第2話
実家の屋根裏部屋が、ずっとあたしの部屋だ。大人になった今でも実家暮らしをしているから、あたしはまだこの部屋にいた。電気を点けていない部屋に、月明りが一筋差し込んでいる。開けた窓からはほのかに夏の匂いをはらんだ涼しい空気が入ってきて、あたしが吐き出した煙草の煙をかすかに揺らした。
今あたしが付き合っている彼氏は、ジャズが好きだ。毎週水曜日、この時間はラジオでジャズを聴く。彼氏に感化されて、あたしもこの時間はラジオアプリで同じ番組を聴くようになっていた。
そんなある水曜日、あたしは飲みなれない缶ビールに口をつけていた。一昨日届いた手紙が、あたしに缶ビールを買わせた。タバコを吸っているせいもあるのか、酔いが回るのが早い気がする。少し頭がくらくらした。
届いた手紙は、結婚式の招待状。
そう、香織と圭太の式だ。二人は大学を卒業しても付き合い続けて、ついに結婚に至った。ちなみにあたしと彼氏の間には、まだそんな話は出ていない。
真っ白なドレスを身にまとい、ブーケを持ち、くしゃっとした笑顔を浮かべる香織の姿が思い浮かぶ。想像の中でさえ愛らしいのだから、本物の香織はきっともっと可愛くて美しいはずだ。
どんなドレスを着て行ったら、あたしは香織の中に特別な存在として残るのかな。
なんて言葉をかけたら、香織はあたしだけを見てくれるのかな。
煙草をくゆらせ、苦味の強い缶ビールを流し込みながら、ぼんやり考える。
あたしが何をしても、香織があたしに向けてくれる「好き」の意味は変わらないのに。
あの日、あたしの恋は終わったんだ。香織の手を握る役目は、とっくに圭太に代わってしまった。
雪が積もる河川敷を転がり落ちてくしゃくしゃになったあたしの想いが、小さな痛みを放つ。でもそれを鎮める術なんて、あたしは知らない。全部消えて欲しかった想いだったのに、それを失ってしまったら香織との思い出までなくなってしまいそうで、あたしは小さく潰れた想いをずっと胸の奥にしまい込んでいた。その想いが、存在を再びアピールしてくる日が来るなんてことも考えずに。
きみからの招待状になんて返事をしていいのか分からないまま、あたしはぼんやりと月光に揺らめく煙草の煙を眺めていた。
なかったことにできなくて Akira Clementi @daybreak0224
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます