第五章 新たな出発

翌朝、雅子は早起きして荷造りをした。十年間の長い旅が、ようやく終わったのだった。


朝食の時、雅子は慎一に言った。


「慎一さん、あなたには特別な使命があるんですね」


「まだよく分かりません」慎一は正直に答えた。「でも、昨夜のことで、何かが変わったような気がします」


「きっと、これからも山路亭にはいろいろな人が訪れるでしょう。その人たちを、あなたが導いてあげてください」


慎一は頷いた。雅子の言葉に、深い責任感を覚えた。


朝食後、雅子は東京へ向けて出発した。見送りの時、彼女は慎一に感謝の言葉を述べた。


「息子に会えて……本当の意味で息子を理解することができました。ありがとうございました」


「こちらこそ。父のことが分かって、僕も前に進めそうです」


雅子が去った後、慎一は一人で山路亭の庭に立っていた。秋の陽射しが、古い旅館を温かく照らしている。


その時、一台の車が山路亭の前に止まった。中から降りてきたのは、三十代前半と思われる男性だった。リュックサックを背負い、どこか疲れた表情をしている。


「すみません」男性が慎一に声をかけた。「こちら、泊まることはできますか?」


「はい、もちろんです」慎一は微笑んだ。


男性は山路亭に入ってきた。フロントで記帳をしてもらいながら、慎一は男性を観察した。どこか悩みを抱えているような、人生に迷いを感じているような雰囲気があった。


「佐々木健太と申します」男性が自己紹介した。「実は、この辺りの出身なんです」


「そうでしたか。お帰りなさい」


「東京で働いていたんですが、少し疲れてしまって……故郷で休みたいと思って帰ってきました」


慎一は頷いた。また、人生の節目に山路亭を訪れた客が現れたのだった。


「ゆっくりお休みください。何かご相談があれば、いつでもお声をかけてください」


佐々木健太を部屋に案内した後、慎一は一人でフロントに戻った。そして、改めて山路亭の意味を考えた。


この旅館は、人生に迷った人々が訪れる場所。そして、自分はその人たちを案内する役割を担っている。それが山路家に代々受け継がれてきた使命なのだ。


慎一は父の写真を見つめた。康雄の優しい笑顔が、彼を励ましているようだった。


「父さん、僕も案内人として頑張ります」


外では、秋の風が木々を揺らしていた。湯ノ里温泉の静かな夕暮れが、山路亭を包み込んでいく。


慎一は夕食の準備を始めた。新しい客のために、心を込めて料理を作る。それが、山路亭の主人としての、そして案内人としての第一歩だった。


山路亭の物語は、これからも続いていく。訪れる人々それぞれに、人生の大切な何かを見つけてもらうために。そして時には、この世を去った人々の想いを、生きている人に伝えるために。


慎一は、自分の新たな人生が始まったことを感じていた。父から受け継いだ山路亭で、一人でも多くの人を正しい道へと案内していこう。それが、山路家最後の案内人としての使命なのだから。


夕日が山の向こうに沈んでいく。山路亭の窓からは、温かな灯りが漏れていた。今夜もまた、迷える人の心を照らすために。

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