第25話 試練の回廊

朝の光が王都を包む頃、不穏な異変が始まっていた。


「なんだ、この霧は……」


翔太が窓を開けると、薄い白霧が街全体を覆っている。瘴気とは違う、だが確実に異質な気配が漂っていた。


ギルドハウスの食堂には、すでに仲間たちが集まっている。皆の表情に不安の色が浮かんでいた。


「この霧、普通じゃない」


ソフィアが分析結果を示す。水晶に映し出された数値が、異常な空間の歪みを示していた。


「空間そのものに何か仕掛けがあるようです。まるで、王都全体が別の次元に引き込まれているような……」


ヴァルキリーが立ち上がる。彼女の表情が険しくなった。


「これは、影の賢者の仕掛けた罠かもしれない」


その時、王城から伝令が駆け込んできた。息を切らしながら、震え声で報告する。


「大変です! 城下町の各所に、謎の扉が出現しました! 触れた者が、次々と消失しています!」



王都広場に急いで向かうと、そこには巨大な黒い扉が立っていた。


高さ十メートルはあろうか。漆黒の表面に、古代文字が浮かび上がっている。


「『真の力を示せ、さもなくば滅びよ』……」


ミーナが文字を解読する。その瞬間、扉から影の賢者の声が響いた。


『これは試練だ。お前たちの絆を試す』


空間に響く声は、どこか愉しげな響きを帯びている。


『王都には五つの扉が現れた。すべての扉を攻略しなければ、日没と共に王都は瘴気に沈む』


リクが震え声を上げる。


「日没まで……あと十時間しかない」


翔太は仲間たちを見回した。総勢二十名。これを五つのチームに分けなければならない。


「みんなを信じている」


翔太の言葉に、全員が頷いた。


「Aチーム、リクがリーダーだ。勇気の間へ」


「Bチーム、ミーナが率いる。知恵の間を頼む」


「Cチーム、カールに任せる。信念の間だ」


「Dチーム、ヴァルキリー。贖罪の間を」


「そして俺は、最後まで待機する。みんなが試練を越えた後、最終試練に挑む」


各チームが、それぞれの扉へと向かっていく。



リクは三人の仲間と共に、勇気の間へ足を踏み入れた。


扉の向こうは、真っ暗な空間。一歩進むと、突然光が溢れ、記憶の中の光景が広がった。


「これは……」


一年前の、あの日。瘴気獣に襲われ、守れなかった村人たちの姿が蘇る。


『また守れないのか、臆病者』


声が響く。リクの最大の恐怖が、実体となって目の前に現れた。巨大な瘴気獣が、仲間たちに襲いかかろうとしている。


「違う……違う!」


リクは剣を握りしめた。手が震える。でも、今度は逃げない。


「もう、逃げない! 翔太様が教えてくれた。弱さを認めることが、本当の強さへの第一歩だって!」


その瞬間、リクの体が光に包まれた。


『新スキル「勇者の決意」習得』


恐怖の幻影が霧散していく。リクは深呼吸をして、立ち上がった。


「僕も、強くなる。翔太様のように」


勇気の間が、光に満ちていく。



ミーナの前には、複雑な魔法陣が広がっていた。


幾何学模様が幾重にも重なり、一つでも間違えれば瘴気が噴出する仕組みになっている。魔法陣からは微かな振動が伝わり、空気中にはピリピリとした魔力の緊張感が漂っていた。古い石の匂いと、かすかに焦げたような瘴気の臭いが鼻をつく。


「制限時間は三十分……」


汗が頬を伝う。額から落ちた一滴が、魔法陣に触れた瞬間、小さな紫色の火花を散らした。ジリジリという微かな音とともに、熱気が頬を撫でる。理論だけでは解けない。何か別のアプローチが必要だ。


ミーナは目を閉じた。翔太の言葉を思い出す。周囲の音が遠のき、自分の心臓の鼓動だけが聞こえてくる。


『魔法は理論だけじゃない。心で感じることも大切なんだ』


「そうか……魔法は心で感じるもの」


ミーナは魔法陣に手を置いた。指先から伝わる冷たい石の感触、そしてその奥に流れる魔力の温かさ。まるで生き物の脈動のように、魔法陣が呼吸している。理論と直感を融合させ、魔力の流れを感じ取る。


「ここと、ここを繋げば……」


光の線が魔法陣を駆け巡る。まるで音楽を奏でるように、魔法陣が微かな音を立て始めた。シャラン、シャランという鈴のような音色。複雑なパズルが、一つずつ解けていく。魔法陣から立ち昇る光の粒子が、ミーナの周りを舞い、まるで蛍のように彼女を包み込んだ。光の粒子は肌に触れると、羽毛のような優しい感触を残して消えていく。


最後のピースがはまった瞬間、新たな魔法の理解が生まれた。脳裏に直接知識が流れ込んでくるような、不思議な感覚。甘い花の香りが漂い始め、それは勝利の証だった。


「これが、本当の魔法……」


知恵の間に、温かな光が満ちる。その光は母の手のぬくもりのように優しく、ミーナを祝福していた。



カールの前に立っているのは、かつての自分だった。


王国騎士団の鎧を着た、誇り高き騎士。その幻影が、冷たい声で語りかける。


『お前は騎士失格だ。名誉を捨て、最弱職に身を落とした』


カールは静かに首を振った。


「違う。俺は何も失っていない」


『強がるな。お前は――』


「俺は浄化士ギルドの一員だ!」


カールの声が、空間に響き渡る。


「確かに騎士の称号は失った。でも、新しい誇りを手に入れた。仲間と共に歩む道を選んだんだ」


幻影が揺らぐ。カールは続けた。


「翔太様は、俺たちを家族と呼んでくれた。その絆は、どんな称号よりも価値がある」


光がカールを包み込む。


『新スキル「守護の誓い」習得』


過去の栄光は消え、新たな決意が心に刻まれた。



ヴァルキリーの試練は、最も過酷なものだった。


千人の村民の亡霊が、彼女を取り囲んでいる。


『なぜ私たちを見捨てた』


『お前のせいで、子供たちが死んだ』


『正義の騎士が聞いて呆れる』


罪悪感が、鋭い刃となって心を抉る。ヴァルキリーは膝をついた。


「申し訳ない……本当に、申し訳ない……」


涙が頬を伝う。その時、温かな光を感じた。


『過去は変えられないが、未来は変えられる』


翔太の声だった。精神的な繋がりを通じて、彼の想いが届いている。


『君は一人じゃない。みんなが待ってる』


ヴァルキリーは立ち上がった。光の槍を手に、真っ直ぐ前を向く。


「私は、もう逃げない。過去の罪を背負いながら、それでも前に進む。翔太様が示してくれた道を」


光の槍が、闇を貫いた。亡霊たちの表情が、少しだけ和らいだように見えた。


贖罪の間に、静かな光が満ちていく。



四つの試練が終わった時、最後の扉が開いた。


翔太の前に現れたのは、巨大な瘴気の塊。今まで見たことのない密度の穢れが、うねりながら迫ってくる。


『これがお前の限界だ、掃除士』


影の賢者の声が響く。


『所詮、最弱職。穢れを浄化するだけの、ちっぽけな存在』


翔太は静かに首を振った。


「違う。俺は一人じゃない」


その瞬間、仲間たちの力を感じた。試練を乗り越えた四人の想いが、精神的な繋がりを通じて流れ込んでくる。


リクの勇気。ミーナの知恵。カールの信念。ヴァルキリーの覚悟。


「みんなの想いを、力に変える!」


翔太の体が、今までにない光に包まれた。


『新スキル「聖浄化・調和」発動』


それは、すべての穢れを受け入れ、調和させる究極の浄化。巨大な瘴気の塊が、少しずつ光に変わっていく。


「穢れも、元は世界の一部。否定するんじゃない、受け入れて、浄化する」


瘴気が完全に浄化された瞬間、五つの扉が同時に消失した。



王都広場に、全員が集まった。


住民たちから歓声が上がる。皆、無事に試練を乗り越えたのだ。


「みんな、よくやった」


翔太の言葉に、仲間たちが笑顔を返す。その時、空間に影の賢者の声が響いた。


『興味深い結果だ。絆の力、か』


声には、どこか満足げな響きがあった。


『だが、これは序章に過ぎない。新月の夜、すべてが決する』


『大召喚陣は、もう止められない。せいぜい、最後の時を楽しむがいい』


声が消えると同時に、夜空を見上げる。赤い星が、さらに輝きを増していた。


聖剣エクスカリバーが、激しく震えている。


「新月まで、あと一日……」


翔太は仲間たちを見回した。今日の試練で、絆はさらに深まった。だが、本当の戦いはこれからだ。


「明日に備えよう。最後の準備をする時間だ」


全員が頷く。それぞれの表情に、決意の光が宿っていた。



━━━━━━━━━━━━━━━

【翔太】

 職業:掃除士

 称号:慈悲の浄化士

 レベル:62

 HP:1,320 / 1,320

 MP:2,000 / 2,000

 

 スキル:

 ・浄化 Lv.17

 ・聖浄化 Lv.5

 ・浄化領域展開 Lv.4

 ・聖浄化・極光

 ・聖浄化・完全解放

 ・聖浄化・天照

 ・聖浄化・連撃

 ・聖浄化・断

 ・聖浄化・黎明

 ・聖浄化・双光撃

 ・聖浄化・調和(NEW)

 ・鑑定 Lv.5

 ・収納 Lv.5

 ・剣術 Lv.6

━━━━━━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━━━━━━

【浄化士ギルド・主要メンバー】

 

 ヴァルキリー(浄化騎士)Lv.65

 リク(従者)Lv.17

 ミーナ(元素魔術師)Lv.24

 カール(元騎士)Lv.28

 アンナ(家政術師)Lv.13

 ソフィア(分析士)Lv.9

━━━━━━━━━━━━━━━

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る