光る命よ星の墓場は直ぐそこに

ハロイオ

第1話

「熱湯と冷水を混ぜるとぬるま湯になるが、逆に分離することは出来ない。壊れた皿を戻すことも出来ない。これはエントロピーという数字に時間と共に増大する性質があり、低エントロピーの状態から高エントロピーには出来ても逆には出来ないからだ。電気や光もエントロピーが低いが、熱などのエントロピーの高いエネルギーに変換すると100パーセントは戻せない」

「熱力学の第二法則だな」

「地球は生命体のようにエントロピーを排出しているとも取れる。それには限界がある」

「何故だ?増大の限界なのか?」

「エントロピーを増大させるのはあらゆる物質系が行うことであり、それを外に追い出すのも生命や様々な構造物が行っている。追い出すこと自体が問題なのではなく、排出する口が詰まっているのが問題なんだ」

「詰まっている?」

「たとえば太陽の低いエントロピーの光を吸収した地球は、雲での反射などを通じて、高いエントロピーの光を宇宙に追い出している。こうして地球のエントロピーは低く保たれ、雨などの水や物質の循環が続いている。だが人間の文明により増大したエントロピーは、排出する場所が少な過ぎる」

「そのエメラルド・メーザー発振器と関係があるのか?」

「メーザーは光の粒子のエネルギーを集中させられるが、これは粒子のエントロピーをきわめて低い状態にしているのだ。非平衡の状態を保つ意味で、生命に近いかもしれない」

「レーザー生命体なんて考えたこともなかった」

「少なくとも、太陽のプラズマや地球の地殻の対流は、自己組織化しているという考え方もある。対流が生命の構造に関わるという学説もある」

「それで?」

「このエメラルドにより発振されるメーザーは、不純物の影響か、光子の群れが自己組織化して低いエントロピーを理論より低く保つ、言わば光の生命体なのだ。その低エントロピー機構を利用して、地球の雨雲を刺激しようと考えている」

「何故そこまでする?」

「人類の歴史を1年にたとえるカレンダーでいえば、エントロピーの増大による人類の寿命は、あと5分もないという試算が出たからだ」

「この光の命が、救ってくれると?」

「分からない。ただこの人工エメラルドの研究が進んだのに、何かの巡り合わせを感じるんだ」

「地球は死にかかっているというのか?」

「地球生命説というのもあるし、そこにエントロピーの要素も入っているから、繋がるかもしれない。しかし地球を生命とみなしても、意識があるとは言わない人間もいる。地球がエントロピーによる自分の死を予感してこのエメラルドを作り出したとは思えないし、レーザーも地球生命説とどこまで関わるか分からない。ただ私はこれに賭けてみたい」

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