猫のせいなのね🐾 〜Step on no pets〜

makige_neko

🐾第1章 毛むくじゃらの楽園

 私の名はハル、二十五歳、そこそこ忙しい事務職の正社員。趣味は猫、特技も猫、好きなタイプは猫。──つまり猫がすべてで、その他は副菜みたいな人生を送っていた。


 肩までの黒髪に、ややタレ気味の目元。大人しそうに見られがちだが、本人の内面は猫吸いへの欲望で渦巻いていた。職場では「真面目で清楚」と評されることもあるが、その実態は、毎晩猫と一緒に寝て、週末は猫の写真を千枚単位でスマホに収める“溺愛猫狂女子”である。


「……今日もかわいいねぇ、ミルフィ……」



 ――咳。咳。くしゃみ、鼻水。目のかゆみ、喉のイガイガ、肌のピリピリ。息が苦しい。涙が止まらない。


 なのに私は、今日も猫に顔を沈める。


「……ミルフィ……かわいい……世界の奇跡……」


 それは、朝の光に透ける白い猫。淡いクリーム色の耳先、ふわふわの尻尾、そして小さく丸まった背中が、小動物らしい無防備さで呼吸を繰り返していた。

 柔らかく湿った鼻先が、ちょこんとピンクに光っている。


「……私の……愛しい……毛むくじゃら……」


 頬を寄せて、深く深く吸い込む。吸ってはいけないと知りながら、私は吸う。命のもと、猫のにおい。ミルフィの香り。これがないと生きられない。

 そして、目を開けた瞬間に、世界が地獄へ転がり落ちる。


「……ゴホッ……ブフェッ…ハッ……ッッハッヘァクショォィ!!!!!」


 天井に届くほどのくしゃみ。鼻から、まるで滝のように洪水が流れ出す。咳は止まらず、喉は焼け、目の奥が燃えるようにかゆい。


 それでも、ミルフィはまったく気にしていない。むしろ、その音にびっくりして、もふっと私の顔の上に飛び乗ってきた。


「ぐふぅ……っ……ミルフィ、それは……それはモフの暴力……っ!」


 口と鼻を完全に覆って、柔らかな肉球が私の頬に貼りつく。眼球にちょうど尻が乗る。苦しい。だが幸せ。


 モフモフで窒息死。

 死因:愛。冗談ではなく本望だった。


 体は限界を告げている。

 しかし、脳が出す報酬系快楽物質(たぶんミルフィンとかいう謎のホルモン)は、「もっと吸え、もっと撫でろ」と命令してくる。


 私は、猫アレルギーである。診断を受けたわけではない。だが確信している。これは、猫のせいだ。愛ゆえに、私は罰を受けているのだ。


「……でもいいの……。くしゃみと引き換えにミルフィと一緒にいられるなら、それで……」


 涙と鼻水と猫の毛が入り混じった顔で、私は愛を誓った。

 世界で一番、幸福で悲惨な朝だった。


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