第28話 中央制御塔の死闘
影の賢者セイレンが光となって消滅してから、わずか数秒。
中央制御塔の扉が、まるで生き物のように脈動しながら開いた。その瞬間、濃密な瘴気が津波のように溢れ出した。
「うっ……!」
最前線にいた騎士たちが次々と膝をつく。瘴気の濃度は、今まで戦ってきた場所の比ではなかった。腐敗した肉の臭いが鼻を突き、皮膚がピリピリと痛む。
「みんな、下がれ!」
翔太は聖浄化の力を全開にして、仲間たちを守る障壁を作った。金色の光が瘴気を押し返していくが、その消費速度は尋常ではない。
(このままでは、塔に入る前に魔力が尽きてしまう)
翔太の額に汗が浮かぶ。手の平から溢れる光が、わずかに震えていた。
「翔太様、これは……」
ソフィアが震え声で呟いた。彼女の解析装置が激しく明滅している。
「この塔自体が、巨大な魔法装置になっています。大召喚陣の心臓部……瘴気濃度は外の10倍以上です」
塔の内部を見上げると、そこには異様な光景が広がっていた。
壁面は有機的にうねり、まるで生き物の内臓のように脈動している。赤黒い筋が血管のように走り、その中を瘴気が流れていた。天井には古代文字が浮かび上がり、不気味な光を放っている。
「ここは……普通の建物じゃない」
リクが剣を握りしめた。彼の顔は青ざめているが、その瞳には覚悟が宿っていた。
「重力も歪んでいます」
ミーナが杖を地面に突き立てた。確かに、一歩踏み出すごとに体が重くなったり軽くなったりする。空間そのものが捻じれているような感覚だった。
翔太は振り返り、仲間たちを見渡した。
グスタフは左腕を負傷し、鎧の隙間から血が滴っている。骨まで達する深い傷だろう。アルテミスも光槍・天穿の反動でまだ立つのがやっとの状態だ。顔色は蒼白で、呼吸も荒い。他にも重傷者が何人もいる。
「グスタフさん、アルテミスさん、それに負傷した人たちは入口で待機してください」
「しかし……」
「ここから先は、さらに危険です。無理をすれば命を落とします」
翔太の言葉に、グスタフは苦渋の表情を浮かべたが、最終的に頷いた。
「……分かった。だが、何かあったらすぐに駆けつける」
「お願いします。外周の警備も重要です」
結局、塔に突入するのは精鋭20名。残り30名で外周を固めることになった。
◆
塔の内部は、予想以上に広大だった。
螺旋状の回廊が上へ上へと続いている。壁には無数の扉があり、その奥から不気味な気配が漂ってくる。
「この先に、何かいる」
カールが盾を構えた。彼の戦士としての勘が、危険を察知していた。
その時、上方から笑い声が響いた。
「ふふふ……ようこそ、愚かな英雄たち」
空間が歪み、そこに一人の女性が現れた。
白銀の髪を腰まで垂らし、紫の瞳が妖しく輝いている。黒いドレスに身を包み、その美しさは人間離れしていた。
「私は終焉の使徒第二位、『虚無の魔女』メルヴィナ」
彼女が微笑むと、周囲の空間がさらに歪んだ。
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【虚無の魔女メルヴィナ】
職業:空間魔導師
レベル:70
特殊能力:空間操作
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「レベル70……!」
ソフィアが息を呑む。ヴァルキリーよりもさらに上の実力者だった。
「さあ、私に触れることができるかしら?」
メルヴィナが指を鳴らすと、彼女の姿が突然10メートル先に移動した。いや、移動したのではない。空間の距離そのものを操作したのだ。
「攻撃します!」
リクが剣を振るうが、刃は虚空を切るだけだった。メルヴィナまでの距離が、瞬時に100メートルに引き延ばされたのだ。
「無駄よ。私に触れることすらできまい」
彼女が手を振ると、今度は精神攻撃が襲いかかってきた。
「あ……ああ……」
リクが突然震え出した。彼の目の前に、幻影が現れたのだ。かつて守れなかった仲間の姿、自分の弱さで失った人々の顔が次々と浮かび上がる。
「やめ……やめろ……!」
他の仲間たちも同様だった。それぞれのトラウマ、心の傷が呼び起こされ、動けなくなっていく。
「リク! しっかりして!」
翔太が聖浄化の光を放つが、精神攻撃までは防げない。
その時だった。
「私は、もう逃げない!」
ミーナが叫んだ。彼女の全身から、凄まじい魔力が溢れ出した。
「私は弱かった。でも、みんなと出会って変われた。過去は変えられなくても、未来は変えられる!」
彼女の魔力が爆発的に上昇していく。
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【ミーナ】
レベル:26 → 29
新魔法習得:天空の裁き
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「天空の裁き!」
ミーナが杖を天に掲げると、塔の天井を突き破って光の柱が降り注いだ。それは精神攻撃を打ち破り、仲間たちを幻影から解放した。
「ほう……」
メルヴィナが初めて真剣な表情を見せた。
(この少女……ただの魔導師ではない。心の強さが、レベルを超えている)
虚無の魔女の瞳に、一瞬だけ羨望の色が宿った。
◆
「今だ!」
翔太は虚無の魔女の能力の隙を見つけていた。空間操作には、0.5秒だけ無防備になる瞬間がある。その一瞬を狙うしかない。
「ソフィア、空間の歪みを計算して!」
「了解です! 解析開始……パターンを検出しました!」
「カール、囮になってくれ!」
「任せろ!」
カールが真っ直ぐ突撃する。案の定、メルヴィナは空間を操作して距離を取ろうとした。
「今です! 0.5秒後、座標X-15、Y-7!」
ソフィアの計算が完了した瞬間、ローラが懐から薬瓶を取り出した。
「これを飲んで! 感覚が研ぎ澄まされます!」
翔太は一気に薬を飲み干した。世界がスローモーションのように見える。メルヴィナの動き、空間の歪み、すべてが手に取るように分かった。
「ミーナ!」
「分かってる! 空間固定!」
ミーナの魔法が、一瞬だけ空間の歪みを固定した。
「リク! 今だ!」
「うおおおお!」
恐怖を振り絞って、リクが渾身の斬撃を放つ。
「浄化剣・閃光!」
「聖浄化・閃光一閃!」
翔太とリクの技が同時に炸裂した。二つの光が螺旋を描きながらメルヴィナに迫る。
「まさか……!」
空間操作が間に合わない。光の刃が、虚無の魔女の体を貫いた。
「ぐあああああ!」
メルヴィナが初めて苦痛の声を上げた。黒いドレスが裂け、その下から瘴気が噴き出す。
「この私が……人間ごときに……」
彼女は膝をついたが、その顔には美しい笑みが浮かんでいた。
「でも、面白かったわ。久しぶりに……心が震えた」
メルヴィナの体が光の粒子となって消えていく。
「第一位様……申し訳ありません。でも……これも悪くない最期ね」
そして、虚無の魔女は完全に消滅した。
◆
「先を急ごう」
翔太たちは塔の最上階を目指した。螺旋階段を駆け上がり、ついに巨大な扉の前に辿り着く。
扉を開けると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。
直径100メートルはあろうかという円形の空間。床一面に複雑な紋様が刻まれ、それが巨大な魔法陣を形成している。
そして、その中央に——
「あれは……」
黒い結晶体が浮かんでいた。人の背丈ほどもある巨大な結晶で、その中には濃密な瘴気が渦巻いている。
「これが、終焉の力の源泉」
ソフィアが震え声で言った。
「千年分の負の感情が結晶化したもの。触れるだけで精神が崩壊します」
翔太は聖剣エクスカリバーを抜いた。だが、剣で斬りつけても、結晶には傷一つつかない。
「駄目だ……通常の攻撃が効かない」
マルコが聖剣で斬りつけても、結晶を守る自動防御システムが作動し、攻撃を弾いてしまう。
「どうすれば……」
その時、翔太は決意した。
「みんなの力を、僕に貸してください」
「翔太?」
「全員の魔力を集めれば、この結晶を破壊できるはずです。でも……」
リクが翔太の言いたいことを理解した。
「失敗すれば、全員が廃人になる可能性があるってことか」
「はい。でも、他に方法がありません」
沈黙が流れた。だが、それは一瞬のことだった。
「やろう」
最初に口を開いたのは、意外にもクララだった。
「翔太さんを信じます」
「俺も」「私も」
次々と仲間たちが手を差し出す。
「みんな……」
翔太の目に涙が浮かんだ。
50人全員が手を繋いだ。大きな輪ができあがる。
「信じてる」
誰かが呟いた。その言葉が、波紋のように広がっていく。
「信じてる」「信じてる」「信じてる」
全員の魔力が翔太に集まっていく。金色の光が激流となって、翔太の体を包み込んだ。
「聖浄化……完全解放!」
光の奔流が結晶を包み込む。
バキバキと音を立てて、黒い結晶にひびが入っていく。
そして——
結晶が完全に砕け散った。
◆
砕けた結晶の中から、一つの人影が現れた。
「待っていたよ、掃除士」
そこに立っていたのは、一人の青年だった。
金髪に青い瞳。白銀の鎧を身に纏い、その姿は絵画から抜け出てきたような美しさだった。
だが、その瞳には深い悲しみが宿っている。
「あなたは……」
翔太が息を呑む。聖剣エクスカリバーが激しく震えていた。
「私は、千年前に世界を救った勇者。そして今は……終焉の使徒第一位」
聖剣エクスカリバーが、突然激しく震え始めた。まるで、かつての主を認識したかのように。
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【初代勇者アレクサンダー】
職業:勇者
レベル:99(限界値)
状態:システムに囚われた魂
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「初代勇者……!」
仲間たちが驚愕の声を上げる。世界を救った英雄が、なぜ終焉の使徒の頂点にいるのか。
「私は世界を救った。魔王を倒し、平和をもたらした。だが——」
アレクサンダーの声には、深い絶望が滲んでいた。
「報酬は永遠の孤独と使命だった。システムは私を解放してくれない。千年間、ずっとこの塔に囚われ続けている」
彼の体から、薄く瘴気が立ち上っている。それは、千年の孤独が生み出した負の感情だった。
「もう、疲れたんだ」
アレクサンダーは翔太を見つめた。
「私を、終わらせてくれ」
彼には、もう戦う意思はなかった。ただ解放を求めているだけだった。
その時、突然塔が激しく揺れた。
◆
「崩壊が始まった!」
ソフィアが叫ぶ。結晶の破壊が引き金となり、塔全体が崩れ始めたのだ。
「5分以内に脱出しないと、全員生き埋めです!」
天井から瓦礫が降り注ぎ、床に亀裂が走る。
「急げ!」
翔太は仲間を守りながら出口へ向かった。崩れる瓦礫から誰かを庇い、倒れそうになった者を支える。
「全員で、生きて帰る!」
階段が崩れ、壁が迫ってくる。マルコが魔力を振り絞って即席の橋を作り、クララが負傷者を必死に治療しながら走る。
「あと少し!」
出口が見えた。だが、天井が完全に崩落しようとしている。
「間に合わない……!」
その瞬間、グスタフが入口から飛び込んできた。
「おらああああ!」
彼は片腕で巨大な瓦礫を受け止め、脱出路を確保した。
「早く行け!」
最後の一人が飛び出した瞬間、塔が完全に崩壊した。
土煙が舞い上がり、視界が真っ白になる。
「全員、無事か!?」
翔太が叫ぶと、次々と返事が返ってきた。
「無事だ!」「大丈夫!」「怪我はない!」
奇跡的に、全員が生還していた。
◆
崩壊した塔の跡地に、静寂が訪れた。
三つの要石がすべて破壊され、大召喚陣の光が消えていく。世界を滅ぼすはずだった魔法陣は、完全に無力化された。
「やった……やったぞ!」
誰かが歓声を上げた。それが連鎖し、みんなが喜びの声を上げる。
しかし——
「まだだ」
瓦礫の中から、一つの人影が立ち上がった。
初代勇者アレクサンダーが、そこに立っていた。
「このままでは、私は永遠にシステムに囚われたまま」
彼の瞳には、まだ悲しみが宿っている。
翔太は聖剣を握りしめた。
「あなたも、救ってみせる」
「レベル99の私を? レベル68の君が?」
「レベルなんて関係ない。あなたの心を、浄化してみせます」
翔太は聖浄化・完全解放の準備を始めた。だが、レベル差があまりにも大きい。このままでは——
「一緒に戦います」
リクが剣を構えた。
「最後まで、諦めない」
ミーナも杖を掲げる。
仲間たち全員が、武器を構えた。傷ついた体で、それでも立ち上がる。
アレクサンダーの瞳に、微かな光が宿った。
「君たちは……」
新月まで、あと1時間。
最終決戦の幕が、今まさに上がろうとしていた。
(この戦いが、すべてを決める……)
翔太は聖剣を握り直し、決意を新たにした。
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【翔太】
職業:掃除士
称号:慈悲の浄化士
レベル:68
HP:280 / 1,450
MP:400 / 2,350
状態:疲労(重)、魔力消耗(大)
スキル:
・浄化 Lv.19
・聖浄化 Lv.7
・浄化領域展開 Lv.5
・聖浄化・極光
・聖浄化・閃光一閃(NEW)
・その他多数
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【戦闘結果】
撃破:終焉の使徒第二位「虚無の魔女」
破壊:大召喚陣の核心結晶
味方被害:重傷3名、中傷8名、軽傷15名
全員生還:達成
中央制御塔:完全崩壊
大召喚陣:無力化成功
初代勇者:出現
新月まで:残り1時間
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