第16話:開戦


「ヴァルハイル密林の魔物が、渓谷を越え、この街に向かって来ているとの報告が! 魔物大進軍スタン・カラミティです!!」


 先程までの和やかな食卓は、今までにないほど凍りついた。


ただちに騎士団を出動させる! 執事長グロス、すぐに冒険者ギルドに掛け合い、高ランク冒険者に助力願いを。メイド長ルシェラは、メイドたちを集め、いざという時は市民の避難誘導を頼む」


「「かしこまりました」」


 父上ガレウスの迅速な指示のもと、執事長グロスメイド長ルシェラは動き出す。


「エルナ、君には騎士団長ナルガートと共に、部隊の編成を任せる」


「分かりました」


 どうやら、父上の代わりに母上が騎士団を取りまとめるらしい。

 ま、妥当ではある。


 ウィルゼスト陣営の強さランキングを作るとすれば、


 1位、ヘレナ。

 2位、騎士団長ナルガート

 3位、父上。

 4位、母上。

 5位、副団長コロン


 と、このように、母上は副団長コロン以上の強さを持つ。


「それから……アルス、マルス、セリア、ノーグ。我が子供たちよ。お前たちは屋敷にて待機し、馬車の手配が出来次第、王都の屋敷へと移ってもらう」


「……っ」


「父上っ!?」


 アルスは苦い顔で俯き、マルスは両手をテーブルについて勢いよく立ち上がる。


 二人とも、ガレウスの判断に納得がいっていないのだろう。

 だが、内心では分かっているのだ。

 ガレウスの判断も間違いではないと。


「お前たちの言い分もあるだろう。しかし、私はこのウィルゼスト領の当主として、貴族として、民を守らなければならない。そして、一人の父親として、子供たちの盾となるのは当然のことだ」


 強い覚悟の宿った黄金の瞳。

 でも、どこか暖かくて切ない表情。

 父上のこんな顔は、初めて見る。


「アルス、マルス。このウィルゼスト家の長男と次男として、お前たちが生まれてきてくれた事……嬉しく思う。来年から、お前たちには学園生活が待っている。きっと、辛いことや苦しいことに直面する時もあるだろう。だが、お前たちなら、そんな苦難も乗り越えて行けると信じている」


「……父上」

「……っ」


 兄二人は拳を握りしめ、肩を震わせる。


「セリア。昔からお前はお転婆で、皆をよく振り回していたな。それが、今ではこんなに立派になった。魔法の才に恵まれ、魔法の創出まで成し遂げた。本当にすごい子だ。あとは、面倒見の良いお前には、この兄二人を託そう。突っ走りがちな二人を、叱ってやってくれ」


「仕方……ありませんわね」


 その長い髪で目元は見えないが、歯を食いしばっているのが分かる。


「そして、ノーグ。お前の才能は、他の者たちとは一線を画するモノがある。この二ヶ月で、お前に何があったのかは分からない。だが、その力は……周囲を巻き込み、お前自身をも呑み込まんとするだろう。だからこそ、その才を人のために使うのだ。いざという時、お前が助けた誰かが、きっとお前を救ってくれる。……そして、ヘレナのことを……頼んだぞ」


「承知しました」


 そう。

 これが普通だ。


 この世界の住民にとって、魔物大進軍スタン・カラミティというのは天災レベルの脅威。


 しかも今回は、『禁域』の魔物が徒党を組んで攻めてくるのだ。

 それを迎え撃つということは、死にに行くようなもの……。


 まるで、最後の別れのような会話。


 ガレウスは王都へ救援要請の連絡をすると言って、食卓を後にした。


 ボクも、今の兄上たちに掛ける言葉はない。

 ひとまず放置して、ヘレナを連れて部屋へと戻る。



 ガレウスがなんと言おうとも、ボクとヘレナは戦うことになる。

 敵の狙いがボクたちなのだから当然だ。


 ボクたちが何かしなくても、向こうからやって来る。



 嫌な静けさが、辺りを包み込む。



 まるで、全てを呑み込む闇のように。


 

 じっくりと、足を踏みしめ、近づいてくる。



「来てるんだろ? 入っていいぞ」



 ボクがそう言うと、扉がゆったりと開かれ、一人の男が入ってくる。


 スキンヘッドの頭に、糸目。

 筋骨隆々の肉体。

 重厚な鎧を纏い、剣を腰に携えている。


 騎士団第5部隊隊長──ザック・グレゴリウス。


「ノーグ様、こちらにいらっしゃったのですね……」


「猿芝居はしなくていい。お前が敵だというのは分かっている」


 瞬間、ザックの微笑みが、邪悪なモノへと変貌する。

 糸目が開かれ、赤い瞳が爛々と輝く。


「まったく……。本当に厄介極まりない方ですね。貴方のせいで、折角の計画が台無しです」


「それは良かった。しっかりと嫌がらせをしたかいがあったよ」


 その赤い瞳が細められる。


「ま、お前たちの計画なんて、何一つ詳細は知らないんだけどな……」


「だからこそ末恐ろしい。大方、レーナ様から当時の状況を聞いたのでしょうが、それだけの情報量で、よくここまで出来たものです」


「お前たちの戦略は、分かりやすい方だからな」


 グラシオン王国での騒動。

 教団は、目立たないように動くことを徹底していた。


「バラモンド侯爵家を操って、反乱と思しき動きをさせたんだろ? さらに魔物大進軍スタン・カラミティを発生させることで、東西に兵を分散させる。ダメ押しに、都内でも闇ギルドの連中を暴れさせることで、三つの隠れ蓑ができる。あとは混乱に乗じて、あっさりヘレナを回収する……そんなとこか?」


「素晴らしい、全て当たっていますよ」


 ザックは手を叩き、純然たる賞賛を送ってくる。

 やや興奮しているのか、口調が少し上ずっている。


「なら、お前たちの隠れ蓑になりそうなヤツらを、一つ一つ潰して行けばいいだけだ」


「クフフ、確かに単純な話かもしれませんが、それを即座に決断し、実行できるかはまた別のお話。これがまだ学園にも行っていない子供の思考力と言うのですから、こちらとしては恐怖でしかありませんよ。いやはや、本当に素晴らしい」


 極めて友好的な口調。


「随分と褒めてくれるじゃないか。ボクたちを仲間にする気満々といったところだな」


「やはり知っていましたか。その通りですとも! 貴方がたは今夜、我々の同志となる。……ご同行、願えますかな?」


 ザックは怪しい笑みを貼り付けながら、近づいてくる。


「少しだけ寄り道をしよう」


「……寄り道、ですか?」


 ボクは指を弾いて音を鳴らす。

 すると、ボクの影が蠢き、部屋全体を包み込む。


 泥沼にハマるように、闇が全てを呑み込んでいく。

 やがて、闇は影へと戻り、周囲の光景を映し出す。



「ここは、まさか……」


「ポッポの森だ」


 ウィルゼスト領の南にある小さな森。

 ボクが魔物に洗脳を使った場所。


「擬似的な転移魔法ですか」


「ああ。闇魔法の応用で、パスを繋いだ影の場所に転移できる」


 ボクの隣には、洗脳魔法を受けたゴブリンがいる。


 コイツがいる場所を転送先の座標にして、転送魔法を発動させればいい。


 ん? いつそんなの覚えたのかって?


 地下水路で魔法陣を解析した時だ。


 あれはもう、魔法陣という完成した品が目の前にある状態。

 それを模倣するだけなら難しくはなかった。

 まだ拙い部分もあるが、闇魔法で補助してやれば、問題なく実用可能だ。


「……なるほど。しかし、なぜこの場所に?」


「お前ら教団も、この森でしたいことがあったんだろ? 先に答え合わせをしたいと思ってな」


 昨日のことだ。

 ザックが酒場で、南側に念話を飛ばしていることが分かった。


 すぐにポッポの森の魔物たちには、監視体制を強化するよう命令。

 結果、少数ではあるが、教団の人間が出入りしていることが分かった。


「この森を教団が狙っていたのは間違いない。となると、目的はその立地か、魔物にあると見るべきだ。そしてお前たちには、魔物を統率できる優秀な『指揮者』がいるだろ?」


 教団には、魔物大進軍スタン・カラミティを故意に発生させられる人物がいる。

 となれば、やはり目的は魔物。


「ボクが支配した魔物でも、奪うつもりだったのか?」


 洗脳魔法は絶対ではない。

 より強い支配力を持つ者が上書きすれば、その通りになる。


 辺りがシンと静まる。

 それを遮るのは、ボクたちの背後から近づいてくる足音。


「噂通り……いや、噂以上か」


 現れたのは、黒いマントに身を包んだ長身の男。

 深い青色の長髪。

 他の教団の人間よりも、装飾などが豪華だ。

 つまり、それだけの地位を持つ人間ということ。


 そして、ボクには見覚えがある。


「ウィルゼスト家の三男、ノーグ・ウィルゼスト」

 

「アンタが『指揮者』だな?」


「いかにも、邪神教団『ビリシオン』の序列5位──『奏者』だ」




 ……ちょっと待て。

 知らない情報がいっぱい出てきたぞ。


 ビリシオン? ってなんだ?

 ファルネラじゃなくて?


 それに『奏者』……?

 原作だと『指揮者』だったんだけど……。


 ヘレナやベリオンとの戦いで、原作知識と現実に差異があることは分かっていた。

 システムと違い、リアルでは技の応用が効く。


 だが、それにしても固有名詞が噛み合わない。

 山賊の首領も、オレオかと思ったらブヒータだったし。


 どうしてこうなった……。



「では、我々の任務遂行のため……来てもらうぞ」



 『奏者』の声に、意識が現実に引き戻される。


 そうだ。

 名前などこの際どうでもいい。


 明確なのは、コイツらがボクたちの敵であり、邪魔な存在であること。


「ノーグ様、こちらは私にお任せを」


 ヘレナの視線は、ザックに固定されている。

 それに加え、魔力の高まりが凄まじい。

 やる気十分ということか。


「分かった。そっちは任せたぞ」


「はい、ノーグ様もご武運を」


 ヘレナが離れていくのを尻目に、ボクは目の前の男に集中する。


 相手は序列5位。

 原作では8位だった。


 うん、もう原作知識に頼るのはなしだ。

 当たっているところもあれば、間違っているところもある。


 そんな不確かな情報を前提に、組み立てることなどありえない。

 知識を鵜呑みにすると、足元をすくわれる。

 

 原作では、音属性の魔法を使っていたが、それに惑わされてはいけない。


 あくまでもこれが初見。

 しっかりと様子を見て、適応する。


 ボクは真剣を抜き、一歩ずつ距離を詰めていく。


「そうだ。アンタには、聞きたいことがあった」


 一つ、ボクの中でハッキリしないことがあった。


「ほぅ、何でしょうか?」


「ヘレナの……レーナ・グラシオンの家族は、全員死んだのか?」


 ヘレナの記憶だけでは、不確かな部分もあった。

 特に、母親と兄については、ヘレナ自身が死体になったところを見ていない。


 教団の幹部……それも、おそらく三年前の王国襲撃に参加していた奏者コイツであれば、何か知っているかもしれない。


「そうですねぇ……私は王城までは出向かなかったので、実際に見たわけではありませんが、全員死亡したと聞いていますよ」


 嘘か誠か。

 判別はつかないが、嘘をついているようには見えないし、つく必要もコイツにはない。


「ただ、王太子のエルロードは私が始末しましたので……彼だけは、確実に死亡していると言えるでしょう」


「そうか」


 ボクは身体全体に魔力を循環させる。


「他に聞きたいことは?」


「──無い!」


 魔力を爆発させ、奏者との距離を消し去る。


 刀身に雷を付与。

 爆発力と威力を底上げし、上段から振り下ろす。


 奏者の頭に当たる寸前、ボクの剣が停止する。


 剣が止まった空間には波紋が広がり、まるで水面のよう。


「野蛮ですねぇ」


 奏者は、手の甲でノックするように、その波紋の中心点を叩く。

 瞬間、それは強烈なとなってボクを吹き飛ばした。


 強烈な音。

 それは、人体や精神に深刻なダメージを与える。


 案の定、ボクの身体は平衡感覚を失い、受け身も取れず地面に転げ落ちる。


「……」


 激しい耳痛じつう

 身体の痙攣けいれんと嘔吐感。

 オマケに鼓膜まで損傷している。


 普通なら、戦闘などできない状態。


 だが、


「本当に、回復魔法を習得しておいて良かった」


 地面に落ちてから、僅か0.1秒で身体の異常部位を全て把握。

 そこから回復まで0.1秒。

 全回復までに要した時間は0.2秒。

 これが修行の成果である。


 うん、それは……まぁいい。

 良いんだ。

 素晴らしいことだからな?


 だが、一つ聞きたい。



 なんで『奏者』の攻撃は原作とまったく同じなんだ!

 これはボクへの嫌がらせか?


 中途半端に原作知識が当たっているせいで、余計ややこしくなっている。


「なるほど、流石の回復力です。では、もう少しアップテンポに行きましょう」


 ボクがこの世界に転生させたであろう神に向けて呪詛を唱えていると……奏者が再び音の衝撃波で攻撃してくる。


 周囲の魔力の流れから、攻撃の範囲、大きさ、速さを瞬間的に察知。


 ボクはあえて、眼前に防御魔法シールドを展開する。

 超高速で生成される魔力障壁。

 その数三十枚。


 音の塊が障壁とぶつかり合い、すぐに三枚の障壁が弾け飛んだ。

 と同時に、音の衝撃も霧散していく。


「なるほど」


 音属性は、一撃の火力に特化した魔法。

 つまり、何十枚もの障壁を割るほどの持続力はないのか……。


 今度は奏者の周りに波紋が四つ浮かぶ。


 即座にその場から飛び退くと、次の瞬間には地表が抉り飛ばされていた。


解析アナライズ


 すかさず、音魔法の詳細を調べる。


 空中に浮かび上がる波紋。

 音と衝撃波。


 ……どうやら、音属性は派生属性というよりかは、複合魔法と呼ぶべき代物のようだ。


 使っているのは、雷、水、風の三属性。


 雷魔法で生み出した音……その振動を、風魔法で指向性を設定できるようにする。


 そして、あの空間の波紋は水で形成された膜だ。


 水は、空気よりも早く振動が伝わる。

 分子の密度が高いからだ。


 水の膜を音源に設置することで、振動を加速させ威力を上げている。


 つまり、雷で音を発生させ、水の膜を通すことで威力を底上げする。

 そして、風魔法で衝撃を圧縮し、方向を定めて発射、というわけだ。


「随分と器用だな」


「私の音魔法、なかなかのモノでしょう? 魔法とは芸術なのです。一つの属性でも、美しい音色を奏でる。しかし、複数の属性を組み合わせることで、より重厚的に、より断層的に、より力強い旋律となるのです」


 自身の魔法に自信があるのか、なにやら饒舌じょうぜつに語り出す奏者。


 だが、音魔法についてはもう分かった。

 対処もおそらく可能。


 唯一まだ分からないのは、最初の一撃を止めたカラクリだ。

 手応えがまるでなかった。


「引き出すしかないな……」


 ボクは魔力を雷へと変換し、全身に稲妻を纏わせ超速で接近する。

 体勢を低く保ち、剣を横に一閃。


 ヤツに届く寸前でまた剣が止まり、空間に波紋が浮かぶ。


 奏者の手が虚空を叩く。


 ボクは攻撃を中断。

 雷の速度で回避し、そのまま頭上へ……。



強く奏でろフォルテ雷鳴震空波ギガ・クエイク



 奏者の周りの空間、その全てが波紋に包まれる。


 全方位への超音波。


 雷鳴を乗せた衝撃波ソニックブームが、断続的に響き渡る。


「───くっ!?」


 咄嗟に展開した二十枚の魔力障壁は、どんどん砕け散っていく。


 奏者がボクの位置を捉える。

 全方位にあった波紋が一点に集中。


 奏者は波紋の中心点に掌をかざし、


轟け咆哮アジタート


 魔力の高まり。

 全身に緊張が走る。


狂雷の翠風歌ギル・トラウゼスタ


 極限まで圧縮された雷弾が、ボクの防御魔法シールドに直撃し、一瞬で貫通。


 防御魔法シールドで稼いだ刹那の間に、魔力で強化した剣を割り込ませる。


 ボクは空高く吹き飛ばされながらも、雷弾を受け流す。


 だが、奏者は指揮者のように両腕を振るい、追撃を放ってきていた。


 視認できない衝撃の塊。

 直撃は避けても、余波でダメージを受ける。


 ボクは地面へと落ちた。


「痛ぇ……」


 地面に大の字で寝転びながらも、回復魔法で傷を治す。

 すぐに立ち上がり、ゆっくりと近づいてくる敵を見つめる。


 目を逸らさず、冷静に。

 少しずつ、集中力ギアを上げていく。


「ふぅ……」


 剣を止めたカラクリ。

 あれは闇魔法──『減速スロウ』だ。


 自身の身体を起点に展開されている。


 通常の『減速スロウ』だと、相手の動きを少し遅くする程度。


 だが奏者の場合、練度が高すぎてもはや別物だ。

 ヤツに近づくにつれ、ボクの動きが一気に遅くなる。

 まるで止まったと錯覚するほど。


 つまり奏者は、雷、水、風、闇。

 少なくとも四つの属性に適性を持つ。


 圧倒的な破壊力を持つ音魔法。


 その威力と範囲。

 反応から発射までの速度。

 飛距離。


 闇魔法による鉄壁の守り。

 『減速スロウ』を突破しなければ、奏者に攻撃は通らない。


 いや、大丈夫。

 


「慣れてきた」




◆◇




「クフフ、私の相手はレーナ様ですか……」


 くらい森の中、相対する二人の人物。

 狂気的な笑みを浮かべるザックと、一貫して無表情のヘレナ。


 ヘレナには、目の前に立つ男の顔に見覚えがあった。

 髪型、目元、鼻筋、口、輪郭、ガタイ。

 全てが違う。


 しかし、この独特の笑い声。

 あのおぞましい笑み。


 忘れもしない。

 あの夜の記憶。


「生きていたんですね。邪神教団幹部───バリアコルゼ」


 全てを奪った男の姿と重なる。


「……驚きました。私の擬態を見抜くとは。どうして分かったのです?」


「……」


「おや、無視ですか……悲しいですねぇ」


 口ではそう言いつつも、張り付けた笑みは変わらない。


「では改めまして自己紹介を。私は邪神教団──『ビリシオン』序列10位。『亡者』のバリアコルゼ。どうぞお見知り置きを」


 ヘレナの身体は、どんどん熱くなって、頭の中は激しい感情が渦巻く。

 しかし、同時に酷く冷静でもあった。


 視界は既に、アメジストに染まっているにも関わらず。


 怒り、憎しみ、嫌悪。


 それらの感情が際限なく高まり、もう突き抜けてしまった。

 激情に狂いながらも、冷静な精神状態。


 バリアコルゼが騎士剣を構え、ヘレナへと突貫とっかんする。


 その動きを、ヘレナは色のない瞳でじっと見つめていた。


(前までは気付かなかったけど、今ならよく分かる。──この男の本質が)


 魔眼がよく馴染む。

 それは、バリアコルゼの真実すらも看破する。



 魂食いソールイーター



 肉体を転々とし、殺した相手の魂を蓄える力。


(バリアコルゼを殺すには、命のストック……即ち、蓄えられた魂の数だけ、ヤツを殺さなければならない)


 そして、現在バリアコルゼの持っている魂の数は五十。


(この男に最も有効なのは、今使用している肉体の破壊)


 袈裟斬りに振り下ろされる騎士剣に対し、ヘレナは氷剣で薙ぎ払う。


 瞬間、バリアコルゼの後方一帯が凍てつき、氷塊へと変わる。


 肝心のバリアコルゼにいたっては、身体は堅氷けんぴょうに包まれ、首から上はすでになくなっていた。


 肉体が使えなくなれば、中にいるバリアコルゼの魂も死ぬ。

 それを回避するためには、肉体を捨て、現実世界に出てくるしかない。


「クフフフフフフ!! やはり見えているんですねぇ!! 私の魂を!!」


 現れたのは、羊のような顔をした、青紫の肌をした怪物。

 背には翼が生えており、空を飛んでいる。


「魔族、ですか」


「いかにも、我こそは偉大なる魔ぞ──」


 バリアコルゼの身体が爆散した。


 今のバリアコルゼは、魔力で作った仮初の肉体を使っている。

 魔素を視覚できる魔眼との相性は、最悪と言っていい。


「クフフ、やはり強力ですね……。その魔眼は──」


 蓄えていた魂を使い、復活するバリアコルゼを、すかさず破壊していくヘレナ。


 一つ一つ丁寧に。

 復活したそばから爆発させ、凍らせ、切り刻む。


 それを只々ただただ繰り返す。


 十、二十、三十、四十と。


 勝敗は既に、決していた。


「やはり、こうなりますか……」


 四十九体の破壊。


 最後の一体となったバリアコルゼは、達観したように呟く。


「私ではレーナ様には勝てない。これは純然たる事実です。しかし、貴方もまた私を殺すことはできない。何故なら、この魂は私の本体から切り離した、断片に過ぎないからです!」


 高らかに宣言するバリアコルゼ。


 常に余裕そうだった理由。

 それがここに来て判明する。


「この断片を殺したとしても、本体を殺さない限り死にはしない。何度私を破壊したところで無駄なのです」


 これこそ、彼が三年前のヘレナの攻撃から生き延びたカラクリ。

 あの場所にいたバリアコルゼは、確かに死んだ。

 だが、あれも分身体であったため、本体には何の影響も無かった。


「もう理解したでしょう。この戦いには、なんの意味もないのです。……さぁ、我々のもとに来なさい」


 バリアコルゼは、歪んだ笑みを作りながら右手を差し出す。

 しかし、

 

「知っていますよ」


「……ん?」


「私には全て見えています。貴方の本体がいる位置も、はっきりと」


 どこか、確信を持っていると思わされるほどの力強い言葉。

 その六芒星の浮かぶ瞳で、ヘレナは虚空を見つめる。


「ふんっ、面白い冗談だ。ならば言ってみるがいい、その場所の名を……」


「ヴァルハイル密林の中腹」


「……は?」


 バリアコルゼから間抜けな声が漏れ出る。


「言ったでしょう? 全て見えていると」


「くっ……しかし、位置が分かったところでお前には何も出来まい」


「できますよ? まだしていないだけです」


 淡々と答えながら、バリアコルゼへと徐々に近づいていくヘレナ。


「せっかく、貴方を五十回も殺せるんです。あっさりと終わらせてしまっては、勿体ないでしょう?」


 ヘレナの瞳に映る闇が、深く、濃くなっていく。

 それと同時に、ヘレナの魔力もまた膨らんでいく。

 制限されていた魔力、その全てがただ一人へと注がれる。


 瞬間、バリアコルゼは完全に呑まれた。

 身体はガタガタと震えだし、冷や汗が止まらない。


 その断片の情報は、すぐに本体へと伝わった。


(に、逃げなければ……。逃げなければならない。早く、密林から脱出するのだ!!)


 余裕などとうに消え失せ、生き延びることだけを考える。

 背後からずっと見られているような、そんな感覚に襲われながらも、密林脱出の準備を整える。


 そして今、身体強化を全力解放。

 密林を飛び出し、ポッポの森から距離を取る。


 しかし、

 

「そろそろ終わらせましょうか」


 ヘレナは広げた右手をスッと掲げ、魔眼で断片と繋がる本体の位置を捕捉。

 本体の身体に流れている魔素を操作して、


「死になさい」

 

 右手をキュッと握った瞬間、密林を飛び立ったバリアコルゼの肉体は爆発した。

 それと同時に、分身体であるこっちの身体も霧散していく。


「……」


 だが、ヘレナの心は揺れ動かない。


 仇討ちができた嬉しさも、こんな男に好き勝手にされた怒りも。


 何も無い。


 ただ、ヘレナの中にあるのは一つだけ。



(ノーグ様、今行きます)

 


 自分を救い出してくれた英雄に対する、絶対的な忠誠だけだった。



 ヘレナが、ノーグのいる場所へと走り出そうとした時──




 


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