第25話 試練の回廊
朝の光が王都を包む頃、不穏な異変が始まっていた。
「なんだ、この霧は……」
翔太が窓を開けると、薄い白霧が街全体を覆っている。瘴気とは違う、だが確実に異質な気配が漂っていた。
ギルドハウスの食堂には、すでに仲間たちが集まっている。皆の表情に不安の色が浮かんでいた。
「この霧、普通じゃない」
ソフィアが分析結果を示す。水晶に映し出された数値が、異常な空間の歪みを示していた。
「空間そのものに何か仕掛けがあるようです。まるで、王都全体が別の次元に引き込まれているような……」
ヴァルキリーが立ち上がる。彼女の表情が険しくなった。
「これは、影の賢者の仕掛けた罠かもしれない」
その時、王城から伝令が駆け込んできた。息を切らしながら、震え声で報告する。
「大変です! 城下町の各所に、謎の扉が出現しました! 触れた者が、次々と消失しています!」
◆
王都広場に急いで向かうと、そこには巨大な黒い扉が立っていた。
高さ十メートルはあろうか。漆黒の表面に、古代文字が浮かび上がっている。
「『真の力を示せ、さもなくば滅びよ』……」
ミーナが文字を解読する。その瞬間、扉から影の賢者の声が響いた。
『これは試練だ。お前たちの絆を試す』
空間に響く声は、どこか愉しげな響きを帯びている。
『王都には五つの扉が現れた。すべての扉を攻略しなければ、日没と共に王都は瘴気に沈む』
リクが震え声を上げる。
「日没まで……あと十時間しかない」
翔太は仲間たちを見回した。総勢二十名。これを五つのチームに分けなければならない。
「みんなを信じている」
翔太の言葉に、全員が頷いた。
「Aチーム、リクがリーダーだ。勇気の間へ」
「Bチーム、ミーナが率いる。知恵の間を頼む」
「Cチーム、カールに任せる。信念の間だ」
「Dチーム、ヴァルキリー。贖罪の間を」
「そして俺は、最後まで待機する。みんなが試練を越えた後、最終試練に挑む」
各チームが、それぞれの扉へと向かっていく。
◆
リクは三人の仲間と共に、勇気の間へ足を踏み入れた。
扉の向こうは、真っ暗な空間。一歩進むと、突然光が溢れ、記憶の中の光景が広がった。
「これは……」
一年前の、あの日。瘴気獣に襲われ、守れなかった村人たちの姿が蘇る。
『また守れないのか、臆病者』
声が響く。リクの最大の恐怖が、実体となって目の前に現れた。巨大な瘴気獣が、仲間たちに襲いかかろうとしている。
「違う……違う!」
リクは剣を握りしめた。手が震える。でも、今度は逃げない。
「もう、逃げない! 翔太様が教えてくれた。弱さを認めることが、本当の強さへの第一歩だって!」
その瞬間、リクの体が光に包まれた。
『新スキル「勇者の決意」習得』
恐怖の幻影が霧散していく。リクは深呼吸をして、立ち上がった。
「僕も、強くなる。翔太様のように」
勇気の間が、光に満ちていく。
◆
ミーナの前には、複雑な魔法陣が広がっていた。
幾何学模様が幾重にも重なり、一つでも間違えれば瘴気が噴出する仕組みになっている。魔法陣からは微かな振動が伝わり、空気中にはピリピリとした魔力の緊張感が漂っていた。古い石の匂いと、かすかに焦げたような瘴気の臭いが鼻をつく。
「制限時間は三十分……」
汗が頬を伝う。額から落ちた一滴が、魔法陣に触れた瞬間、小さな紫色の火花を散らした。ジリジリという微かな音とともに、熱気が頬を撫でる。理論だけでは解けない。何か別のアプローチが必要だ。
ミーナは目を閉じた。翔太の言葉を思い出す。周囲の音が遠のき、自分の心臓の鼓動だけが聞こえてくる。
『魔法は理論だけじゃない。心で感じることも大切なんだ』
「そうか……魔法は心で感じるもの」
ミーナは魔法陣に手を置いた。指先から伝わる冷たい石の感触、そしてその奥に流れる魔力の温かさ。まるで生き物の脈動のように、魔法陣が呼吸している。理論と直感を融合させ、魔力の流れを感じ取る。
「ここと、ここを繋げば……」
光の線が魔法陣を駆け巡る。まるで音楽を奏でるように、魔法陣が微かな音を立て始めた。シャラン、シャランという鈴のような音色。複雑なパズルが、一つずつ解けていく。魔法陣から立ち昇る光の粒子が、ミーナの周りを舞い、まるで蛍のように彼女を包み込んだ。光の粒子は肌に触れると、羽毛のような優しい感触を残して消えていく。
最後のピースがはまった瞬間、新たな魔法の理解が生まれた。脳裏に直接知識が流れ込んでくるような、不思議な感覚。甘い花の香りが漂い始め、それは勝利の証だった。
「これが、本当の魔法……」
知恵の間に、温かな光が満ちる。その光は母の手のぬくもりのように優しく、ミーナを祝福していた。
◆
カールの前に立っているのは、かつての自分だった。
王国騎士団の鎧を着た、誇り高き騎士。その幻影が、冷たい声で語りかける。
『お前は騎士失格だ。名誉を捨て、最弱職に身を落とした』
カールは静かに首を振った。
「違う。俺は何も失っていない」
『強がるな。お前は――』
「俺は浄化士ギルドの一員だ!」
カールの声が、空間に響き渡る。
「確かに騎士の称号は失った。でも、新しい誇りを手に入れた。仲間と共に歩む道を選んだんだ」
幻影が揺らぐ。カールは続けた。
「翔太様は、俺たちを家族と呼んでくれた。その絆は、どんな称号よりも価値がある」
光がカールを包み込む。
『新スキル「守護の誓い」習得』
過去の栄光は消え、新たな決意が心に刻まれた。
◆
ヴァルキリーの試練は、最も過酷なものだった。
千人の村民の亡霊が、彼女を取り囲んでいる。
『なぜ私たちを見捨てた』
『お前のせいで、子供たちが死んだ』
『正義の騎士が聞いて呆れる』
罪悪感が、鋭い刃となって心を抉る。ヴァルキリーは膝をついた。
「申し訳ない……本当に、申し訳ない……」
涙が頬を伝う。その時、温かな光を感じた。
『過去は変えられないが、未来は変えられる』
翔太の声だった。精神的な繋がりを通じて、彼の想いが届いている。
『君は一人じゃない。みんなが待ってる』
ヴァルキリーは立ち上がった。光の槍を手に、真っ直ぐ前を向く。
「私は、もう逃げない。過去の罪を背負いながら、それでも前に進む。翔太様が示してくれた道を」
光の槍が、闇を貫いた。亡霊たちの表情が、少しだけ和らいだように見えた。
贖罪の間に、静かな光が満ちていく。
◆
四つの試練が終わった時、最後の扉が開いた。
翔太の前に現れたのは、巨大な瘴気の塊。今まで見たことのない密度の穢れが、うねりながら迫ってくる。
『これがお前の限界だ、掃除士』
影の賢者の声が響く。
『所詮、最弱職。穢れを浄化するだけの、ちっぽけな存在』
翔太は静かに首を振った。
「違う。俺は一人じゃない」
その瞬間、仲間たちの力を感じた。試練を乗り越えた四人の想いが、精神的な繋がりを通じて流れ込んでくる。
リクの勇気。ミーナの知恵。カールの信念。ヴァルキリーの覚悟。
「みんなの想いを、力に変える!」
翔太の体が、今までにない光に包まれた。
『新スキル「聖浄化・調和」発動』
それは、すべての穢れを受け入れ、調和させる究極の浄化。巨大な瘴気の塊が、少しずつ光に変わっていく。
「穢れも、元は世界の一部。否定するんじゃない、受け入れて、浄化する」
瘴気が完全に浄化された瞬間、五つの扉が同時に消失した。
◆
王都広場に、全員が集まった。
住民たちから歓声が上がる。皆、無事に試練を乗り越えたのだ。
「みんな、よくやった」
翔太の言葉に、仲間たちが笑顔を返す。その時、空間に影の賢者の声が響いた。
『興味深い結果だ。絆の力、か』
声には、どこか満足げな響きがあった。
『だが、これは序章に過ぎない。新月の夜、すべてが決する』
『大召喚陣は、もう止められない。せいぜい、最後の時を楽しむがいい』
声が消えると同時に、夜空を見上げる。赤い星が、さらに輝きを増していた。
聖剣エクスカリバーが、激しく震えている。
「新月まで、あと一日……」
翔太は仲間たちを見回した。今日の試練で、絆はさらに深まった。だが、本当の戦いはこれからだ。
「明日に備えよう。最後の準備をする時間だ」
全員が頷く。それぞれの表情に、決意の光が宿っていた。
◆
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【翔太】
職業:掃除士
称号:慈悲の浄化士
レベル:62
HP:1,320 / 1,320
MP:2,000 / 2,000
スキル:
・浄化 Lv.17
・聖浄化 Lv.5
・浄化領域展開 Lv.4
・聖浄化・極光
・聖浄化・完全解放
・聖浄化・天照
・聖浄化・連撃
・聖浄化・断
・聖浄化・黎明
・聖浄化・双光撃
・聖浄化・調和(NEW)
・鑑定 Lv.5
・収納 Lv.5
・剣術 Lv.6
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【浄化士ギルド・主要メンバー】
ヴァルキリー(浄化騎士)Lv.65
リク(従者)Lv.17
ミーナ(元素魔術師)Lv.24
カール(元騎士)Lv.28
アンナ(家政術師)Lv.13
ソフィア(分析士)Lv.9
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