第27話 大召喚陣の激戦

影の賢者が、ゆっくりと両手を広げた。


「ようこそ、最期の舞台へ」


その言葉と同時に、二百を超える終焉の使徒たちが一斉に動き出した。全員がレベル40以上の精鋭。黒い瘴気が渦を巻き、重圧が大地を震わせる。


翔太は聖剣エクスカリバーを構えた。刀身から放たれる金色の光が、濃密な瘴気を押し返していく。


「時間がない……!」


その瞬間、北と南から巨大な爆音が響き渡った。地鳴りのような振動が、足元から伝わってくる。騎士団と魔導師団も、それぞれの要石で戦闘を開始したのだ。


「三部隊同時攻撃、始まったね」


ミーナが杖を握りしめた。その先端に、青白い魔力が集中していく。


「行くぞ!」


カールが剣を抜き、真っ先に突撃した。その後を、グスタフ、シン、ゲオルグが続く。前衛部隊が敵の陣形に切り込んでいく。


「氷結の嵐!」


ミーナの大規模魔法が発動した。無数の氷の刃が、終焉の使徒たちに降り注ぐ。だが——


「ふん、その程度か」


影の賢者が片手を上げると、氷の刃はすべて黒い霧に呑み込まれて消えた。


「数が……多すぎる」


リクが震え声で呟いた。確かに、倒しても倒しても、新たな敵が湧き出てくるかのようだった。


翔太は素早く状況を分析した。このままでは、体力が尽きる前に押し潰される。


「チーム編成を変更する!」


翔太の声に、全員が振り返った。


「Aチーム、僕とアルテミス、リク、ミーナで中央突破! Bチーム、カール、グスタフ、シン、ゲオルグは左翼から攻撃! Cチーム、ローラ、マルコ、ソフィア、クララは右翼から支援と回復!」


「了解!」


五十名が瞬時に三つのチームに分かれた。長い訓練の成果が、こんな時に活きてくる。



敵の猛攻が始まった。


瘴気の槍が雨のように降り注ぐ。黒い霧が視界を奪い、方向感覚を狂わせる。そして——


「瘴気騎士……!」


レベル45の瘴気騎士が十体、黒い鎧を纏って現れた。通常の終焉の使徒とは、明らかに格が違う。


「これは厄介だ」


アルテミスが聖槍グングニルを構えた。槍の先端が、激しく光を放つ。


「でも、退くわけにはいかない」


翔太は深呼吸をした。第25話で習得した新技——あの時、試練の回廊で覚醒した力を思い出す。


「聖浄化・調和!」


金色の光が、翔太を中心に広がっていく。だがこれは、ただの浄化ではない。瘴気を受け入れ、その本質を理解し、調和させる究極の技だった。


瘴気騎士たちの動きが止まった。彼らの黒い鎧に、金色の紋様が浮かび上がる。


「な、何だこれは……」


瘴気騎士の一人が、苦しそうに声を上げた。その声には、人間らしい感情が宿っていた。


「君たちも、元は人間だったんだね」


翔太の優しい声が響く。聖浄化・調和は、ただ敵を消すのではない。その存在を受け入れ、本来の姿へと導く。


一瞬で、三十体もの敵が浄化された。黒い霧となって消えていく彼らの表情は、どこか安らかだった。


「興味深い技だ」


影の賢者の声に、感嘆の色が混じった。


「だが——」


彼が指を鳴らすと、その場に十体の影分身が現れた。それぞれが、レベル60相当の力を持っている。


「これでも、その調和とやらが通用するかな?」



Bチームの戦場では、激しい死闘が繰り広げられていた。


「はあああぁ!」


カールの剣技が冴え渡る。流れるような動きで、次々と敵を斬り伏せていく。かつて騎士だった頃の誇りが、今再び燃え上がっている。


「左から来るぞ! シン、三時の方向を守れ!」


グスタフの戦術指揮が的確に飛ぶ。かつて傭兵団を率いていた経験が、今この瞬間に活きている。


「ゲオルグ、敵の集団を分断しろ! カールと連携して中央を突破する!」


彼の指示は的確で、チームの動きを最適化していく。


「任せろ! 獣人族の力、見せてやる!」


シンの獣人族の本能が覚醒した。野生の勘が、敵の攻撃を次々と見切っていく。


「獣王化・部分解放!」


シンの腕が獣のものに変化し、爪が鋭く伸びる。その動きは、まるで狼そのものだった。一撃で瘴気兵の鎧を引き裂き、瞬く間に三体を屠る。


「重力場・拘束! いや、待て……重力反転・浮遊!」


ゲオルグの重力魔法が進化した。敵を押さえつけるだけでなく、空中に浮かせて無防備にする。


「これが、俺の新しい魔法だ! 重力を自在に操る!」


グスタフが叫んだ。


「見事だ! 全員、浮いた敵を撃て!」


四人の連携が、完璧に機能していた。レベル差を、チームワークで補っている。それぞれが成長し、新たな力に目覚めていた。



Cチームは、後方から的確な支援を続けていた。


「強化薬、第二弾行きます!」


ローラが霊薬を振りまいた。仲間たちの動きが、さらに速くなる。


「武器の修理、完了!」


マルコが次々と武器を修理していく。戦闘で傷ついた装備も、彼の手にかかれば瞬時に蘇る。


「敵の弱点、解析完了」


ソフィアが敵の動きを分析し、弱点を見抜いていく。


「左肩の関節部分が脆い。そこを狙って!」


「治癒の光!」


クララの治癒魔法が、傷ついた仲間を次々と癒していく。彼女の献身的な支援が、全員の命を繋いでいた。



その時、リクが叫んだ。


「僕も……僕も戦えるんだ!」


彼の剣が、眩い光を放った。レベルは低い。でも、その想いは誰よりも強い。


「浄化剣・閃光!」


新技が発動した。小さな体から放たれた光の斬撃が、レベル40の敵を真っ二つに切り裂いた。


「リク君、すごい!」


「やったな、小僧!」


仲間からの称賛が飛ぶ。リクの頬に、涙が伝った。認められた。仲間として、戦士として。


「ありがとう、みんな……!」



戦闘の最中、影の賢者の過去が、断片的に語られ始めた。


「私の名は、セイレン」


黒いローブの下から、哀しげな声が漏れる。


「かつては、王国最高の魔導師だった。二十年前、私はまだ若く、希望に満ちていた」


翔太は剣を構えたまま、その言葉に耳を傾けた。戦いながらも、相手の心に寄り添おうとする。


「私は真理を求めた。このシステムの本質を知りたかった。瘴気はなぜ生まれるのか、レベルとは何なのか、この世界の根源とは——そして——」


セイレンの声が震えた。影分身を操りながらも、その動きに一瞬の躊躇いが生まれる。


「絶望的な発見をしてしまった。この世界のシステムには、根本的なバグがある。瘴気は単なる汚れではない——システムが自壊する際に生まれるエラーなのだ」


アルテミスが槍で影分身を貫きながら、問いかけた。


「何を……発見したというの?」


「この世界は欠陥品だ」


セイレンの言葉が、重く響いた。


「徐々に、しかし確実に崩壊へと向かっている。私は計算した。正確には九十七年と三ヶ月。それが、この世界に残された時間だ。その後は、完全に瘴気に呑まれるだろう」


翔太の動きが一瞬止まった。


「救う方法は、たった一つ」


セイレンが両手を広げた。


「破壊と再生。すべてを一度リセットし、新たな世界を創造する。私は十年をかけて、その方法を編み出した。大召喚陣は、ただの破壊装置ではない。世界を一度瘴気に没し、そして新たに再構築するための、究極の魔法なのだ」


「でも!」


翔太が叫んだ。


「今ここにいる人々は、確かに生きている! みんな笑って、泣いて、愛し合って……それを消すなんて!」


「君には分からない」


セイレンの声に、深い悲しみが滲んだ。


「この世界の真実が。私には娘がいた。妻がいた。幸せな家族がいた。だが、彼らは瘴気に侵されて死んだ。システムの欠陥が原因で発生した、突発的な瘴気の大発生によって。それが、私が真理を求めた理由だ」


理想と現実が激突する。翔太の正義と、セイレンの絶望が、真正面からぶつかり合った。


「それでも、僕は諦めない」


翔太が聖剣を高く掲げた。


「必ず、別の方法があるはずだ!」



戦況は、さらに激化していった。


「影界召喚・無限回廊!」


セイレンが最強魔法を発動した。空間が歪み、巨大な迷宮が出現する。チームが分断され、それぞれが異なる空間に閉じ込められた。


「みんな!」


翔太の叫びも、虚しく響くだけだった。


その時——


「千年前の力を、今こそ」


アルテミスが聖槍グングニルを天に掲げた。金色の光が、槍全体を包み込む。


「光槍・天穿!」


放たれた光の槍が、空間の歪みを貫いた。迷宮が音を立てて崩壊し、仲間たちが再び集結する。


だが、その代償は大きかった。


「がはっ……」


アルテミスが膝をついた。聖槍から手を離し、苦しそうに胸を押さえる。


「アルテミス!」


「翔太……あとは、頼む」


彼女の瞳に、信頼の光が宿っていた。


「私の分まで、戦って」


クララが必死に治療を施す。他のギルドメンバーも、彼女を守るように円陣を組んだ。


「あなたも大切な仲間だ」


その言葉に、アルテミスの瞳から涙が零れた。千年の孤独を経て、ようやく見つけた居場所。新たな絆が、彼女の心を温めた。



中央制御塔への道を阻む、最後の防衛線。


レベル50の魔将が三体、巨大な体躯で立ちはだかった。通常の浄化が効かない。特殊な瘴気で強化されている。


「連携攻撃だ!」


翔太とカールのコンビネーションが炸裂した。聖剣と騎士剣が、完璧なタイミングで敵を挟撃する。


「合体魔法・氷炎の渦!」


ミーナとゲオルグの合体魔法が発動。氷と炎が螺旋を描いて、魔将を包み込む。


「行くぞ、リク!」


「はい、シンさん!」


リクとシンの同時攻撃が、魔将の防御を突き破った。小さな勇者と、獣人の戦士。レベル差を超えた勇気が、奇跡を起こす。


だが——


「ぐああぁ!」


グスタフが敵の攻撃を真正面から受けた。巨大な拳が、彼の体を吹き飛ばす。


「グスタフさん!」


「若い者たちは、先へ行け!」


血を吐きながらも、グスタフは立ち上がった。


「これくらい、なんてことない」


アンナとトーマスが、彼を支えた。仲間の献身が、道を切り開いていく。


ついに、最後の魔将が倒れた。


目の前に、巨大な黒い扉がそびえ立つ。中央制御塔——大召喚陣の心臓部だ。


扉の前に、影の賢者セイレンが待ち構えていた。


「よく来たな、掃除士」



決戦のクライマックスが訪れた。


セイレンの背中から、黒い翼が広がった。その姿は、もはや人間のそれではない。レベルは75まで上昇している。


「これが私の全てだ」


黒い剣が、虚空から現れた。その名は「終焉」——世界を終わらせるために鍛えられた、呪いの剣。


「聖剣エクスカリバー……!」


翔太の聖剣が、激しく輝いた。千年の時を超えて、宿敵との再会を果たしたかのように。


二つの剣が激突した。


金色と黒の光が交差し、凄まじい衝撃波が広がる。大地が割れ、空気が震えた。


「翔太様!」


「頑張れ!」


「負けるな!」


仲間たちの声援が響く。五十の声が一つになって、翔太の名を叫んだ。


その想いが、力となる。


王家の守護石が、胸元で光を放った。エリーゼの想いが、翔太に勇気を与える。


「これが……僕たちの答えだ!」


すべての技を統合した、最強の一撃。


「聖浄化・極光!」


金色の光が、天を貫くように立ち昇った。それは単なる攻撃ではない。浄化、調和、そして希望。すべてを内包した、究極の技だった。


光が、影を貫いた。


「……なるほど」


セイレンの声が、穏やかに響いた。黒い翼が、少しずつ光の粒子となって消えていく。


「希望、か」


彼の表情に、初めて穏やかな笑みが浮かんだ。それは、長い苦悩から解放された者の顔だった。


「もしかしたら、私が間違っていたのかもしれない」


セイレンの体が、光となって消えていく。だがその瞳には、もう絶望はなかった。


「君たちなら……別の道を、見つけられるかもしれない」


最後の言葉を残して、影の賢者セイレンは消滅した。



静寂が、戦場を包んだ。


終焉の使徒たちも、指揮官を失って撤退を始めている。北と南からも、勝利の狼煙が上がった。


「やった……」


リクが膝から崩れ落ちた。緊張の糸が切れ、涙が止まらない。


「勝った、勝ったんだ!」


歓声が上がった。仲間たちが抱き合い、喜びを分かち合う。


だが、翔太の表情は厳しいままだった。


中央制御塔の扉が、不気味な音を立てて開いていく。その奥から、濃密な瘴気が溢れ出してきた。


「まだ……終わってない」


聖剣エクスカリバーが、再び震え始めた。これは警告。真の脅威は、まだ奥に潜んでいる。


新月まで、あと四時間。


最終決戦は、これからだった。



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【翔太】

 職業:掃除士

 称号:慈悲の浄化士

 レベル:65

 HP:420 / 1,380

 MP:800 / 2,200

 

 状態:疲労(中)

 

 スキル:

 ・浄化 Lv.18

 ・聖浄化 Lv.6

 ・浄化領域展開 Lv.5

 ・聖浄化・極光(NEW)

 ・聖浄化・調和

 ・その他多数

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【戦闘結果】

 

 撃破数:終焉の使徒 187体

 味方被害:重傷3名、軽傷12名

 

 中央制御塔:到達成功

 北の要石:騎士団が破壊成功

 南の要石:魔導師団が破壊成功

 

 新月まで:残り4時間

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