第10話 ティアラ
わたしが金髪美少女になって二週間が経った。
わたしはだんだんと通常運転に戻りつつあった。夏休みで、学校に行かなくていいのが幸いした。
バイトもせず、のんびりと昼近くに起きて、格好だけ勉強をする。机に向かうけど、スマホで紺ちゃんととりとめのないやりとりをして、やがて“会おうよ”となり、紺ちゃん家にお邪魔する。
そこで、この先どうすればいいのかとか、どうしてこんなことになっちゃったのかとか、さんざん話すのだ。
毎日
わたしの見た目は変わったけれど、現時点で宿題をやらないと新学期に困るし、異世界に戻るのは来年以降の話みたいなので、とりあえず大学受験も視野に入れておかないといけない……つまり、すごく変わったようでいて、状況はあまり変わっていない。
――多少、変ってほしくない願望も込みだけどね。
変ってほしい外見部分は変わったから、そこはいい。
はじめこそこの華々しい外見に気後れしてたけど、慣れてきた今は誰かに見てほしいという承認欲求と、「でも中身はわたしのままなんだよな」という沁みついたモブ根性で気持ちは半々だ。
わたしたちの相談事はもう次の段階に行っていて、紺ちゃん家に行くと、やることはもっぱら「お茶会ファッション打合せ」になっている。
動画なら、なんとなく「出演」している感じで、気持ち的に露出願望がクリアできる気がしていた。
「やっぱりさ、一部三つ編みでニュアンスをつくるほうがいいと思うんだよね」
紺ちゃんはそういってわたしを鏡の前に座らせ、左右サイドから少し髪を取って三つ編みを始める。ちなみに昨日はコテを使って縦ロールをやってみた。キマったはキマったんだけど、悪役令嬢みが強すぎて、コメディ要素が出るから止めようという結論になっている。
動画で目指しているのはフリルの付いた白いパラソルが似合うような、真性の令嬢がやる「
「ドレスは水色じゃん? だから、青系か白系の花を挿したら可愛いと思うのよ」
「うんうん」
「かのちん、頭動かさないで」
指導が飛び、わたしは正面を見据えて石のようにじっとした。
目の前で、ふわふわの金髪が手際よく三つ編みにされて後ろにまわされ、一部がくるりんと胸元に垂れる。たしかに、これに襟ぐりがシフォン素材でできたペールブルーのドレスは似合うと思う。
――ユミル母さん、張り切ってくれてるもんなあ。
生まれたほうの国でも着れるように……って、デザインを向こう風にしてくれてるのがちょっと「帰る用意」っぽくて引っ掛かるんだけど、でもユミルはパートにも行かず、家でチクチクとお裁縫をしてくれている。
日々出来上がっていくドレスを見せてもらうのは、やっぱりテンションが上がった。
だからこれはあくまでもお茶会動画のための準備……そう言い聞かせている。それに、鏡の前のふんわり可愛い姿を見るのは単純に嬉しい。
「うん、やっぱり編み込みのほうがいいね。でも、ここにポイントが欲しいなあ……ティアラとか」
紺ちゃんが前髪の
「
「でもさ、撮影当日に生花を買っても、けっこういい値段するよね」
おもちゃのティアラなら生花と値段は変わらない。
――ユミルが作ってくれるドレスには、どっちが似合うかなあ。
悩んでいると、紺ちゃんは急に後ろを振り向いた。そして部屋の隅で腕組みして立っている“護衛”の“従兄”に話しかける。
「ねえ、徹君はどっちが似合うと思う?」
わたしは肩を引き
――徹君を巻き込むのはやめて~。
冷や汗が出る。でも、止められない。
紺ちゃんの意図がわかるからだ。
《かのちんのソレさあ……いわゆる“
スマホ越しに指摘された言葉が甦る。昨夜、
《ちょっとその従兄君に対してさ、かのちん態度悪いんじゃないかって思ったのよ》
親戚ならもっと会話の仲間に入れてあげるべきだし、他に事情があるなら、ちゃんと知りたいと紺ちゃんは言った。
《じゃないとさ、なんか仲間外れにしてるみたいで、気分よくないんだよね》
もっともな意見だ。従兄だと称したのは自分なんだから、本当にそれらしく輪に入れるということだってできるのに、言いだしっぺのわたしはそうしなかった。はたから見たらただの意地悪だ。
そして、そうしてしまう理由を、わたし自身も上手く説明できなくて困惑していた。わたしは自分の気持ちを整理するために徹君が何者であるかを紺ちゃんに
悪い人じゃない。すごい礼儀正しいし、しかもイケメンだ。本来は丁重に扱うべき異国からのゲストに対して、わたしはなぜあんな態度をとってしまうのか。むしろ誰かに答えをもらいたくて、積極的に紺ちゃんに混乱している心情を打ち明けた。
すると、想定外の答えをもらったのだ。しかも、わたしはその指摘にドキリとした。
つまり、指摘が本当なら、自分の態度は単なるツンデレではないか。
――でも、思い当たるフシがあり過ぎる……。
まるで王子様のようなイケメンの徹君に、騎士さながらに仕えてもらって、確かにわたしはときめいたのだ。でも、同時にモブ女子である自分の中身が、釣り合わなさすぎる相手に気後れし、さらにテンパった。
――王子&姫的シチュエーションに、めちゃくちゃ羞恥心が
支えてもらったあの場で、生まれながらの姫君だったら頬を染めて恋に落ちるとかやっても絵になっただろうけれど、わたしと王子ではバランスが悪すぎる……そう思ったのだ。
――いやまあ、外見だけだったらなんとかなるにしても、ですよ。
でも、ふと我に返ってギャップに
《でもさあ、好きっていうのは当たりなんでしょ?》
紺ちゃんは容赦なく詰めてくる。リアルで会う時はだいたい部屋の隅に徹君がいるから、この話はしない。その分、スマホでやり取りしてる時は突っ込みまくりだ。
《好きっていうか……》
あんなカッコいい男子に恭しい態度を取られたら、そりゃあ誰だって気にならないか? と思う。紺ちゃんだって、なんだかんだいつも声が甘くなるじゃないか。
こういうのを、“好き”というのかどうかはわからない。だいたい、もしそうだったとしても、どうすればいいのかわからない。
徹君は“向こうの世界の人”で、しかもわたしの方は向こうに婚約者とやらがいるのだ。
そこの事情だけはどうしても紺ちゃんに言えなくて、わたしはごにょごにょ濁した。
《でもさ、護衛してくれてるんだし、嫌いじゃないなら、やっぱりちゃんと会話はしたほうがいいと思うよ》
――わかってるよ。
わたしだってちゃんと罪悪感は持ってた。電車の中とか乗り換えの時とか、まだこっちの世界に来たばかりの初心者に対して、わたしはちょっと不親切だった。
徹君はわたしに対してちゃんと礼節を保って付いて来てくれる。こちらから言わなければ、ずっとこのままだろう。だからはぐれそうな時は立ち止まって待ってみた。疲れてるんじゃないかなと思った時は休憩を提案してみた。
――紺ちゃんに言わせちゃったけどさ。
遠まわしな誘いとワンクッション挟んだ拒否。
自分が悪いとわかっているけれど、これでますます話しかけづらくなって、帰り道はまったくの無言だった。
紺ちゃんは、そんなこじれたわたしにチャンスをくれたのだと思う。「この波に乗りなよ」という励ましが、肩に置かれた手から伝わってきた。
「ティアラと花冠だったら、どっちがかのちんに似合うかなあ」
徹君の好きなほうでもいいよ……と紺ちゃんは声かけサービスを追加している。紺ちゃんだって、本当はあまり男子と話すのは得意じゃない。
徹君はどう反応するのだろうか、わたしは鏡越しの観察をやめ、恐る恐る斜め後ろに身体をひねって徹君を見た。もしこれ以上沈黙されたり、嫌な顔などされたら立ち直れそうにない。
すなおな願望としては、ここで好意的な反応をしてもらって、普通に会話ができるようになりたかった。けれど徹君はじっとこちらを見たまま黙っている。怒ってるんだかそうじゃないんだか、この表情だけではわからない。
――いいよもう。褒めてくれなくてもいいから、最低限返事だけはして。
結局、わたしが沈黙に耐えられたのはものの三秒だった。
「どっちでもいいんじゃないかな」
「かのちん……」
ああ可愛くない。
なんて低い声だろう。どんなに可愛い容姿をしていようが、この態度はサイテーだ。でもわたしは
「予算には限りがあるもん。安上がりなほうにしようよ」
駄目だった。もうこの話題を終わらせたい一心で、わたしは適当に片づけようとしている。
「花ならさ、紺ちゃんちの庭にあるやつをちょっと失敬してもいいじゃん」
「うちのはひまわりだよ」
「……っじゃ、じゃあ安めの花を買って、それでいいじゃん。ピクニック設定なんだし」
眉間に皺を寄せて、じっと睨んでいる徹君の視線が痛すぎて耐えられないのだ。とにかく、彼を巻き込んだ会話を続けられない。
――徹君はきっと呆れている。
女同士のくだらない会話を延々と聞かされているのだ。任務だから我慢しているんだろうけど、本心では“やってらんねえな”と思ってるんじゃないだろうか。
――ごめん。守り
内心で手を合わせた。これが真性の姫君だったら恋もロマンスも生まれただろうけれど、わたしはお茶よりスコーンのほうに若干比重が傾いてしまうくらいの“花より団子”派なのだ。騎士的な徹君とは釣り合わない。
「それよりさ、ピクニックシートをどうするか問題、決めない?」
「あ……うん……」
強引に話題を変え、わたしはそれきり振り向くことができなかった。
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