第15話 お茶会動画
夏休みも折り返し地点を過ぎようとしていた。
わたしと紺ちゃんが通っている学校は一応進学校なので、夏休みは若干フライング気味に終わる。新学期になったら黒染めで学校復帰するので、動画は今のうちに撮らなければならない。
ようやくユミルお手製のドレスも出来上がり、我々は炎天下なんだけど、頑張って代々木公園に向かった。
お父さん、ユミル母さんも全面協力だ。お父さんなんて、レンタカーを借りて衣装や買い集めた茶器なんかを積み込んでくれる。
「お父さん、免許なんか持ってたんだ」
「ああ……まあね」
「……」
まさかそれも“蛇の道はへび……”的なことじゃないでしょうね、と思うけれど、そこは突っ込まないでおく。
「わあ……暑いね~」
「紺ちゃんとロケハンしてきますから、お二人ともそこを動かないでくださいね」
「はあい」
ユミルと紺ちゃんが撮影場所を確保しにいく。お父さんは車を駐車しに行っていて、わたしは徹君と木陰で荷物番だ。
わたしはこのあと撮影用の衣裳に着替えるのでラフな白Tシャツとデニムだ。徹君はカーキー色の半袖シャツに黒のデニムで、もうスマホを忘れないようにということなのか、ウエストポーチを付けている。すごく普通の格好なのに、モデルっぽかった。
前よりは沈黙していても気まずくない。
そして、気軽に話しかけられるようになった。
「徹君、カメラの操作方法、大丈夫そう?」
「はい。何度か試しに撮ってみましたので……」
「どれどれ」
徹君にはカメラマンをお願いしている。ずっと紺ちゃんちでコンテ制作のところから見ているから、適任だと思ったのだ。
「わあ、徹君、撮影うまいね」
「そうですか?」
「うん、初心者とは思えないよ」
見せてもらったスマホの動画は、なかなかいいアングルだ。何よりも歩いて移動しているのに画面が揺れていない。
「さすがだよ……普通、歩いて撮ると揺れるんだよ」
護衛者としての腕前も、きっとすごいのだろう。揺らさずに歩くには、体幹がしっかりしていないとできないと聞く。
感動して褒めたら、徹君はエレガントに苦笑した。
「ありがとうございます」
イケメンは、賞賛されても動じない。褒められ慣れてる感じがする。
――それも流石だよ。
でも、自分だって少しは進歩した。こんな風に、徹君と話せるようになったのだ。
――まあ、徹君の歩み寄りのおかげなんだけど。
夏祭りでの迷子騒動はお父さんの肝を冷やしたようだけど、おかげでわたしたちはちょっと話せるようになった。こういうの、“雨降って地固まる”とか言うんじゃない?
――よかった。
まだ、全然解決したわけではなく、わたしの見た目は相変わらずお姫さま系美少女のままだし、敵とやらの正体も全くわからないけれど、わたしはこの不思議な四人暮らしに慣れつつあった。
敬語が消えない徹君は、少し緊張する同居の従兄みたいな気持ちになりつつある。
代々木公園は、土日ともなると大道芸をする人やデート、ピクニック、お散歩、飲み会の人まであふれかえる場所だ。でも、夏休みとはいえ平日で、しかもかなりの炎天下なのでやや人が少なめなのがありがたい。
先発隊のふたりは、そこそこ木陰で蚊が少なそうなベストポジションを見つけてくれた。そのうち車を置いたお父さんも戻ってきて、我々は荷物を両手に公園の奥地へと向かう。
「けっこう、モデル撮影とかもやってるね」
「すごいねー、陽射しカンカンなのに……」
ピクニックバスケットやドレスを入れたスーツケースなんかをゴロゴロ引きながら、わりと自分たちと同じようなことをしている人がいるのに興味津々だ。
でも、これでわたしたちもそんなに目立たないで済むというのがわかってホッとする。動画撮影だとはわかってくれるだろうけれど、痛い奴だという目で見られたらどうしようと心配だったのだ。
よく見たら外国から来ている観光客とみられる人々もいて、金髪碧眼でドレスを着ても、まあまあ“ガチコスプレかな”で済ませられそうな空気だ。
選んだ場所は大きく枝を張った
「じゃあ、私たちはセットを組んでおきますから、華乃様は着替えていてください」
「うん!」
徹君が華乃呼びしてくれるようになって、ようやっとユミル母さんもわたしを名前で呼ぶようになった。まだ“様”付けなんだけど、でもカノンだなんて知らない名前で呼ばれるよりずっと落ち着く。
「できました。どうぞ」
「ありがとー」
徹君が、海辺なんかで着替えに使うような、縦に長いポップアップテントを建ててくれる。わたしは衣裳が入ったスーツケースごと中に入って着替えを始めた。ファスナーを下ろした入り口の外側では、徹君が背を向けて見張っていてくれるので、安心だ。
「かのちん、私セットの方を手伝ってるね」
「うん!」
紺ちゃんは、紺ちゃんちのお母さんが作ってくれたサンドイッチや焼き菓子を並べる用意があるので、ユミルたちのほうへ行く。製菓道具が揃っているだけあって、紺ちゃんのお母さんはお料理が得意なのだそうだ。
水色のドレスは、本当に千葉の夢の国にいるプリンセスたちみたいに床すれすれの長さで、下からパニエを履くともうテントの中がぎゅうぎゅうになるほど裾が広がる。
鎖骨が見える程度に開いたデコルテ。水色のドレスの上には青銀色に透けるきらきらのシフォン生地がたっぷりとドレープを取って覆い、左右で留められている。袖はふんわりシフォン生地でパフスリーブになっており、紺のリボンできゅっと結ばれてひらりと端が揺れてる。
アクセントカラーのサファイアブルーがいい感じに効いていて、全体にやさしい色合いなのにとてもきれいだ。靴も、ヒールが苦手なわたしのために、ユミルは厚底で高さは出るけれどフラットめのものを見つけてくれた。
鏡がないので確認できないけれど、髪の毛は出かける前に編み込んでもらっているし、大丈夫だと思う。
「よし……っ」
ファスナーを開けると、番犬のように見張っていてくれた徹君が振り返る。
相変わらず無表情でクールっぽく見えるけれど、やや鋼色をした瞳がこちらを捉えた瞬間、はっとしたように表情が変わる。
「見ててくれてありがと……あ…………どこかヘン?」
あまりにも黙っているので、ちょっと不安になる。けれど徹君はまた端正な表情に戻って少し目を伏せた。
「いえ、お綺麗です」
――わああ……。
徹君が生真面目な性格であることがわかるだけに、そのどストレートな賞賛が耳に染みる。
恭しく頭を下げられて、わたしは徹君のややクセのある黒髪を見つめることになった。
急に、徹君が言う。
「そのドレスは、華乃さんの母君の肖像画から取られたデザインです」
――え……。
「ユミルはきっと、華乃さんに過重な期待をかけていると思われないように、黙っていたのだと思いますが」
クーデターの時に前国王夫妻の肖像画はことごとく燃やされてしまい、王妃の絵姿で残っているのは娘時代の一枚だけなのだという。ユミルは、徹からその絵の王妃がどんな服装だったかを聞き取り、再現したらしい。
徹君は片手を胸に当て、
「華乃さんがそのお姿で初めて着るドレスです。宮廷デビューとは異なりますが、せめて異国の地でも、正式なものに近い形にしたかったのでしょう。だから私も、軽々しくティアラのことを答えることができませんでした……」
花冠かティアラか……紺ちゃんの問いかけに即答できなかった理由を、徹君は誠実に答えてくれた。
「そうだったんだ……」
――くだらないと思って呆れてたわけじゃないんだ。
むしろ、大切に思ってくれていたからこそ言えなかったのだ。
そう思うと、今さらだけど、勝手に憶測で憤慨していたことが申し訳なかったなと思う。
「……?」
徹君は顔を上げ、しばらく迷った表情をしてからすっとウエストポーチから何かを取り出した。
「このドレスにはティアラが似合うと思います…………おもちゃで、恐縮ですが」
「あ……」
――お祭りの時見たやつ……。
結局、徹君の迷子騒ぎで買い損ねてしまい、そのままになったものだ。
「買っておいてくれたんだ……」
「はい。これがお気に召したデザインかどうかはわからなかったのですが」
「うん。これだった……」
よくお金なんて持っていたねと感心したら、ユミルがちゃんと渡してくれていたらしい。
そっと、両手で持って編み込んだ髪の間に挿してくれる。
「ありがと…………」
すごくこそばゆい。自分がお姫様ポジションて、やっぱり似合わないと思う。けれど、今はそれを否定したくなかった。
ユミルもトルキアも、徹君もすごくわたしを大切にしてくれている。それは“カノン王女”だからという部分もあるけれど、ちゃんと“鈴木華乃”としても大事に思ってくれているのがわかる。だから、彼らが大切にしている“カノン”を否定したくないのだ。
いつまでも、この仮の生活が続くとは思えない。どんなに引き延ばしても、わたしは十八歳までに結論を出さなければならない。
――この世界に残るか、向こうに戻るか。
しかも、婚約者込みだ。難問過ぎる。だいたい、目の前の新学期だって相当なハードルだ。
でも、いやだからこそ、この動画撮影だけは特別にしておきたい。
――みんなでホントのピクニックみたいにして、優雅にアフタヌーンティをするんだ。
憧れの食器、ずっとずっと欲しかったピクニック用のバスケット。ビニールのシートなんかじゃなくて、ちゃんと簡易だけど白いテーブルと椅子で、レースのテーブルクロスがかけてある。
本当に本当の“お茶会”をやるのだ。わたしは心から微笑んだ。
「さ、行こ!」
優雅に裾を摘まみ、一歩踏み出す。なめらかに徹君が手を差し伸べてくれて、わたしはその手に手を預けてテントから完全に出た。
そしてその時、あの殻が壊れたとかいうのと同じ感じが訪れた。
――え…………。
ぐらりと視界が歪み、取られた手がぎゅっと掴まれた。
「華乃さん!」
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