第13話 夜祭りⅡ


「徹君?」


ティアラが売っている夜店まで案内した時、お父さんが急に後ろを振り返って徹を捜した。確かに、徹君が付いてきていなかった。


この人混みで見失ったのだろうか。そういうウッカリをやりそうにないキャラだと思っていたから意外だ。


――それに、お父さんもやけに慌ててるし。


「お父さん、心配なら捜しに行ってあげて。わたしは紺ちゃんと一緒にいるし」


何かあったら電話するからというと、お父さんは迷ってから頷いた。


「本当はあまり女の子二人だけというのが心配なんだが……実は徹君は今日、スマホを持っていないんだよ」


「ええっ!」


財布がないと言う以上の危機だ。三人が出発してから、ユミルが部屋にスマホが置いてあることに気付いて、お父さんに連絡してきたらしい。


「着物はポケットがないからね。意識が向かなかったんだと思う……徹君はまだ、スマホの重要性をそこまで実感していないだろうから」


表情をくもらせるお父さんを見ながら、わたしはようやく「徹君は地球初心者」というのをリアルに感じた。


徹君は難なくこちらの世界のツールを使いこなしていたから、ついそれを当たり前のように思っていたけれど、彼は電車の乗り方からスマホの使い方まで、たった半月にも満たない期間で身に付けていたのだ。

スマホに入れたアプリでタクシーは呼べるけれど、通話しているのを見たことはない。交通系ICは入っているけれど、それは自分で入れたんじゃなくて、たぶんユミルたちが全部セットアップした端末を渡したんだと思う。だから、スマホの機能をぜんぶ解ってるわけじゃなく「この時はこれを使って」という必要最低限のノウハウだけを呑み込んでいる状態なのだ。


――そうだよね。まったく知らない世界で、覚えることが満載だよね。


付け焼刃の知識だけで異世界で生きて、誰かの護衛をする……その大変さをわかっていなかった自分に反省する。


もし自分にスマホがなかったら……。現在地もわからず、連絡を取る手段もなく、見知らぬ町の見知らぬ神社で、どうやって家に帰れるだろう。

わたしは知らないうちにお父さんに命令していた。


「お父さん、徹君を捜して! わたしたちも捜すから」


「いや、二人はここを動かないで……」

「そんな悠長ゆうちょうなこと言ってちゃ駄目でしょ! 徹君、うちの住所とかも言えないんじゃない?」


もし警察が見つけてくれても、うちの住所が言えなかったら帰りようがない。

わたしは紺ちゃんと頷きあった。


「わたしたちは電話で連絡できる。だから大丈夫だよ、手分けして捜そう!」


しかしと言いかけるお父さんを黙らせる。彼らの言う、正体不明の敵襲を心配してるんだろうけど、この半月、特におかしなことは起きなかった。


「いつ来るんだかわかんないエイリアンの襲来より、目の前の迷子のほうが大事でしょ。徹君を捜して!」


お父さんに命令するなんて、わたしは随分偉そうなことをしている……と頭のどこかで思ったけれど、なんとなく自分のほうが責任者な気持ちだったのだ。

お父さんもユミルも、わたしを守るために居てくれている人……いつの間にか自然にそう思えていて、最終的に彼らに指示を出すのは自分の責任のように考えてしまっている。


ヘンだとは思う。でも、今はお父さんを動かし、徹君を発見しないといけない。


「紺ちゃんは右、わたしは左を見ながら逆走ね!」

「うん!」


お父さんとはぐれた場所からそう動いていなかったら、すぐ見つかると思う。ただ怖いのは、別れた場所から石畳の道は進行方向に向かって途中が枝分かれになっていて、実はこの場所は左折側になる。


「お父さんは右側を捜してみて、間違って直進した可能性もあるから」


「……わかった」


五分ごとに電話で定時連絡してほしいと念を押され、わたしたちは頷く。


――徹君、動かないでいて……。


迷子の鉄則だ。でも、あちらの世界でも通用するお約束かはわからない。


やぐらが建っている盆踊りのメイン会場からは、アニメソングが流れてきた。盆踊りバージョンだ。のん気さと賑わいが、今は邪魔に感じる。


「……いないね」

「声かけてみる?」

 

だいぶ歩いて、わたしたちは参詣道の入り口に着いてしまった。なのに徹君を見つけることができなくて、予想外の深刻さに背中が緊張する。


――どうしよう……。


もう、恥ずかしいとか言ってられないような気がする。人も多すぎて、くまなく見ているつもりだけれど、石畳の参詣道の反対側の店すら見えないのだ。


「徹くーん!」


「徹くーん、華乃だよー」


警護者なのだ。名乗ったら慌てて声の場所を辿ってくれるのではないかと期待してみる。

でも、ちょっと声を張り上げたくらいでは、数人が振り返るだけで効果はなかった。


「かのちん、わたしたちも分岐しよう。かたまって捜しても効果ないよ」


「……うん、そうだね」


参道はけっこう横幅がある。わたしは左側の店沿いに、紺ちゃんは右側の店沿いに歩いて、お父さんと別れた場所まで戻る。


「なんかあったら電話して!」


「うん!」


牛串と広島焼きの呼び声がでかい。かき氷やりんご飴を齧る子どもや、連れてきた親御さん、楽しそうに歩く同年代の友だち同士で、道はごった返している。わたしたちの声は遠ざかり、やがて人波にのまれた。



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