第23話 決闘
新月の朝――空は重く、雲が低く垂れ込めていた。
「……行くのか」
ギルドハウスの玄関で、カールが静かに問いかけた。翔太は聖剣エクスカリバーの柄に手を添えながら、しっかりと頷いた。
「はい。これは避けられない戦いです」
空気が張り詰めている。誰もが知っていた――今日の決闘が、この世界の運命を左右することを。
「翔太さん……」
リクが涙を堪えながら近づいてきた。その小さな手が、翔太の服の裾をぎゅっと掴む。
「必ず、帰ってきてくださいね」
「約束します」
翔太はリクの頭を優しく撫でた。その手のひらから、微かな温もりが伝わってくる。
ギルドハウスを出ると、王都の通りには既に多くの住民が集まっていた。誰もが無言で、ただ翔太の姿を見つめている。その瞳には不安と、そして僅かな希望の光が宿っていた。
「掃除士様……」
誰かが小さく呟いた。その声は朝霧に溶けて消えた。
古戦場への道は、王都から北へ三キロ。かつて百年前の大戦で多くの血が流れた場所だ。今は草一本生えない荒涼とした大地が広がっている。
足音だけが響く。一歩、また一歩と進むたびに、空気が重くなっていく。肌を刺すような冷気が、朝霧と共に体を包み込んだ。
やがて、古戦場が見えてきた。
灰色の大地の中央に、黒い影が一つ――
ヴァルキリーが、そこにいた。
◆
黒い鎧に身を包んだ女騎士は、まるで闇そのものだった。
手にした「戦乙女の槍」は、朝の薄明かりの中でも鈍く光を放っている。かつては純白だったであろう翼の意匠が、今は漆黒に染まって鎧を飾っていた。
風が吹き、彼女の金色の髪が揺れる。その隙間から覗く青い瞳は、氷のように冷たく、そして深い悲しみを湛えていた。
「来たか、掃除士」
声は静かで、感情を感じさせない。まるで死者が話しているかのようだった。
翔太は十メートルの距離を保ったまま立ち止まった。聖剣の重みが、腰に確かな存在感を与えている。
「あなたを救いに来ました」
その言葉に、ヴァルキリーの口元が僅かに歪んだ。嘲笑――いや、自嘲だろうか。
「救う? この私を?」
彼女は槍を地面に突き立てた。その衝撃で、周囲の地面に亀裂が走る。
「笑わせるな。もう遅い。この腐った世界に価値などない。全てを終わらせ、新たに作り直すしかないのだ」
「でも――」
翔太は一歩前に出た。
「今ここに生きている人たちがいる。笑顔で暮らしている人たちがいる。それでも、全てを壊すというのですか?」
ヴァルキリーの瞳が、一瞬揺らいだ。しかしすぐに、より深い闇に覆われる。
「綺麗事だ。十年前、私もそう思っていた。村を守れると、人々を救えると信じていた。だが――」
彼女の声が震えた。憎悪か、それとも悲痛か。
「千人だ。千人の村民が、私の目の前で死んだ。子供も、老人も、誰一人救えなかった。この『強さ』に何の意味がある? システムが間違っているのだ。だから、全てを――」
「違います」
翔太の声が、静かに、しかし力強く響いた。
「あなたは間違っていない。救えなかったことを悔やむその心こそが、あなたの本当の強さです」
朝霧が晴れ始めた。薄い陽光が、二人を照らし出す。
ヴァルキリーは槍を構えた。
「もう言葉は要らない。決闘だ、掃除士。お前を倒し、終焉への道を進む」
翔太も聖剣を抜いた。刀身に刻まれた太陽の紋様が、微かに脈動している。
「分かりました。でも私は――あなたを救うために戦います」
◆
「死ね!」
ヴァルキリーが動いた。
その速度は、目で追うことすら困難だった。槍が空を切り、残像を残しながら翔太に迫る。
「戦乙女の舞・序!」
三連撃が同時に放たれた。左から、右から、そして正面から――避ける場所がない。
「聖浄化・極光!」
翔太は聖剣を振るい、浄化の光で防御壁を作った。槍撃が光にぶつかり、激しい衝撃音が響く。
だが――
「甘い!」
ヴァルキリーの槍が光を貫いた。かろうじて身を捻った翔太の左肩を、槍の穂先が掠める。
「ぐっ……!」
鮮血が飛び散った。焼けるような痛みが肩から全身に走る。
【HP:1200→1050】
「これが終焉の使徒第三位の力だ」
ヴァルキリーは容赦なく追撃してきた。槍が嵐のように乱舞する。上段、下段、突き、薙ぎ――全てが必殺の一撃だった。
「聖浄化・連撃!」
翔太は必死に応戦した。聖剣から放たれる浄化の斬撃が、槍撃と激突する。
しかし――
「遅い」
ヴァルキリーは全ての攻撃を見切っていた。まるで翔太の動きが見えているかのように、最小限の動きで回避し、隙を突いて反撃してくる。
レベル差、それも8レベルの差は、想像以上に大きかった。
「裁きの光!」
ヴァルキリーが左手を掲げた。黒い光球が生まれ、それが無数の光線となって翔太に降り注ぐ。
「くっ……!」
翔太は聖剣で弾き、転がり、跳んで回避した。だが全ては避けきれない。光線が腕を、脚を、頬を掠めていく。
【HP:1050→850】
血が、地面に点々と落ちた。
「どうした? それが浄化士の力か?」
ヴァルキリーが槍を構え直した。その切っ先が、翔太の心臓を狙っている。
「世界を救うなどと大言を吐いた割には、随分と弱いな」
翔太は荒い息をつきながら、それでも真っ直ぐにヴァルキリーを見つめた。
「まだ……まだ終わってません」
その瞬間、古戦場の周囲から声が聞こえてきた。
◆
「翔太さん、負けないで!」
リクの声だった。いつの間にか、古戦場の周囲には仲間たちが集まっていた。
「私たちがついてる! 絶対に、絶対に勝って!」
ミーナが叫んだ。その声には、信頼と期待が込められている。
「信じてるぞ! お前なら必ずやれる!」
カールも拳を握りしめて声援を送った。
その時、翔太の懐でエリーゼから貰った護符が光り始めた。温かい光が傷口を包み、痛みが和らいでいく。
【HP:850→1000】
「みんな……」
翔太の中で、何かが変わり始めた。一人じゃない。支えてくれる仲間がいる。守るべき人たちがいる。
聖剣エクスカリバーが、その想いに応えるように輝きを増した。刀身に刻まれた太陽の紋様が、金色の光を放ち始める。
「この剣は――」
翔太は聖剣を掲げた。
「人を傷つけるための剣じゃない。人を救うための剣だ!」
光が、さらに強くなった。まるで小さな太陽が生まれたかのように、聖剣全体が光に包まれる。
ヴァルキリーが僅かに後退した。
「その光は……まさか、聖剣の真の力?」
「ヴァルキリーさん」
翔太は静かに語りかけた。
「あなたも、本当は分かっているはずです。破壊じゃ何も解決しない。必要なのは――」
「黙れ!」
ヴァルキリーが激昂した。黒いオーラが彼女の全身から噴き出す。
「綺麗事を並べるな! お前に何が分かる!」
◆
「戦乙女の加護・発動!」
ヴァルキリーの体が黒い光に包まれた。それは全ての防御を無効化し、攻撃力を極限まで高める究極技だった。
「これで終わりだ、掃除士!」
槍が、まるで雷光のような速度で突き出された。避ける術はない。防ぐ術もない。
だが翔太は、懐から清浄の霊薬を取り出した。
「ローラさん、お借りします!」
一気に飲み干す。瞬間、体の奥底から力が湧き上がってきた。浄化力が3倍に跳ね上がる。全身が金色の光に包まれた。
「聖浄化・天照!」
太陽のような巨大な光球が生まれた。それは槍撃を飲み込み、ヴァルキリーに向かって突き進む。
「なんだと!?」
ヴァルキリーは槍を回転させ、黒い竜巻を作り出した。光と闇が激突し、凄まじい衝撃波が古戦場を襲う。
大地が震えた。砂塵が舞い上がり、風が吹き荒れる。
「はあああああっ!」
翔太が叫んだ。光がさらに強くなる。
「ぐっ……!」
ヴァルキリーも負けじと力を込めた。黒い竜巻が光を押し返そうとする。
二つの力が拮抗した。どちらも一歩も引かない。
だが――時間は翔太の味方ではなかった。清浄の霊薬の効果は30分。既に半分が過ぎている。
「このままでは……」
翔太の額に汗が浮かんだ。徐々に、光が押され始める。
その時、ヴァルキリーの表情に変化が現れた。
◆
「なぜだ!」
ヴァルキリーが叫んだ。
「なぜそこまでして戦う! お前には関係ないだろう!」
翔太は光を維持しながら、真っ直ぐに答えた。
「あなたも救われるべき人だからです!」
その言葉に、ヴァルキリーの動きが一瞬止まった。攻撃の手が緩む。
「私が……救われる……?」
彼女の青い瞳から、一筋の涙がこぼれた。
「私は……もう救われない。あの日、千人を見殺しにした私に、救われる資格などない」
記憶が蘇る。
十年前――炎に包まれる村。逃げ惑う人々。子供たちの泣き声。そして、次々と倒れていく村民たち。
「守れなかった……誰一人として……」
ヴァルキリーの声が震えた。
「私は聖騎士だった。人々を守るために剣を取った。なのに、最も大切な時に、何もできなかった」
黒いオーラが揺らいだ。その中に、僅かに白い光が混じり始める。
「だから私は決めたんだ。こんな理不尽な世界なら、作り直すしかないと。終焉の使徒となり、全てを無に帰すことで、新しい世界を――」
「それは違います!」
翔太が力強く言った。
「過去は変えられない。でも、未来は変えられる。あなたが本当に人々を守りたいなら、破壊じゃなくて、今生きている人たちを守ることから始めませんか?」
ヴァルキリーの槍が震えた。
「でも、私は……」
「一人じゃありません」
翔太は微笑んだ。
「私も、仲間たちも、みんなあなたの味方です。一緒に、本当の意味で世界を良くしていきましょう」
◆
その瞬間、聖剣エクスカリバーが眩い光を放った。
それは今までとは違う、新たな力だった。破壊の力ではない。傷を癒し、心を救う――再生の力。
「これは……」
翔太は理解した。聖剣が真の姿を現したのだと。
「あなたの心の闇も、浄化してみせる!」
新たな技が、自然と口をついて出た。
「聖浄化・黎明!」
金色の光が、朝日のように優しく、そして力強く広がっていった。それはヴァルキリーの黒い鎧を包み込む。
「あっ……」
ヴァルキリーが息を呑んだ。光は攻撃ではなかった。温かく、優しく、まるで母の抱擁のように彼女を包んでいる。
黒い鎧が、少しずつ剥がれ落ちていく。その下から、かつての白銀の鎧が姿を現した。
「これは……温かい……」
ヴァルキリーの瞳から、涙が溢れた。それは悲しみの涙ではない。十年ぶりに感じる、温もりへの涙だった。
心の奥底に凍りついていた何かが、ゆっくりと溶けていく。罪悪感も、絶望も、憎しみも――全てが浄化されていく。
そして気づいた。自分は一人ではなかったのだと。あの村の人々も、きっと自分を責めてはいないのだと。
「私は……」
ヴァルキリーが膝をついた。戦乙女の槍が、手から滑り落ちる。
「私は……間違っていたのか」
翔太はゆっくりと近づき、手を差し伸べた。
「間違いは誰にでもあります。大切なのは、そこから立ち上がることです」
ヴァルキリーは震える手で、その手を取った。
◆
「もう一度……やり直せるだろうか」
ヴァルキリーの声は、か細く、しかし希望を含んでいた。
「もちろんです」
翔太は笑顔で答えた。
「一緒に、本当の意味で世界を救いましょう」
その時、古戦場に歓声が響いた。
「やった! 翔太さんが勝った!」
リクが泣きながら駆け寄ってきた。小さな体が翔太に飛びついてくる。
「心配したんだから! もう、無茶しないでよ!」
「ごめん、リク」
翔太はリクの頭を撫でながら、仲間たちを見回した。ミーナもカールも、エリーゼも、みんな笑顔で駆け寄ってくる。
「お見事でした、翔太様」
エリーゼが優雅に微笑んだ。
「まさか本当にヴァルキリー様を救ってしまうとは」
システムメッセージが表示された。
【レベルアップ!】
【Lv.57→Lv.60】
【新スキル習得:聖浄化・黎明】
【称号獲得:慈悲の浄化士】
「凄い……レベルが一気に3も上がった」
翔太が驚いていると、ヴァルキリーが立ち上がった。白銀の鎧が朝日に輝いている。
「翔太殿」
彼女は騎士の礼を取った。
「私、ヴァルキリー・アインシュタインは、この命ある限り、あなたと共に戦うことを誓います」
「よろしくお願いします、ヴァルキリーさん」
新たな仲間が加わった瞬間だった。
しかし――
古戦場から離れた丘の上で、黒いローブを纏った人物が一部始終を見つめていた。
「第三位が敗れたか……」
低い声が風に乗って消える。
「面白い。掃除士・佐藤翔太……次は私が相手をしよう」
黒いローブの人物――終焉の使徒第二位が、不気味な笑みを浮かべて姿を消した。
新たな戦いの予感が、風と共に流れていった。
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【翔太】
職業:掃除士
称号:慈悲の浄化士(NEW)
レベル:60
HP:1,000 / 1,280
MP:800 / 1,920
スキル:
・浄化 Lv.16
・聖浄化 Lv.4
・浄化領域展開 Lv.4
・聖浄化・極光
・聖浄化・完全解放
・聖浄化・天照
・聖浄化・連撃
・聖浄化・断
・聖浄化・黎明(NEW)
・鑑定 Lv.5
・収納 Lv.5
・剣術 Lv.6
所持品:
・聖剣エクスカリバー(真の覚醒)
・清浄の霊薬×2(1個使用)
・王女の護符
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【ヴァルキリー】(NEW - 仲間加入)
元職業:聖騎士
現職業:浄化騎士
レベル:65
HP:2,100 / 2,100
MP:1,500 / 1,500
スキル:
・槍術 Lv.10
・聖魔法 Lv.8
・戦乙女の舞
・戦乙女の加護
・裁きの光
・守護の誓い(NEW - 浄化により復活)
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