第十四章 決着と結果
翌朝、佐藤は決断していた。
「山路さん、警察に行きます」
慎一は頷いた。
「一緒に行きましょうか?」
「いえ、これは私一人でやらなければならないことです」
佐藤は山路亭を出発する前、慎一に深く頭を下げた。
「ありがとうございました。あなたのおかげで、正しい道を見つけることができました」
「佐藤さんが自分で決断されたことです」
「いえ、あなたと康雄さん、そして……あの三人の霊がいなければ、私は永遠に逃げ続けていたでしょう」
佐藤が去った後、慎一は一人で山路亭を見回した。昨夜の出来事は、案内人としての自分の役割を改めて確認させてくれた。
人を正しい道に導く。それがどんなに困難でも、時には危険でも、それが山路家の使命なのだ。
午後になって、健太が山路亭を訪れた。
「山路さん、大変なことがニュースになっていますよ」
健太はスマートフォンの画面を見せた。そこには「建設会社社長、十年前の橋梁崩落事故の隠蔽を告白」という見出しが躍っていた。
「佐藤さんが真実を話したんですね」慎一が安堵した。
「勇気ある決断ですね。でも、これから大変なことになるでしょう」
実際、佐藤の告白は社会に大きな衝撃を与えた。建設業界の構造的な問題、政治家や官僚の癒着、隠蔽体質……様々な問題が表面化した。
佐藤自身は逮捕され、重い刑に処されることになった。しかし、彼の表情には、長年の重荷から解放された安らぎがあった。
そして何より、事故で亡くなった三人の遺族は、ようやく真実を知ることができた。彼らは佐藤を許しはしなかったが、真実が明らかになったことで、心の整理をつけることができた。
「佐藤さんを苦しめていた霊たちも、きっと安らげたでしょうね」健太が言った。
「はい。彼らが求めていたのは復讐ではなく、正義でした」
一週間後、山路亭に一通の手紙が届いた。送り主は、事故で亡くなった方の遺族だった。
『山路亭の山路様
この度は、佐藤の件でお世話になり、ありがとうございました。
詳しい経緯は分かりませんが、佐藤があなたの旅館で真実を話す決心をしたと聞いています。
私たちは十年間、夫(父)の死の真相を知りたいと思い続けてきました。
ようやくその真実を知ることができ、心の区切りをつけることができます。
佐藤を許すことはできませんが、彼が最後に正しいことをしたことは評価したいと思います。
それも、あなたのお導きがあったからこそでしょう。
心から感謝申し上げます。』
慎一は手紙を読んで涙を流した。案内人としての役割を果たせたのだと実感した。
その日の夕方、裏山の祠を訪れてみた。そこは静寂に包まれ、以前のような重苦しい気配はなくなっていた。
「父さん」慎一が祠に向かって話しかけた。「ありがとうございました。昨夜は助けていただいて」
康雄の声がかすかに聞こえた。
「慎一、お前は立派に案内人の役割を果たした」
「まだまだ未熟です」
「それでいい。案内人は完璧である必要はない。ただ、正しいことを見失わなければいい」
「これからも、困っている人たちを導いていきたいと思います」
「そうしなさい。それが山路家の使命だ」
康雄の声が消えた後、慎一は静かに祠を後にした。
山路亭に戻ると、新しい客が到着していた。三十代の女性で、どこか迷いを抱えているような表情をしていた。
「山路亭の山路です。お疲れ様でした」
「田中と申します。お世話になります」
慎一は女性を丁寧に迎え入れた。また新しい人との出会いが始まる。そしてきっと、この女性にも何かの答えを見つけてもらえるだろう。
夕食の時間になり、田中という女性が食堂に現れた。
「おいしそうな料理ですね」
「ありがとうございます。何か困ったことがあれば、いつでもお声をかけてください」
「実は……」女性が口を開いた。「私、人生の方向性に迷っているんです」
慎一は静かに女性の話を聞いた。彼女は仕事に行き詰まり、人間関係にも疲れ、自分の人生に意味を見出せずにいた。
「どうすれば、自分の道を見つけられるでしょうか?」
慎一は微笑んだ。
「焦る必要はありません。人生は旅のようなものです。大切なのは目的地ではなく、歩いている道のりそのものです」
女性の表情が少し明るくなった。
「道のり、ですか?」
「はい。今のあなたも、迷いながら歩いている。それ自体が意味のあることなんです」
慎一は山路家の案内人として、また新しい人を正しい道へと導く旅を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます