第20話 封印調査隊

朝靄が王都を包む中、浄化士ギルドの会議室は異様な緊張感に包まれていた。


テーブルの上には、ソフィアが徹夜で作成した封印マップが広げられている。赤、黄、緑で色分けされた六十五の印が、王都の地下に網の目のように広がっていた。インクの匂いがまだ新しく、彼女の疲労と執念が滲み出ているようだった。


「優先順位をつけました」


ソフィアの声は掠れていたが、その瞳には鋭い知性が宿っている。眼鏡の奥で、彼女の目が素早く地図を走った。


「まず、要石となる七つの封印。これらには、すでに何らかの細工がされている可能性が高いです」


彼女の指が、金色でマークされた七つの点を順に指していく。指先が微かに震えているのは、疲労のせいか、それとも責任の重さからか。


「次に、支柱の二十。これらは要石ほど重要ではありませんが、複数が同時に破壊されれば、システム全体が崩壊します」


銀色の印が、要石を取り囲むように配置されている。その配置には、千年前の魔術師たちの知恵が込められていた。


「問題は、時間です」


グスタフが重い口を開いた。彼の顔には、深い皺が刻まれている。施設管理のプロとして、この作戦の困難さを誰よりも理解していた。


「新月まで、あと十日。六十五の封印すべてを調査するには……」


「分かっている」


俺は立ち上がった。椅子が床を擦る音が、静寂を破る。窓から差し込む朝日が、聖剣の鞘を照らしていた。


「だからこそ、効率的に動く必要がある。調査隊を編成する」


全員の視線が俺に集まった。その重さに、胸が締め付けられる。だが、今は迷っている場合じゃない。


「Aチーム、要石担当。俺、ミーナ、カールで編成する」


ミーナが頷いた。彼女の手には、すでに魔法の杖が握られている。カールも無言で立ち上がり、剣の柄に手を置いた。


「Bチーム、支柱担当。グスタフ、ゲオルグ、クララ」


三人も了承の意を示した。グスタフの冷静さ、ゲオルグの知識、クララの治癒魔法。バランスの取れた編成だ。


「Cチーム、一般封印担当。リク、アンナ、シン」


リクの顔が少し青ざめた。初めてのチームリーダーという重圧が、彼の肩にのしかかる。だが、その瞳には決意が宿っていた。


「残りの四人は、ギルドハウスで後方支援を頼む」


ローラ、マルコ、ソフィア、トーマス。それぞれが頷いた。


「ローラは浄化薬の準備を。マルコは武器のメンテナンス。ソフィアは情報分析の継続。トーマスは補給と連絡役だ」


「了解しました」


トーマスが、いつもの生真面目な調子で答えた。彼の手帳には、すでに必要物資のリストが書き込まれている。


「一時間後、王城で騎士団との合同会議がある。それまでに準備を整えてくれ」



王城の会議室は、前回より更に重苦しい空気に包まれていた。


レオンハルト騎士団長の顔には、明らかな疲労の色が浮かんでいる。彼の隣には、数名の騎士団幹部が並んでいた。皆、一様に険しい表情をしている。


「浄化士ギルド、到着しました」


俺が告げると、レオンハルトが頷いた。


「よく来てくれた。状況は、昨日より悪化している」


彼が広げた報告書には、新たな情報が追加されていた。


「昨夜、市内三箇所で、小規模な瘴気噴出が確認された。いずれも短時間で収まったが……」


「探りを入れているんだ」


俺の言葉に、レオンハルトが頷く。


「恐らく、我々の動きを見ている。どこまで封印の存在を把握しているか、試しているのだろう」


その時、扉が開き、エリーゼが入ってきた。彼女の青い瞳が、俺を見つめる。心配そうな表情が、胸を締め付けた。


「翔太さん、また危険な任務を……」


「大丈夫です、殿下」


俺は微笑んだ。できるだけ、安心させるように。


「今回は、調査が主目的ですから」


だが、エリーゼの表情は晴れない。彼女は俺たちが直面している危険を、十分に理解していた。


「騎士団も、可能な限り協力する」


レオンハルトが地図を指差した。


「各チームに、騎士を二名ずつ配置する。護衛と、市民への対応を担当させる」


ありがたい申し出だった。市民を巻き込まないためにも、騎士団の協力は不可欠だ。


「では、作戦開始は正午とする」


俺は立ち上がった。


「各チーム、指定された地点から調査を開始。何か異常を発見したら、即座に通信水晶で連絡を」


通信水晶。ゲオルグが用意してくれた魔法具だ。音声を瞬時に伝達できる、貴重な品だった。



正午、王都は普段通りの賑わいを見せていた。


商人たちの呼び声、子供たちの笑い声、馬車の車輪が石畳を転がる音。平和な日常が、そこにはあった。だが、その地下では――


「第一の要石、到着しました」


王城地下の薄暗い通路で、俺たちAチームは立ち止まった。湿った空気が肌にまとわりつき、カビの匂いが鼻を突く。


目の前には、巨大な石の扉があった。表面には、複雑な魔法陣が刻まれている。千年の時を経ても、その輝きは失われていなかった。


「瘴気の反応があります」


ミーナが警告した。彼女の魔力探知が、異常を感知している。


「でも、おかしい。封印自体は無事なのに……」


俺は慎重に扉に近づいた。聖剣が、かすかに震えている。浄化の力が、何かに反応していた。


扉の隙間から、黒い光が漏れていた。


「これは……」


カールが息を呑んだ。


扉の裏側に、黒い水晶が取り付けられていた。それは、脈打つように明滅している。まるで、生きているかのように。


「遠隔操作装置だ」


俺は確信した。これが、敵が仕掛けた罠の正体だ。


「解除を試みます」


ミーナが杖を構えた。青い光が、水晶に向かって放たれる。


だが、その瞬間――


水晶が激しく振動し、黒い霧が噴出した。それは瞬時に形を成し、三体の幻影兵となった。


━━━━━━━━━━━━━━━

【瘴気の幻影兵】

 レベル:25

 HP:800

 MP:400

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「罠だったか!」


カールが剣を抜いた。刀身が松明の光を反射し、オレンジ色に輝く。


幻影兵たちは、音もなく襲いかかってきた。その動きは、実体があるとは思えないほど滑らかだ。


「【聖浄化・連撃】!」


俺は新たに編み出した技を放った。聖剣から、連続して浄化の光が放たれる。


一体目の幻影兵が、光に貫かれて霧散した。だが、残りの二体は素早く回避し、反撃に転じる。


黒い刃が、俺の頬を掠めた。冷たい感触と共に、血が流れる。瘴気が傷口から侵入しようとするが、体内の浄化力がそれを防いだ。


「【炎術・紅蓮】!」


ミーナの魔法が炸裂した。赤い炎が通路を照らし、熱風が吹き荒れる。幻影兵の一体が、炎に包まれて苦悶の声を上げた。


「今だ!」


カールが突進した。彼の剣技は、さすが元騎士というべきものだった。正確な斬撃が、幻影兵の核を貫く。


二体目も霧散した。


最後の一体は、後退しながら何かを詠唱し始めた。黒い魔法陣が、その足元に浮かび上がる。


「まずい、自爆するつもりだ!」


ミーナが叫んだ。


もし爆発すれば、封印そのものが破壊される可能性がある。


「させるか!」


俺は全力で突進した。聖剣を振りかぶり、渾身の一撃を放つ。


「【聖浄化・断】!」


金色の光が、一直線に幻影兵を切り裂いた。魔法陣が消え、幻影兵も霧となって消滅する。


静寂が戻った。


「水晶を破壊しましょう」


ミーナが提案した。俺も頷き、聖剣を水晶に向けて振り下ろした。


パリンという音と共に、黒い水晶が砕け散った。欠片が床に散らばり、やがて塵となって消えていく。


「一つ目、完了」


俺は通信水晶を取り出した。


「こちらAチーム。第一の要石で遠隔操作装置を発見、破壊完了」


『了解しました』


ソフィアの声が返ってきた。


『Bチームからも報告が。第十二の支柱で、民間人を装った怪しい人物と遭遇したそうです』



その頃、商業区では――


「止まれ!」


グスタフが鋭く声を上げた。


目の前には、普通の商人に見える男がいた。だが、その手には、見覚えのある黒い水晶が握られている。


「何のことかな?」


男はとぼけた様子で答えた。だが、その瞳の奥には、冷たい光が宿っている。


「その水晶を渡してもらおう」


ゲオルグが杖を構えた。老魔術師の威圧感に、周囲の人々が後ずさる。


男は舌打ちをした。


「面倒な連中だ」


次の瞬間、男の姿がぼやけた。幻術だ。


「逃がさない!」


クララが光の魔法を放った。幻術が破れ、男の本当の姿が露わになる。


黒いローブ。終焉の使徒の紋章。


「ちっ、ばれたか」


男は水晶を投げ捨てると、煙玉を地面に叩きつけた。紫色の煙が立ち込め、視界を奪う。


煙が晴れた時、男の姿は消えていた。


だが、水晶は回収できた。グスタフがそれを慎重に拾い上げる。


「二つ目だな」



一方、居住区では――


「お兄ちゃん、苦しい……」


小さな女の子が、母親の腕の中でぐったりしていた。顔色が悪く、額には汗が浮かんでいる。


「瘴気に当てられたんです」


母親が泣きそうな顔で訴えた。


リクは慌てた。まだレベル13の自分に、何ができるだろうか。不安が胸を締め付ける。


「大丈夫です」


アンナが落ち着いて前に出た。彼女の手が、優しく女の子の額に触れる。


「【家政術・清浄】」


柔らかな光が、女の子を包んだ。アンナの家政術は、本来は掃除のための魔法だ。だが、その本質は「清める」こと。瘴気の汚染も、また清めることができる。


女の子の顔に、血色が戻った。


「お母さん……」


「よかった!」


母親が女の子を抱きしめた。涙が頬を伝っている。


「ありがとうございます!」


「近くに、封印があるはずだ」


シンが鼻をひくつかせた。彼の鋭い嗅覚が、瘴気の源を探っている。


「この家の、地下倉庫……」


住民の協力を得て、地下倉庫を調べた。案の定、そこには第三十五の封印があった。そして、黒い水晶も。


「これで三つ目」


リクが水晶を破壊した。彼の成長を、俺は通信水晶越しに感じていた。



夕方、全チームがギルドハウスに帰還した。


会議室には、疲労の色を隠せない仲間たちが集まっている。だが、その表情には、達成感も滲んでいた。


「成果を報告します」


ソフィアが立ち上がった。彼女の手には、新たに作成された報告書がある。


「本日、三つの遠隔操作装置を除去しました。要石一つ、支柱一つ、一般封印一つ」


「ペースとしては、悪くない」


グスタフが評価した。


「だが……」


ソフィアの表情が曇った。


「回収した水晶を解析した結果、恐るべき事実が判明しました」


彼女が水晶の欠片を取り出した。それは、まだかすかに黒い光を放っている。


「これらは、すべて囮です」


全員が息を呑んだ。


「囮?」


「はい。本命は、別にあります」


ソフィアが新たな地図を広げた。そこには、王都の別の場所に、赤い印がつけられている。


「『大召喚陣の核』。それが、王都のどこかに隠されています」


大召喚陣の核。それは、六十五の封印を召喚陣に変換するための、中心装置だ。


「場所は?」


「まだ特定できていません。ただ……」


ソフィアが震える手で、一枚の紙を取り出した。


「これが、先ほど届きました」


それは、挑戦状だった。


黒い羊皮紙に、血のような赤い文字で書かれている。


『浄化士ギルド 翔太殿へ


貴殿らの努力、見事である。

だが、無駄な足掻きだ。


新月の三日前、王都中央広場にて待つ。

正午、一対一の決闘を申し込む。


勝者には、大召喚陣の核の場所を教えよう。

敗者は、命を失う。


逃げるなら、その時点で核を起動する。


終焉の使徒第三位 ヴァルキリー』


第三位。セレナが第七位だったことを考えると、遥かに強い相手だ。


「罠です」


カールが即座に言った。


「分かっている」


俺は挑戦状を見つめた。


決闘まで、あと七日。その間に、できる限りの準備をしなければならない。


「でも、受けて立つ」


「翔太さん!」


アンナが心配そうに声を上げた。


「選択肢はない。相手が核の場所を知っているなら、戦うしかない」


俺は仲間たちを見渡した。皆、不安そうな表情をしている。


「心配するな。俺は、負けるつもりはない」


そして、全員に向かって宣言した。


「明日から、準備を始める。調査を続けながら、同時に特訓だ」


リクが拳を握った。


「俺も、もっと強くなります!」


「私も、新しい浄化薬を開発します」


ローラが決意を示した。


「武器の改良も、急ピッチで進める」


マルコが力強く頷いた。


一人、また一人と、仲間たちが決意を口にしていく。その姿に、胸が熱くなった。


「みんな、ありがとう」


俺は深く頭を下げた。


「必ず、王都を守ってみせる」


窓の外では、夕日が王都を赤く染めていた。


新月まで、あと九日。ヴァルキリーとの決闘まで、あと七日。


時間との戦いは、まだ始まったばかりだ。


だが、俺には仲間がいる。


浄化士ギルドの絆があれば、どんな困難も乗り越えられる。


そう、信じていた。


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【翔太】

 職業:掃除士

 レベル:57(レベルアップ!)

 HP:1,200 / 1,200

 MP:1,760 / 1,760

 

 スキル:

 ・浄化 Lv.15

 ・聖浄化 Lv.3

 ・聖浄化・連撃(NEW!)

 ・聖浄化・断(NEW!)

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【リク】

 レベル:13(レベルアップ!)

 新スキル:鼓舞

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【ミーナ】

 レベル:21(レベルアップ!)

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【カール】

 レベル:25(レベルアップ!)

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【ソフィア】

 新スキル:高速解析

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