,000 / 25,000

 MP:15,000 / 15,000

 

 習得スキル:

 ・虚無結界・展開

 ・千年の管理

 ・死と再生の循環

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【クリスタル】

 職業:氷の女王(救出済み)

 レベル:???

 HP:???

 MP:???

 

 状態:正気を取り戻した

 

 習得スキル:

 ・氷結魔法Lv.MAX

 ・500年の孤独

 ・最後の微笑み

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