第23話 決闘

 新月の朝――空は重く、雲が低く垂れ込めていた。


「……行くのか」


 ギルドハウスの玄関で、カールが静かに問いかけた。翔太は聖剣エクスカリバーの柄に手を添えながら、しっかりと頷いた。


「はい。これは避けられない戦いです」


 空気が張り詰めている。誰もが知っていた――今日の決闘が、この世界の運命を左右することを。


「翔太さん……」


 リクが涙を堪えながら近づいてきた。その小さな手が、翔太の服の裾をぎゅっと掴む。


「必ず、帰ってきてくださいね」


「約束します」


 翔太はリクの頭を優しく撫でた。その手のひらから、微かな温もりが伝わってくる。


 ギルドハウスを出ると、王都の通りには既に多くの住民が集まっていた。誰もが無言で、ただ翔太の姿を見つめている。その瞳には不安と、そして僅かな希望の光が宿っていた。


「掃除士様……」


 誰かが小さく呟いた。その声は朝霧に溶けて消えた。


 古戦場への道は、王都から北へ三キロ。かつて百年前の大戦で多くの血が流れた場所だ。今は草一本生えない荒涼とした大地が広がっている。


 足音だけが響く。一歩、また一歩と進むたびに、空気が重くなっていく。肌を刺すような冷気が、朝霧と共に体を包み込んだ。


 やがて、古戦場が見えてきた。


 灰色の大地の中央に、黒い影が一つ――


 ヴァルキリーが、そこにいた。



 黒い鎧に身を包んだ女騎士は、まるで闇そのものだった。


 手にした「戦乙女の槍」は、朝の薄明かりの中でも鈍く光を放っている。かつては純白だったであろう翼の意匠が、今は漆黒に染まって鎧を飾っていた。


 風が吹き、彼女の金色の髪が揺れる。その隙間から覗く青い瞳は、氷のように冷たく、そして深い悲しみを湛えていた。


「来たか、掃除士」


 声は静かで、感情を感じさせない。まるで死者が話しているかのようだった。


 翔太は十メートルの距離を保ったまま立ち止まった。聖剣の重みが、腰に確かな存在感を与えている。


「あなたを救いに来ました」


 その言葉に、ヴァルキリーの口元が僅かに歪んだ。嘲笑――いや、自嘲だろうか。


「救う? この私を?」


 彼女は槍を地面に突き立てた。その衝撃で、周囲の地面に亀裂が走る。


「笑わせるな。もう遅い。この腐った世界に価値などない。全てを終わらせ、新たに作り直すしかないのだ」


「でも――」


 翔太は一歩前に出た。


「今ここに生きている人たちがいる。笑顔で暮らしている人たちがいる。それでも、全てを壊すというのですか?」


 ヴァルキリーの瞳が、一瞬揺らいだ。しかしすぐに、より深い闇に覆われる。


「綺麗事だ。十年前、私もそう思っていた。村を守れると、人々を救えると信じていた。だが――」


 彼女の声が震えた。憎悪か、それとも悲痛か。


「千人だ。千人の村民が、私の目の前で死んだ。子供も、老人も、誰一人救えなかった。この『強さ』に何の意味がある? システムが間違っているのだ。だから、全てを――」


「違います」


 翔太の声が、静かに、しかし力強く響いた。


「あなたは間違っていない。救えなかったことを悔やむその心こそが、あなたの本当の強さです」


 朝霧が晴れ始めた。薄い陽光が、二人を照らし出す。


 ヴァルキリーは槍を構えた。


「もう言葉は要らない。決闘だ、掃除士。お前を倒し、終焉への道を進む」


 翔太も聖剣を抜いた。刀身に刻まれた太陽の紋様が、微かに脈動している。


「分かりました。でも私は――あなたを救うために戦います」



「死ね!」


 ヴァルキリーが動いた。


 その速度は、目で追うことすら困難だった。槍が空を切り、残像を残しながら翔太に迫る。


「戦乙女の舞・序!」


 三連撃が同時に放たれた。左から、右から、そして正面から――避ける場所がない。


「聖浄化・極光!」


 翔太は聖剣を振るい、浄化の光で防御壁を作った。槍撃が光にぶつかり、激しい衝撃音が響く。


 だが――


「甘い!」


 ヴァルキリーの槍が光を貫いた。かろうじて身を捻った翔太の左肩を、槍の穂先が掠める。


「ぐっ……!」


 鮮血が飛び散った。焼けるような痛みが肩から全身に走る。


【HP:1200→1050】


「これが終焉の使徒第三位の力だ」


 ヴァルキリーは容赦なく追撃してきた。槍が嵐のように乱舞する。上段、下段、突き、薙ぎ――全てが必殺の一撃だった。


「聖浄化・連撃!」


 翔太は必死に応戦した。聖剣から放たれる浄化の斬撃が、槍撃と激突する。


 しかし――


「遅い」


 ヴァルキリーは全ての攻撃を見切っていた。まるで翔太の動きが見えているかのように、最小限の動きで回避し、隙を突いて反撃してくる。


 レベル差、それも8レベルの差は、想像以上に大きかった。


「裁きの光!」


 ヴァルキリーが左手を掲げた。黒い光球が生まれ、それが無数の光線となって翔太に降り注ぐ。


「くっ……!」


 翔太は聖剣で弾き、転がり、跳んで回避した。だが全ては避けきれない。光線が腕を、脚を、頬を掠めていく。


【HP:1050→850】


 血が、地面に点々と落ちた。


「どうした? それが浄化士の力か?」


 ヴァルキリーが槍を構え直した。その切っ先が、翔太の心臓を狙っている。


「世界を救うなどと大言を吐いた割には、随分と弱いな」


 翔太は荒い息をつきながら、それでも真っ直ぐにヴァルキリーを見つめた。


「まだ……まだ終わってません」


 その瞬間、古戦場の周囲から声が聞こえてきた。



「翔太さん、負けないで!」


 リクの声だった。いつの間にか、古戦場の周囲には仲間たちが集まっていた。


「私たちがついてる! 絶対に、絶対に勝って!」


 ミーナが叫んだ。その声には、信頼と期待が込められている。


「信じてるぞ! お前なら必ずやれる!」


 カールも拳を握りしめて声援を送った。


 その時、翔太の懐でエリーゼから貰った護符が光り始めた。温かい光が傷口を包み、痛みが和らいでいく。


【HP:850→1000】


「みんな……」


 翔太の中で、何かが変わり始めた。一人じゃない。支えてくれる仲間がいる。守るべき人たちがいる。


 聖剣エクスカリバーが、その想いに応えるように輝きを増した。刀身に刻まれた太陽の紋様が、金色の光を放ち始める。


「この剣は――」


 翔太は聖剣を掲げた。


「人を傷つけるための剣じゃない。人を救うための剣だ!」


 光が、さらに強くなった。まるで小さな太陽が生まれたかのように、聖剣全体が光に包まれる。


 ヴァルキリーが僅かに後退した。


「その光は……まさか、聖剣の真の力?」


「ヴァルキリーさん」


 翔太は静かに語りかけた。


「あなたも、本当は分かっているはずです。破壊じゃ何も解決しない。必要なのは――」


「黙れ!」


 ヴァルキリーが激昂した。黒いオーラが彼女の全身から噴き出す。


「綺麗事を並べるな! お前に何が分かる!」



「戦乙女の加護・発動!」


 ヴァルキリーの体が黒い光に包まれた。それは全ての防御を無効化し、攻撃力を極限まで高める究極技だった。


「これで終わりだ、掃除士!」


 槍が、まるで雷光のような速度で突き出された。避ける術はない。防ぐ術もない。


 だが翔太は、懐から清浄の霊薬を取り出した。


「ローラさん、お借りします!」


 一気に飲み干す。瞬間、体の奥底から力が湧き上がってきた。浄化力が3倍に跳ね上がる。全身が金色の光に包まれた。


「聖浄化・天照!」


 太陽のような巨大な光球が生まれた。それは槍撃を飲み込み、ヴァルキリーに向かって突き進む。


「なんだと!?」


 ヴァルキリーは槍を回転させ、黒い竜巻を作り出した。光と闇が激突し、凄まじい衝撃波が古戦場を襲う。


 大地が震えた。砂塵が舞い上がり、風が吹き荒れる。


「はあああああっ!」


 翔太が叫んだ。光がさらに強くなる。


「ぐっ……!」


 ヴァルキリーも負けじと力を込めた。黒い竜巻が光を押し返そうとする。


 二つの力が拮抗した。どちらも一歩も引かない。


 だが――時間は翔太の味方ではなかった。清浄の霊薬の効果は30分。既に半分が過ぎている。


「このままでは……」


 翔太の額に汗が浮かんだ。徐々に、光が押され始める。


 その時、ヴァルキリーの表情に変化が現れた。



「なぜだ!」


 ヴァルキリーが叫んだ。


「なぜそこまでして戦う! お前には関係ないだろう!」


 翔太は光を維持しながら、真っ直ぐに答えた。


「あなたも救われるべき人だからです!」


 その言葉に、ヴァルキリーの動きが一瞬止まった。攻撃の手が緩む。


「私が……救われる……?」


 彼女の青い瞳から、一筋の涙がこぼれた。


「私は……もう救われない。あの日、千人を見殺しにした私に、救われる資格などない」


 記憶が蘇る。


 十年前――炎に包まれる村。逃げ惑う人々。子供たちの泣き声。そして、次々と倒れていく村民たち。


「守れなかった……誰一人として……」


 ヴァルキリーの声が震えた。


「私は聖騎士だった。人々を守るために剣を取った。なのに、最も大切な時に、何もできなかった」


 黒いオーラが揺らいだ。その中に、僅かに白い光が混じり始める。


「だから私は決めたんだ。こんな理不尽な世界なら、作り直すしかないと。終焉の使徒となり、全てを無に帰すことで、新しい世界を――」


「それは違います!」


 翔太が力強く言った。


「過去は変えられない。でも、未来は変えられる。あなたが本当に人々を守りたいなら、破壊じゃなくて、今生きている人たちを守ることから始めませんか?」


 ヴァルキリーの槍が震えた。


「でも、私は……」


「一人じゃありません」


 翔太は微笑んだ。


「私も、仲間たちも、みんなあなたの味方です。一緒に、本当の意味で世界を良くしていきましょう」



 その瞬間、聖剣エクスカリバーが眩い光を放った。


 それは今までとは違う、新たな力だった。破壊の力ではない。傷を癒し、心を救う――再生の力。


「これは……」


 翔太は理解した。聖剣が真の姿を現したのだと。


「あなたの心の闇も、浄化してみせる!」


 新たな技が、自然と口をついて出た。


「聖浄化・黎明!」


 金色の光が、朝日のように優しく、そして力強く広がっていった。それはヴァルキリーの黒い鎧を包み込む。


「あっ……」


 ヴァルキリーが息を呑んだ。光は攻撃ではなかった。温かく、優しく、まるで母の抱擁のように彼女を包んでいる。


 黒い鎧が、少しずつ剥がれ落ちていく。その下から、かつての白銀の鎧が姿を現した。


「これは……温かい……」


 ヴァルキリーの瞳から、涙が溢れた。それは悲しみの涙ではない。十年ぶりに感じる、温もりへの涙だった。


 心の奥底に凍りついていた何かが、ゆっくりと溶けていく。罪悪感も、絶望も、憎しみも――全てが浄化されていく。


 そして気づいた。自分は一人ではなかったのだと。あの村の人々も、きっと自分を責めてはいないのだと。


「私は……」


 ヴァルキリーが膝をついた。戦乙女の槍が、手から滑り落ちる。


「私は……間違っていたのか」


 翔太はゆっくりと近づき、手を差し伸べた。


「間違いは誰にでもあります。大切なのは、そこから立ち上がることです」


 ヴァルキリーは震える手で、その手を取った。



「もう一度……やり直せるだろうか」


 ヴァルキリーの声は、か細く、しかし希望を含んでいた。


「もちろんです」


 翔太は笑顔で答えた。


「一緒に、本当の意味で世界を救いましょう」


 その時、古戦場に歓声が響いた。


「やった! 翔太さんが勝った!」


 リクが泣きながら駆け寄ってきた。小さな体が翔太に飛びついてくる。


「心配したんだから! もう、無茶しないでよ!」


「ごめん、リク」


 翔太はリクの頭を撫でながら、仲間たちを見回した。ミーナもカールも、エリーゼも、みんな笑顔で駆け寄ってくる。


「お見事でした、翔太様」


 エリーゼが優雅に微笑んだ。


「まさか本当にヴァルキリー様を救ってしまうとは」


 システムメッセージが表示された。


【レベルアップ!】

【Lv.57→Lv.60】

【新スキル習得:聖浄化・黎明】

【称号獲得:慈悲の浄化士】


「凄い……レベルが一気に3も上がった」


 翔太が驚いていると、ヴァルキリーが立ち上がった。白銀の鎧が朝日に輝いている。


「翔太殿」


 彼女は騎士の礼を取った。


「私、ヴァルキリー・アインシュタインは、この命ある限り、あなたと共に戦うことを誓います」


「よろしくお願いします、ヴァルキリーさん」


 新たな仲間が加わった瞬間だった。


 しかし――


 古戦場から離れた丘の上で、黒いローブを纏った人物が一部始終を見つめていた。


「第三位が敗れたか……」


 低い声が風に乗って消える。


「面白い。掃除士・佐藤翔太……次は私が相手をしよう」


 黒いローブの人物――終焉の使徒第二位が、不気味な笑みを浮かべて姿を消した。


 新たな戦いの予感が、風と共に流れていった。


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【翔太】

 職業:掃除士

 称号:慈悲の浄化士(NEW)

 レベル:60

 HP:1,000 / 1,280

 MP:800 / 1,920

 

 スキル:

 ・浄化 Lv.16

 ・聖浄化 Lv.4

 ・浄化領域展開 Lv.4

 ・聖浄化・極光

 ・聖浄化・完全解放

 ・聖浄化・天照

 ・聖浄化・連撃

 ・聖浄化・断

 ・聖浄化・黎明(NEW)

 ・鑑定 Lv.5

 ・収納 Lv.5

 ・剣術 Lv.6

 

 所持品:

 ・聖剣エクスカリバー(真の覚醒)

 ・清浄の霊薬×2(1個使用)

 ・王女の護符

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【ヴァルキリー】(NEW - 仲間加入)

 元職業:聖騎士

 現職業:浄化騎士

 レベル:65

 HP:2,100 / 2,100

 MP:1,500 / 1,500

 

 スキル:

 ・槍術 Lv.10

 ・聖魔法 Lv.8

 ・戦乙女の舞

 ・戦乙女の加護

 ・裁きの光

 ・守護の誓い(NEW - 浄化により復活)

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