第40話 決戦前夜

朝靄が立ち込める王都の大広場に、百の光が集まった。


各地から馳せ参じた浄化士たちが、整然と隊列を組んでいる。東部の獣人、西部のエルフ、南部のドワーフ、そして北部の人間。種族は違えど、その瞳に宿る決意は同じだった。


「ついに、この時が来たか」


最前列に立つ老浄化士が、深い息を吐いた。白髪の奥で、琥珀色の瞳が静かに燃えている。


「グレイス殿!」アルテミスが驚きの声を上げた。「まさか、あなたが来てくださるとは」


「伝説の老浄化士グレイスか」ヴァルガスも感嘆の声を漏らした。「あなたの名は、大陸中に轟いている」


グレイス。レベル65。五十年以上も浄化士として活動し、数々の危機を救ってきた生ける伝説。クリスタルの師匠としても知られる、この場で最も高位の浄化士だ。


「若き浄化王よ」グレイスが俺を見つめた。「クリスタルのことは聞いている。あの子を救うため、この老骨も最後の戦いに参じた」


俺は壇上から、集まった浄化士たちを見渡した。朝の薄い光が、彼らの顔を照らす。緊張、不安、そして希望。様々な感情が入り混じった空気が、広場を満たしていた。


「皆さん」俺は声を張り上げた。「まず、集まってくれたことに感謝します」


静寂が広がる。百の視線が、俺に注がれた。


「皆さんは、希望の光です」俺は続けた。「レベルの差はあっても、虚無から世界を守りたいという想いは同じはずです」


風が吹いた。北から流れてくる風は、かすかに虚無の匂いを含んでいる。腐敗した土のような、生命を拒絶する臭いだ。決戦の時は、確実に近づいていた。


「共に世界を守りましょう!」


俺の言葉に、浄化士たちの表情が引き締まった。そして、誰かが叫んだ。


「浄化王万歳!」


その声は波紋のように広がり、やがて大合唱となって朝の空に響き渡った。


「浄化王万歳! 浄化王万歳!」


胸が熱くなった。同時に、肩に乗る責任の重さを改めて感じる。彼らの期待を、決して裏切るわけにはいかない。


「翔太様!」


人混みを掻き分けて、レオが駆け寄ってきた。その小さな体には、新品の浄化士ローブが翻っている。


「レオ、レベルが上がったんだな」


俺の言葉に、レオは誇らしげに胸を張った。


「はい! レベル28になりました! 訓練の成果です!」


たった数日で3レベルも上昇するとは、驚異的な成長速度だ。年配の浄化士たちも、レオを見る目が変わっていた。


「あの子の浄化は純粋で美しい」グレイスが呟いた。「まるで、水晶のように澄んでいる」


グレイスの評価は重い。50年以上浄化士として生きてきた彼女が認めるということは、レオの才能が本物だということだ。


「グレイス殿」俺は老浄化士に向き直った。「クリスタルのことをご存知だそうですね」


グレイスの表情が、一瞬曇った。


「ええ、あの子は私の弟子でした」彼女は遠い目をした。「誰よりも純粋で、誰よりも強い浄化の力を持っていた。だからこそ、虚無に狙われたのでしょう」


「必ず救い出します」


俺の決意に、グレイスは静かに頷いた。



「エリーゼ様の容態は?」


医務室に向かう廊下で、ソフィアに尋ねた。彼女の表情は、いつになく深刻だった。


「回復はしていますが...紋様の変化が激しくて」


医務室のドアを開けると、ベッドに横たわるエリーゼの姿が目に入った。その腹部全体に、金色の紋様が複雑に広がっている。まるで、生きた設計図のようだった。


「翔太...」


エリーゼが弱々しく微笑んだ。その顔色は青白く、額には汗が滲んでいる。紋様が脈動するたびに、彼女の表情が苦痛に歪んだ。


「無理しないで」


俺が手を握ると、エリーゼの手は氷のように冷たかった。その時だった。


突然、エリーゼが目を見開いた。翡翠色の瞳が、まばゆい金色に変わる。彼女の体が、ベッドから浮き上がった。


「エリーゼ!?」


「思い出した...」彼女の声は、別人のように響いた。「全てを、思い出した」


金色の光が、部屋中に溢れた。その光の中で、エリーゼの表情が次々と変化していく。驚き、悲しみ、そして決意。


「私の先祖...エリザベート」エリーゼが呟いた。「彼女が、初代封印術師だった」


「封印術師?」


「千年前、虚無王を封印した張本人よ」エリーゼの瞳に、涙が浮かんだ。「愛する騎士と共に、命を捧げて」


ソフィアが息を呑んだ。


「まさか...封印には命が必要だったんですか?」


「ええ」エリーゼは頷いた。「封印は千年の時限式。次の封印者が現れることを信じて、エリザベートは全てを託した」


俺の心臓が、激しく鼓動した。嫌な予感が、全身を駆け巡る。


「エリーゼ、まさか...」


「この紋様は、封印の設計図そのもの」彼女は自分の腹部を見下ろした。「私自身が、生きた封印装置なの」


「そんな...」俺は首を振った。「他に方法があるはずだ!」


「これが私の使命」エリーゼの声は、静かだが確固としていた。「エリザベートから受け継いだ、私だけの役目よ」


金色の光が収まり、エリーゼの瞳が元の翡翠色に戻った。彼女は力なくベッドに沈み込む。


「エリーゼ...」


俺は彼女を抱きしめた。その体は、あまりにも華奢で、あまりにも儚かった。失いたくない。絶対に、失いたくない。


「必ず、別の方法を見つける」俺は誓った。「君を犠牲になんて、させない」


エリーゼは何も言わず、ただ俺の胸に顔を埋めた。



午後、作戦会議室に主要メンバーが集まった。


巨大な地図を前に、ヴァルガスが作戦の説明を始める。


「決戦は三段階に分けて行います」彼は地図上の駒を動かした。「第一段階は、虚無の軍勢との正面衝突。浄化士軍団が前衛、騎士団が側面支援、魔導師団が後方支援です」


「敵の数は?」リクが尋ねた。


「斥候の報告では、一万を超えるとのことです」


重い沈黙が流れた。二千対一万。数の上では圧倒的に不利だ。


「第二段階は」ヴァルガスは続けた。「精鋭五十名で世界の穴への侵入。虚無の使者との戦闘が予想されます」


「第三位と第二位の姿は確認されている」アルテミスが付け加えた。「だが、第一位の姿はまだ見えない」


不気味だった。最強の虚無の使者が、なぜ姿を現さないのか。


「第三段階は、虚無王との対決です」ヴァルガスは俺とエリーゼを見た。「封印術の実行は、お二人にかかっています」


「ヴァルガス殿」俺は切り出した。「クリスタルの救出について、提案があります」


ヴァルガスの目が輝いた。


「ぜひ、お聞かせください」


「別動隊を編成して、氷の迷宮に向かわせる」俺は提案した。「リクが隊長で、二十名ほど」


「俺に任せろ!」リクが胸を叩いた。「必ずクリスタルを連れて帰る」


ミーナが心配そうにリクを見た。


「気をつけてね」


「お前こそ」リクは優しく微笑んだ。「無理するなよ」


二人の間に流れる温かい空気に、場の緊張が少し和らいだ。


「魔導兵器の準備は?」俺はマルコに尋ねた。


「完璧です!」マルコは誇らしげに答えた。「対虚無結界発生装置が十基、浄化増幅器が三十基、そして緊急転移石を全員分用意しました」


「素晴らしい」俺は頷いた。「君の発明が、多くの命を救うことになる」


マルコの頬が紅潮した。


作戦会議が終わった後、ソフィアがローラを呼び止めた。


「ローラ、相談があるの」


「どうしたの?」ローラは心配そうに友人を見た。「顔色が悪いわよ」


ソフィアは周囲を確認してから、小声で囁いた。


「太陽の欠片のこと...翔太様に言うべきかしら」


「寿命が代償になるって?」ローラは眉をひそめた。「難しいわね」


「隠し続けるのも、辛くて」ソフィアの声は震えていた。


ローラは優しくソフィアの肩に手を置いた。


「信じることも、時には必要よ」彼女は言った。「翔太様なら、きっと正しい選択をするわ」



夕暮れ時、食堂に全員が集まった。


テーブルには豪華な料理が並んでいる。肉料理、魚料理、新鮮な野菜、焼きたてのパン。香ばしい匂いが食欲をそそるが、誰も箸が進まない。


「美味しいです!」


レオが大きな声で言いながら、肉を頬張った。その無邪気な姿に、張り詰めていた空気が少し緩んだ。


「そうだな」カールが微笑んだ。「最後の晩餐なんて考えるのは、縁起が悪い」


「最後じゃない」俺は言った。「これは、勝利の前祝いだ」


「その通りね」ミーナも頷いた。「みんなで、また美味しいものを食べましょう」


少しずつ、会話が生まれ始めた。


「俺は勇者として、皆を守る」リクが宣言した。「それが俺の役目だ」


「私の魔法で、必ず勝利を掴むわ」ミーナが続いた。


「聖騎士の名にかけて、最後まで戦い抜く」カールの声は力強かった。


「皆を癒し続けます」ローラが優しく微笑んだ。「一人も欠けることなく」


「最高の装備を保証する」マルコが胸を張った。


「知識の全てを捧げます」ソフィアが静かに言った。


「小さくても、役に立ちます!」レオが元気よく手を挙げた。


一人一人の決意が、俺の胸に響いた。彼らと共に戦えることが、誇らしかった。


食事の後、俺とエリーゼは中庭に出た。


月明かりが、噴水の水面をきらきらと照らしている。夜風は冷たいが、心地よかった。


「エリーゼ」俺は彼女の手を取った。「必ず生きて帰ろう」


「うん」彼女は頷いた。


「そして、結婚式を挙げよう」俺は続けた。「盛大に、みんなに祝福されて」


エリーゼの瞳に、涙が浮かんだ。


「約束する?」


「約束する」


俺は彼女を抱き寄せ、唇を重ねた。初めてのキスは、甘く、そして少し塩辛かった。涙の味だ。


その瞬間、淡い虹色の光が二人を包んだ。温かく、優しい光。愛の結晶化が、一瞬だけ起きた。


「翔太様」


振り返ると、グスタフ老が立っていた。


「これを」彼は古い指輪を差し出した。「勇者王が使った指輪です」


指輪は質素だが、不思議な輝きを放っていた。


「愛する者を守る力が宿ると言われています」グスタフ老は言った。「きっと、お役に立つでしょう」


俺が指輪を嵌めると、温かい光が指から全身に広がった。まるで、誰かに守られているような感覚だった。



深夜、突然の地震が王都を襲った。


建物が激しく揺れ、窓ガラスが割れる音が響く。俺は飛び起きて、窓の外を見た。


北の空が、真っ赤に染まっていた。


「始まった...」


虚無の咆哮が、夜空に響き渡った。それは、この世のものとは思えない、恐ろしい叫びだった。耳を塞ぎたくなるような、魂を削るような音。


「翔太様!」


ソフィアが部屋に飛び込んできた。


「第二の太陽が...!」


外に出ると、空に浮かぶ第二の太陽が、激しく明滅していた。


『もう...持たない...』


第二の太陽の声が、直接頭に響いた。『明日が...限界...』


太陽の欠片が、俺の懐で激しく脈動した。熱い。まるで、生きているかのようだ。


「今使うか、最後まで待つか」俺は呟いた。


「翔太様!」


息を切らせて、斥候が駆け寄ってきた。


「虚無の軍勢が動き始めました!」彼は報告した。「数は...一万を超えます!」


「レベルは?」


「40から60の虚無獣が大半です。そして...」斥候は息を呑んだ。「虚無の使者第三位と第二位の姿も確認しました」


やはり、第一位はまだ姿を見せない。それが余計に不気味だった。


「民衆の避難を急げ!」俺は命じた。


深夜にも関わらず、避難が始まった。子供たちの泣き声が、闇夜に響く。母親たちが、必死に子供をあやしている。


「浄化王様が守ってくれる」


誰かがそう言った。その言葉が、俺の肩に重くのしかかった。期待、希望、そして責任。全てを背負って、戦わなければならない。



夜明け前、全軍二千百名が大広場に集結した。


朝日は昇らない。第二の太陽が消えかけているせいで、空は薄暗いままだった。灰色の雲が低く垂れ込め、まるで世界が喪に服しているようだ。


「諸君!」


フリードリヒ三世が、壇上から声を張り上げた。


「諸君らは英雄である!」国王の声は、広場に響き渡った。「今日という日は、歴史に永遠に刻まれるだろう!」


兵士たちの顔に、緊張と誇りが入り混じった表情が浮かんだ。


「共に戦い、共に勝利を掴もう!」


「おおーっ!」


雄叫びが上がった。それは、恐怖を振り払うような、自分自身を奮い立たせるような叫びだった。


エリーゼが、俺の手を取った。


その瞬間、二人から虹色の光が溢れ出した。美しい、七色の輝き。それは波紋のように広がり、周囲の兵士たちにも伝播していく。


「これが...」エリーゼが息を呑んだ。「愛の連鎖」


光は次々と兵士たちに広がり、やがて全軍が淡い光に包まれた。温かく、優しい光。それは、希望の光だった。


「すごい...」レオが呟いた。「みんなが、光ってる」


重い足取りだが、確かな決意を持って、俺たちは北へ向かって歩き始めた。


レオが先頭で松明を掲げた。小さな体だが、その姿は頼もしかった。


「道を照らします!」レオの声は、朝の静寂に響いた。


すると、誰かが歌い始めた。


それは、古い浄化の歌だった。グレイスが口ずさみ始めたその歌は、次第に他の浄化士たちにも広がっていく。


「光よ、我らを導け。闇を払い、道を示せ...」


歌声は、行軍のリズムと重なり、勇気を奮い立たせる調べとなった。冷たい朝の空気を震わせながら、俺たちは進む。


俺は懐の太陽の欠片を確認した。小さな結晶は、まだ温かい光を放っている。これが、最後の切り札だ。


エリーゼの紋様が、服の上からでも分かるほどはっきりと浮かび上がっていた。金色の光が、彼女の全身を包んでいる。


「行こう」俺は言った。「運命の場所へ」


北の地平線に、巨大な黒い渦が見えた。世界の穴。全ての元凶がある場所。そこに向かって、二千百の兵士が進軍していく。


風が強くなってきた。北風は、虚無の臭いを運んでくる。腐敗と絶望の匂い。だが、俺たちは歩みを止めない。


愛する者たちを守るため。

世界を救うため。

そして、未来を掴むため。


決戦の時は、もうすぐそこまで迫っていた。


━━━━━━━━━━━━━━━

【翔太】

 職業:真なる浄化王/愛の浄化王

 レベル:100

 HP:15,000 / 15,000

 MP:8,000 / 8,000

 

 スキル:

 ・聖浄化 Lv.MAX

 ・愛の結晶化 Lv.10

 ・調和浄化 Lv.8

 ・聖愛浄化・調和 Lv.3

 ・愛の連鎖 Lv.1(NEW)

 

 特殊装備:

 ・太陽の欠片

 ・光の結晶

 ・勇者王の指輪(NEW)

━━━━━━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━━━━━━

【エリーゼ】

 職業:王女/初代封印術師の血統

 レベル:45

 HP:3,500 / 4,500

 MP:5,000 / 6,000

 

 状態:紋様完全覚醒・封印装置化

 

 スキル:

 ・王族の威光 Lv.5

 ・封印術基礎 Lv.5(上昇)

 ・古代の記憶 Lv.3(上昇)

 ・愛の連鎖 Lv.1(NEW)

━━━━━━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━━━━━━

【主要メンバー】

 

 リク(真勇者)Lv.52

  ※別動隊隊長(クリスタル救出)

 

 ミーナ(大魔導師)Lv.56

 

 カール(聖騎士)Lv.46

 

 ローラ(薬師)Lv.34

 

 マルコ(鍛冶師)Lv.31

  ※魔導兵器完成

 

 ソフィア(情報屋)Lv.27

  ※封印の代償を隠す

 

 レオ(見習い浄化士)Lv.28

  ※急成長中

 

 グレイス(伝説の老浄化士)Lv.65(NEW)

  ※クリスタルの師匠

━━━━━━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━━━━━━

【決戦体制】

 

 総兵力:2,100名

  ・浄化士軍団:100名

  ・ノーザリア騎士団:100名

  ・王国軍:2,000名

 

 作戦:

  第1段階:虚無軍勢との戦闘

  第2段階:世界の穴への侵入

  第3段階:虚無王との対決

  別動隊:クリスタル救出(20名)

 

 敵戦力:

  虚無獣:10,000体以上(Lv.40-60)

  虚無の使者第3位:確認

  虚無の使者第2位:確認

  虚無の使者第1位:未確認

━━━━━━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━━━━━━

【状況】

 

 第二の太陽:明日で限界

 虚無王覚醒:完了間近

 世界の穴:活動活発化

 

 愛の連鎖:全軍に伝播成功

 決戦:開始

━━━━━━━━━━━━━━━

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る