第21話 特訓の始まり
朝5時。
ギルドハウスの訓練場に、ひんやりとした朝の空気が満ちていた。翔太は一人、聖剣エクスカリバーを手に立っている。
―――『聖浄化・天照』を、もっと制御できるようにならないと。
新月まであと3日。終焉の使徒第三位ヴァルキリーとの決闘が迫っている。レベル57になったとはいえ、相手は推定レベル65。生半可な力では太刀打ちできない。
「聖浄化……天照!」
翔太が聖剣を振るうと、金色の光が溢れ出した。太陽のような温かい光が訓練場全体を包み込む。しかし―――
「うっ……!」
膝が震えた。全身の魔力が一気に吸い取られていくような感覚。額から汗が滴り落ちる。わずか10秒で限界が来た。光が消え、翔太は片膝をついた。
息が荒い。心臓が激しく鼓動している。この技の消費MPは500。翔太の最大MPは1740あるが、問題は負荷だった。一度に大量の魔力を放出することで、身体に想像以上の負担がかかる。
「まだ……まだ練習が足りない」
翔太は立ち上がり、深呼吸をした。朝露に濡れた草の匂いが鼻腔をくすぐる。ひんやりとした空気が火照った身体を冷やしてくれた。
◆
ギルドハウスの地下、薬草工房。
ローラが真剣な表情で薬草をすり潰していた。石臼がゴリゴリと音を立てる。
彼女の手元には、数十種類の薬草が並んでいる。清浄草、月光花、聖水晶の粉末……どれも浄化に関連する素材だ。
「もう少し……もう少しで完成するはず」
ローラの瞳に決意の光が宿っていた。
彼女には忘れられない記憶がある。8歳の時、瘴気の大発生で両親を失った。薬師だった父は最後まで治療薬を作ろうとしていたが、間に合わなかった。母は瘴気に侵された父を最後まで看病し、共に逝った。
―――もう、誰も失いたくない。
ローラは新しい薬の開発に没頭していた。名付けて『清浄の霊薬』。浄化力を一時的に高める特殊な薬だ。
「清浄草のエキスを3滴……月光花の花粉をひとつまみ……」
ガラスのフラスコの中で、透明な液体がゆっくりと色を変えていく。最初は無色だったものが、薄い金色に、そして輝くような黄金色へ。
薬草の爽やかな香りが工房に広がった。ミントに似た清涼感のある香りに、ほのかな花の甘さが混じる。
「最後に……聖水晶の粉末を」
ローラが慎重に粉末を加えると、液体が一瞬、太陽のように輝いた。
「できた……!」
完成した薬を小瓶に移し、ローラは慎重に一滴だけ舌に乗せた。
瞬間、身体中に温かい力が広がった。魔力が活性化し、浄化の力が高まっているのを感じる。効果は確かにある。ただし―――
「うっ……」
30分後、急激な脱力感が襲った。一時的に力を高める代償として、使用後は疲労が残る。それでも、決戦では必ず役に立つはずだ。
「翔太さんに……これを」
ローラは完成した霊薬を大切に抱えた。琥珀色の瞳に、強い決意が宿っていた。
◆
鍛冶場では、マルコが聖剣エクスカリバーの調整をしていた。
「ふむ……この剣、確実に成長している」
マルコの職人としての勘が告げていた。聖剣は使い手と共に成長する―――それが彼の哲学だ。
ハンマーで軽く剣身を叩くと、澄んだ音が響いた。その音色は以前より高く、より美しい。剣自体が翔太の成長に呼応して変化している。
「おや……?」
剣身に新たな紋様が浮かび上がっていた。太陽を模したような複雑な文様。それは『聖浄化・天照』を使うたびに、少しずつ刻まれていったものらしい。
「これは……まだ完全に覚醒していない」
マルコは確信した。聖剣エクスカリバーには、まだ隠された力がある。それが完全に目覚めた時、翔太の力は飛躍的に高まるだろう。
鍛冶師として30年。数多くの武器を見てきたマルコだが、これほど特別な剣は初めてだった。
「武器は使い手と共に成長する……翔太殿、あなたと共にこの剣も進化していく」
マルコは丁寧に剣を磨き上げた。炉の熱気が顔を照らす中、汗を拭いながら作業を続ける。聖剣の輝きが、さらに増していった。
◆
午後、ギルドメンバー全員が訓練場に集まった。
「3つのチームに分かれて、連携訓練を行います」と翔太が説明した。
**Aチーム**は翔太、ミーナ、カール。攻撃に特化したチームだ。
「ミーナの魔法で敵を牽制し、カールが突撃、俺が浄化で止めを刺す」
3人の連携は見事だった。ミーナの火球が敵の動きを制限し、カールの剣技が防御を崩し、翔太の浄化が決定打となる。
**Bチーム**はリク、アンナ、グスタフ、シン。支援と防御のスペシャリストたち。
「リクの知識で敵の弱点を見抜き、アンナとグスタフが補助、シンが機動力で撹乱する」
リクがすっかり成長していた。以前は怯えていた少年が、今では的確な指示を出している。レベルも14に上がり、自信もついてきた。
**Cチーム**はゲオルグ、クララ、トーマス、ソフィア。情報収集と回復支援の要。
「ゲオルグの結界で守りを固め、クララが回復、トーマスとソフィアが情報分析」
それぞれのチームが、その特色を活かした戦術を磨いていった。
◆
夕方、ソフィアが青ざめた顔で翔太のもとへ駆け寄ってきた。
「翔太様……ヴァルキリーについて、新しい情報が」
彼女が解読した古文書には、驚くべき内容が記されていた。
「終焉の使徒第三位ヴァルキリー……元は王国最強の女騎士」
ゲオルグが息を呑んだ。
「まさか……あのヴァルキリーが」
10年前、彼女は王国の英雄だった。正義感が強く、民を守るためなら命も惜しまない。そんな騎士だった。
「推定レベル65……称号は『戦乙女』」
ソフィアが続ける。
「10年前に突然失踪し、その後終焉の使徒として現れたと」
なぜ彼女が終焉の使徒になったのか。正義感が強すぎるが故の悲劇があったのか。
「彼女の武器は『戦乙女の槍』……聖属性と闇属性、両方を操る」
翔太は拳を握りしめた。強敵だ。しかし―――
「彼女にも、何か事情があるはず」
◆
夕食時、アンナの手作りシチューの香りが食堂に広がった。
野菜と肉がたっぷり入った温かいシチュー。パンを浸して食べると、疲れた身体に染み渡る。
「美味しい!」とクララが笑顔を見せた。
「リク、すごく成長したね」とミーナが優しく言った。
「皆さんのおかげです」
リクが照れながら答える。彼の成長を、全員が認めていた。
「なんだか……家族みたいだ」
クララの一言に、皆が温かい笑顔を浮かべた。
グスタフが咳払いをして立ち上がった。
「ヴァルキリーとの決闘……必ず勝ちましょう」
「そうだ!」とカールが力強く頷いた。
「皆で力を合わせれば」とアンナ。
「きっと勝てる」とシン。
一人一人が、決意を新たにしていった。
◆
夜、翔太は一人屋上で月を見上げていた。
新月まであと2日。月はすでにかなり欠けていて、細い三日月になっている。
風が吹いた。夜の冷たい風が頬を撫でる。
「ヴァルキリー……なぜ終焉の使徒に」
正義の騎士が、なぜ世界を終わらせようとする側に回ったのか。その理由を知りたかった。
そして、できることなら―――
「説得できないだろうか」
甘い考えかもしれない。でも、翔太は信じたかった。浄化の力は、破壊ではなく救済の力だと。
聖剣エクスカリバーが、月光を受けてかすかに輝いた。まるで翔太の決意に応えるように。
「必ず……皆を守る」
翔太は決意を新たに、夜空を見上げた。
新月の夜、何が起こるのか。それはまだ、誰にも分からない。
━━━━━━━━━━━━━━━
【翔太】
職業:掃除士
レベル:57
HP:1,200 / 1,200
MP:1,740 / 1,740
スキル:
・浄化 Lv.15
・聖浄化 Lv.3
・浄化領域展開 Lv.4
・聖浄化・極光
・聖浄化・完全解放
・聖浄化・天照
・聖浄化・連撃(NEW)
・聖浄化・断(NEW)
・鑑定 Lv.5
・収納 Lv.5
・剣術 Lv.5
━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━
【浄化士ギルド・メンバー】
リク(従者)Lv.14
アンナ(家政術師)Lv.12
グスタフ(施設管理士)Lv.16
ミーナ(元素魔術師)Lv.21
カール(元騎士)Lv.25
シン(獣人族)Lv.12
ゲオルグ(元宮廷魔術師)Lv.27
クララ(司祭見習い)Lv.10
トーマス(会計士)Lv.13
ローラ(薬師)Lv.14
マルコ(鍛冶師)Lv.16
ソフィア(書記官)Lv.9
━━━━━━━━━━━━━━━
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます