第10話 満月前夜と守護の腕輪

 満月前夜。


 王城浄化官に任命されてから二日が経ち、俺は王城の隅々まで調査を進めていた。聖剣を手に、普段は誰も立ち入らない場所まで徹底的に浄化して回る。


「こちらの倉庫も、瘴気の反応なし」


 俺が報告すると、同行していた騎士が記録帳に書き込む。


 朝から始めた調査も、もう夕方に差し掛かっていた。塔の最上階から地下牢まで、考えられる全ての場所を確認したが、新たな汚染陣は見つかっていない。


 しかし、それとは別の発見があった。


「翔太殿、これを見てくれ」


 騎士団長ガレスが、古い書庫から一冊の本を持ってきた。革装丁の分厚い書物で、表紙には見慣れない紋章が刻まれている。


「これは?」


「旧王朝時代の記録だ。その中に、興味深い記述がある」


 ガレスが開いたページには、古代文字でびっしりと文章が書かれていた。俺には読めないが、ガレスが要約してくれる。


「『穢れを崇める者たちあり。彼らは影の司祭と呼ばれし者に従い、満月の夜に禁忌の儀式を執り行う』」


 影の司祭。その名前に、俺は嫌な予感がした。


「続きがある」


 ガレスがページをめくる。


「『影の司祭は、清浄なる力を恐れ、特に浄化の術を持つ者を敵視す。彼らの目的は、世界の理を覆し、穢れによる新たな秩序を築くことなり』」


 まさに、今の教団と同じだ。いや、もしかすると――


「教団は、旧王朝時代から続く組織なのかもしれません」


 俺の推測に、ガレスも頷く。


「その可能性は高い。そして、影の司祭が今も生きているとすれば……」



 その時、エリーゼが息を切らせて駆け込んできた。


「翔太さん、大変です!」


 彼女の手には、一枚の羊皮紙が握られている。


「アルフレッドの執務室から、暗号文書が見つかりました」


 羊皮紙を受け取ると、そこには意味不明な記号の羅列が書かれていた。しかし、よく見ると規則性がある。


「これは……置換暗号ですね」


 俺が呟くと、エリーゼが驚く。


「分かるんですか?」


「元の世界で、少し暗号解読の趣味があって」


 実際は、会社の機密文書の管理で使っていた知識だが、説明が面倒なので省略する。


 俺は羊皮紙を机に広げ、記号のパターンを分析し始めた。エリーゼとガレスが、固唾を呑んで見守る。


 三十分後――


「解けました」


 俺が解読した文章を読み上げる。


「『満月の夜、王都中央広場にて最後の儀式を執り行う。影の司祭様の降臨により、全ては穢れに包まれる』」


 中央広場。王都で最も人が集まる場所だ。


「人質を取るつもりか」


 ガレスが険しい顔で言う。


「いや、違います」


 俺は暗号文の続きを読む。


「『広場の地下に眠る、古代の汚染源を解放する。それは王都全体を、一瞬で穢れの海に変える』」


 古代の汚染源? そんなものが王都の地下に?


「聞いたことがあります」


 エリーゼが青ざめた顔で言う。


「王都建設の際、地下深くに何かを封印したという伝説が。でも、詳細は王家の秘密として……」


 彼女は急に立ち上がった。


「父上に確認してきます!」


 エリーゼが部屋を飛び出していく。



 夕暮れ時、俺は王城の中庭で準備を進めていた。


 満月の夜に備えて、浄化の結界を各所に設置する。特殊な魔石に浄化の力を込めて、いざという時に発動できるようにしておくのだ。


「おい、掃除士」


 振り返ると、ケンジが立っていた。相変わらず派手な鎧を着て、腕を組んでいる。


「何か用か?」


「……明日の作戦について、打ち合わせをしておこうと思ってな」


 意外だ。ケンジの方から協力を申し出てくるなんて。


「俺は剣聖だ。接近戦なら誰にも負けない」


 彼が炎の剣を抜く。


「だが、瘴気を浄化することはできない。そこはお前の役目だ」


「分かってる」


 俺も聖剣を抜く。二人で軽く手合わせをしながら、連携の確認をする。


 ケンジの剣術は、やはり凄まじい。俺の剣術レベル2では、まともに太刀打ちできない。しかし――


「お前、前より動きが良くなったな」


 ケンジが珍しく褒める。


「レベルだけじゃない。実戦での経験が、お前を成長させている」


「……ありがとう」


 素直に礼を言うと、ケンジは顔を赤くして横を向いた。


「べ、別に褒めたわけじゃない! ただ事実を言っただけだ!」


 相変わらずのツンデレだ。でも、彼なりに俺を認めてくれているのが分かって、少し嬉しかった。



 夜になって、俺は城壁の上にいた。


 王都を見下ろすと、家々の明かりが星のように輝いている。平和な光景だが、明日の夜にはどうなっているか分からない。


「翔太さん」


 後ろから声がして、振り返るとエリーゼが立っていた。月光に照らされた彼女は、いつもより幻想的に見える。


「父上から聞きました。古代の汚染源は、確かに存在するそうです」


 彼女が隣に並ぶ。


「千年前、魔王との戦いで生まれた巨大な穢れの塊。それを封印して、その上に王都を築いたんだそうです」


「なぜそんな危険なものの上に……」


「封印を維持するためです。王城の聖なる力で、常に押さえ込んでいる」


 なるほど、それで王城がここに建てられたのか。


「でも、もし封印が解かれたら……」


 エリーゼの声が震える。


「王都は一瞬で穢れに飲み込まれます。そして、その影響は国全体に広がるでしょう」


 想像以上に深刻な事態だ。絶対に阻止しなければならない。


 沈黙が流れる。二人で夜風に吹かれながら、明日への不安と向き合っていた。


「翔太さん」


 エリーゼが俺の方を向く。その瞳には、強い決意が宿っていた。


「私、翔太さんに渡したいものがあります」


 彼女が懐から小さな箱を取り出す。中には、銀色の腕輪が入っていた。精巧な細工が施され、中央には青い宝石が嵌め込まれている。


「これは、王家に伝わる守護の腕輪です」


 エリーゼが説明する。


「身に着けた者を、あらゆる害悪から守る力があります」


「そんな大切なものを、俺なんかに……」


「受け取ってください」


 彼女が俺の手を取り、腕輪を握らせる。


「翔太さんは、私を呪いから救ってくれました。この国を守ろうとしてくれています。だから……」


 エリーゼの頬が、月光の下でほんのり赤く染まる。


「必ず、無事に戻ってきてください。約束です」


 俺は腕輪を見つめ、それから彼女の目を見た。


「分かりました。必ず、この国を守ります」


 腕輪を左腕に着ける。すると、温かい力が全身に広がった。


【守護の腕輪を装備しました】

防御力+50

特殊効果:致命傷を一度だけ無効化


 これは心強い。エリーゼの想いが、俺を守ってくれる。


「ありがとう、エリーゼ様」


「エリーゼでいいです」


 彼女が微笑む。


「もう、様なんて他人行儀な呼び方はやめてください」


「じゃあ……エリーゼ」


 名前を呼ぶと、彼女の笑顔がさらに明るくなった。



 深夜、俺は自室に戻って最後の準備をしていた。


 装備の確認、ポーションの補充、そして作戦の最終確認。全てを終えて、ベッドに横になる。


 明日は満月。教団との最終決戦だ。


 不安がないと言えば嘘になる。影の司祭という未知の敵。古代の汚染源。そして、王都の命運を賭けた戦い。


 でも、俺は一人じゃない。


 エリーゼ、ケンジ、ガレス、そして王都の人々。みんなが俺を信じてくれている。


 左腕の守護の腕輪を撫でる。温かい力が、不安を和らげてくれる。


 窓の外を見ると、明日満月になる月が、不気味に輝いていた。


 王都の各所では、騎士団が巡回を続けている。市民たちも、何か不穏な空気を感じ取っているのか、いつもより早く店じまいをしていた。


 そして――


 王都の地下深くで、何かが蠢いている気配がした。千年の封印が、きしみ始めているのかもしれない。


 明日、全てが決まる。


 俺は聖剣を抱きしめ、目を閉じた。


 体力を温存しなければ。明日は、今までで最も過酷な戦いになるだろうから。


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【ステータス】

 佐藤翔太 Lv.50

 職業:掃除士

 称号:聖剣の主、宮廷浄化士、聖泉守護者、王城浄化官

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 HP  :900/900

 MP  :1450/1450

 攻撃力:110(+300)

 防御力:400(+50)

 敏捷 :110(+50)

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【スキル】

 浄化 Lv.10

 └効果:呪い浄化まで可能

 鑑定 Lv.5

 └効果:隠された情報も取得可能

 収納 Lv.4

 剣術 Lv.2

 └効果:基本剣技習得

 浄化効率:60

 汚染耐性:25

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 レベル50。ついに大台に到達した。


 そして明日、王城浄化官として、この国の未来を賭けて戦う。


 満月の夜、影の司祭との対決。


 古代の汚染源を封じ、王都を守り抜く。


 それが、俺の使命だ。

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