第17話 王女の秘密



ピクニック・アフタヌーンティの撮影は、始まることもなく終わった。

公園は数本の若木が幹ごと裂けるほどの衝撃で、人々は「巨大な竜巻が起きた」と大騒ぎしている。

私たちは意識がない王女を抱き上げ、どさくさに紛れてその場を退散した。



家まで車で戻り、目を覚まさない王女をリビングのソファにそっと寝かせて、トルキアと見守っている。紺ちゃんは、ユミルに自宅へ送り届けてもらった。


「外傷はないようだが……」


「おそらく、“力”を使ったせいかと……」


目を覚まさない王女を案じるトルキアにそう説明すると、近衛師団長は難しく眉根を寄せる。


「では……先程の封鎖は…………」


徹は頷く。あれは自分の放った力ではない。王女のものだ。


「カノン様があの風穴を塞がれました。あれほどの人数でこじ開けてきた風穴をです」


こちらの世界を行き来するには、“道”をつくる必要がある。


我々のような能力を持つ者は限られていて、先刻のように雑兵までを異世界に持ち込むには、かなり巨大な風穴を開けないといけないのだ。しかも“向こう側”からはその風穴をさらに広げようとしている力が来ていた。


――かなりな数の術師がいたはずだ。


風穴――こちらの世界風に言うなら“異空間との結節点”――は、普通はとても小さくしか開かない。だからふいに行き来することがあっても、姿を現すのは蝶のように小さな妖精や人間の膝丈くらいしかない精霊だけで、それがこちらの世界でファンタジックな存在として認識されている理由だ。


我々のような人間サイズとなると、出入りする空間もそれなりの大きさが必要になる。

自然にできる風穴ではないので、呪術で開くことになるのだ。そして、先ほどの襲撃は巨大なサイズの空間を開こうとしていた。


国が認める呪術師を集めても、ちょっとやそっとでは開かない大きさだ。自分でも抗いきれず、かなり火だるまになりながら応戦していたのに、王女は一人で塞いでしまった。


「……馬鹿な」


トルキアも、信じられないという表情で眠ったままの王女を見つめる。

そう言いたくなる気持ちは、私にもあった。


「……」


王族は生まれながらに力を受け継いでいる。こちらの世界風に言うと“魔力”だ。だが、その力を発揮できるのは男子だけで、女性は力を次世代に引き継がせることしかできない。

だから、我々は先王の遺した唯一の姫君であるカノン王女を守ってきたし、国へ戻ってもらろうと考えていた。



――だが……華乃さんは自ら魔力を発揮した。


あり得ないことだ。だが現実に起きている。

そしてもしかするとこのイレギュラーな状態こそが、十七年前のクーデターと関係しているのではないかと思えてならなかった。


王弟による突然の包囲は、王女の生誕を祝う行事の最中に起きた。それは、この王女がこんな風に前例のない異能を持っていると知っていたからではないか……。


――全ては、推測でしかないが……。


前国王夫妻は殺されている。そして王位を簒奪した王弟も父が国を奪還した際に自害していた。その世継ぎだった第一王子クリフトスと、第二王子エフェスも、死んだと言われていた。

真相を知るものは、もう生きていないのだ。


「ん……」

「華乃!」


華乃が目をこすり、トルキアは“娘を案じる父”の顔で枕元に寄り添う。

王の身辺を守る近衛の長であるトルキアは、本当に王女を国王に代わって守り、育てることに生涯を賭けた男なのだ。


「あ……おとうさん…………」

「大丈夫だったかい、華乃。どこか、痛むところは?」

「ううん……お父さんこそ、大丈夫だった?」


紺ちゃんは、ユミル母さんは……と起き上がる王女を助け、トルキアは状況を説明した。


「紺乃さんは腕にかすり傷を負ったけれど、跡が残るほどではない。お母さんが、きっとあちらの親御さんにきちんと謝罪する」


「そ……か……」


敵は風穴の反対側から無数の“網矢”を放って、ユミルや紺ちゃんたちを生け捕りにしようとしていて、トルキアはその網状に伸びてくる矢を切り落しながら王女を保護しようと必死だったようだ。


「助けに行けなくて、すまなかった……」


「そんな。お父さんが助けに来ようとしていたの、ちゃんと聞こえてたよ」


無事でよかった……と華乃は土まみれの頬で笑った。


「もう、みんな死んじゃうんじゃないかってすごく怖くて」


「だから、華乃も戦ってくれたのかい?」


核心を突く問いだったのに、本人はまるで気付いておらず、照れたように頭を掻いている。


「あ、あれってやっぱりそうなの? 夢中だったからよくわかんなかったんだけど」


「華乃からすごい力が放たれたから、てっきりわかっているものかと思っていたが、どうやったんだい」


「ううん、全然。ぱーんって弾けるような感じはあったけど、別に意識はしてなかったよ」


言ったあと、華乃はこちらを見た。


「徹君こそ、すごい焔に包まれてたけど、火傷とか、怪我とかはなかった?」


「私は大丈夫です」


ほっとしたように笑みを見せる華乃に、丁寧に礼を言いながら内心で驚く。


――あの焔が見えていた……?


力のない者には視えないはずだ。王族とはいえ、女性の彼女には視えないはず。


――カノン様…………貴方は…………。


髪の毛には木の葉が挟まり、せっかくのドレスも泥だらけになっている。けれどそんなボロボロな姿の華乃に、徹はとてつもない力を感じた。


自分では到底及ばないほどの能力を発揮する王女。無邪気に笑い、故国の大事より学校の部活のほうが大事な、平凡な女子高生。


アンバランスな彼女持つ未知の可能性を考えると空恐ろしい。同時に、やはり王女は故国に欠くべからざる重要な存在だ。


なのに何故だろう。このままこちらの世界に置いておきたい気持ちが生まれてしまった。


「……」


こちらの世界で幸せに暮らさせてあげたい。のん気で、お人よしで、真っ先にこちらを心配してくれるような王女を、この世界で安全に生きさせておきたいと思ってしまう。


「もうさ、徹君が焼け死んじゃうんじゃないかって思って……たぶん、だから夢中で戦えたんだと思う」


――華乃様……。


「やっぱり、わたしもちゃんと王女さまだったんだねえ」


屈託ない笑顔に、徹は微かに笑みを隠して頷いた。


「ええ……」




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