聖剣は抜けなかった。代わりに最高の相棒と、初恋の人を手に入れた。
焼鳥
短編
魔族が魂そのものを吹き込んで作り上げた剣、それが『魔剣』。
竜が己の全てを作り変えて生み出した剣、それが『龍剣』。
そして、世界の危機、魔王といった悪の根源を打ち払うとされた、世界の希望を集まり、生み出された剣。
人々はそれを、『聖剣』と呼んだ。
「お前も、大きくなったらこの剣を守るんだ。この聖剣があるから、今も平和な世の中になっている。」
「僕にも抜ける?」
「お前さんには抜けん。あれは選ばれた、『勇者』と呼ばれる人にしか抜けないのだから。」
小さい頃から祖父に、父親によく言われた。「剣を守りなさい」と。
じゃあ、あの剣に寄りかかりながら、寂しく泣いているあの女の人は誰が守るのだろうか。
聖剣を守護していた村。その中で唯一彼女が見えていた少年は、恥ずかしそうに聞いたのだ。
「お姉さん、僕にも聖剣は抜けますか。」
きっと、彼女の言葉を聞かなれば、ここまで人生を曲げることは無かったと思う。
「世界を救うぐらいに強くなったら、貴方にも抜けるよ。」
「分かった!」
その時の俺は知らなかった。抜ける日など、人生最後の時にすら来ないことを。
*
「アルトス、よく飽きないね。」
「姉さんこそ、いい加減名前教えてよ。」
少年が彼女を見つけてから数年、ガキは青年になり、大きくなった。
彼の名前はアルトス、未だに姉さんの名前は知らない。「聖剣を抜いたら教えてあげる」と言われ、こうして木剣に石を巻きつけて、絶賛修練中。これでもあの日、「強くなったら抜けるよ」と言われてから、一日たりとも修練は欠かしていない。
その成果もあってか筋肉も付いたし、どれだけ動いても息切れしなくなった。
でもいつまで経っても聖剣は抜けない。本当に抜ける日は来るのだろうか。
「聞いたよ。貴方、夜盗を追い払ったのでしょう。いつも拝みに来る老人共が騒いでたわ。『これも聖剣の加護』と。貴方の努力は誰も認めないのね。」
「姉さんが認めてくれるんでしょ。なら俺はそれでいいよ。」
「私は認めるわ。それは貴方が血をにじむ努力して、掴み取った平和だもの。」
この夜盗を追い払った話は王都にまで届き、後日騎士団の使いが来た。
内容はいたって単純、勧誘である。
王家直属の騎士団に入る事が出来れば、それこそ人生勝ち組だ。こんな田舎の村出身の人間では、一生踏むことすら出来ないほどの名誉であり、俺は喜んで承諾した。
騎士団の中で強くなり、一番上にまで上り詰めれば、きっと聖剣を抜ける。
そう思ったからだ。
「そう、村を出るのね。」
「安心して。相談したら、月に一度お休みしっかりとしたお休みが貰えるらしいから、その時は話に来るよ。」
「村から王都まで、三日はかかるのよ。どうやって行き来するのよ!?」
「グリフォン便使う。」
「王国騎士の月給、生活費抜いたら全て消し飛ぶじゃん。」
「でも聖剣抜けるか確かめたいし。」
「もういいわよ!早く行って、ちゃんと帰ってきなさい。姉さんとの約束。」
「約束...分かった。」
準備の為に帰る彼の背中を、彼女は見る。悲しい笑顔と、涙を流すことすら許されないこの体を憎む。
「アルトス、ごめんね。」
彼は聖剣を抜けない。
聖剣に選ばれた人、『勇者』とは世界そのものが選ぶ。つまり、生まれた時点で選定されている。聖印とよばれた紋章が刻まれた人、それこそが聖剣を抜ける人なのだ。
彼にはそれが無い。運命とは残酷で、そして等しく平等だ。
「なんで貴方は、私が見えたのかな。ねぇアルトス。」
かつて聖剣を握った人ですら、私が見えなかった。だからなのか、こんなに甘くて意味の無い願いを抱いてしまう。
「私を抜いて。」
見飽きた夜空に、その言葉が響くこと無い。
*
「聞いたか、あの新人。」
「聞いたぜ、入ってから半年で三年目の奴倒したんだろ。あれは天才だぜ。」
アルトスが入団して半年、彼は止まることをしなかった。
朝から晩まで切り結び、剣を持たない日は書室に籠ってひたすら学ぶ。ただ強くなるために、世界を救えるぐらいに強くなる為に。それが今のアルトスの背中を押していた。盗賊を倒し、魔物を切り払い、人を助け、ただ強くなる。国を守ることすら、彼にとってただの通過点に過ぎない。
ただ聖剣を抜くために。
「ただいま姉さん。今月忙しくて、いつもの予定日に来れなかった。」
「遅い。お前が居なくなってから、私もつまらない。騎士なんか辞めて、聖剣を守る仕事でもすれば、私の隣にいれるだろ。」
「でもそうすると強くなれないし。」
月に一度、村に戻ってはこうして二人は朝から夜まで語り合う。語っているのはアルトスだけで、お姉さんはただの聞き専。それでも話が尽きないのだから、彼は波乱万丈な生活を送れているのは確かだろう。
「後半年もすると、選定試験は行われるらしくてさ。」
「何を選ぶの。」
「『龍剣』の使い手だって。」
王都にかつて存在していた『龍剣』の使い手。その人は数多の種族の架け橋となり、『勇者』ではなく『英雄』と呼ばれた、数少ない人間の一人。
その使い手亡き後、今にいたるまで次の使い手は現れておらず、王都では毎年受験者を募集している。騎士団に所属している人は、もれなく強制参加なので、アルトスも例外ではない。
「それに選ばれた人は、人生遊んで暮らせるお金とか貰えるらしくて、一種のお祭りみたいになってるんだって。」
「龍剣に選ばれる人なんて、はなから人間捨ててるような輩よ。貴方じゃ無理ね。」
「でも、ものは試してでやってくるよ。」
時間が来てしまい、アルトスが村を去った。彼がいなくなったこの場所で、彼女はまた体を丸める。
「アルトスが騎士になってから、時間が長いよ。貴方がいない日が辛いよ。」
目を閉じて、もう一度開けば一日が終わっていたのが今まで。アルトスに出会ってから、朝から晩まで彼を見ていた。もう彼と出会う前の自分の生き方を思い出せず、また戻ってくるまでの一ヶ月、孤独に耐える日々が始まる。
「貴方が『勇者』なら、こんな思いしなくてすんだのに。」
*
騎士団に入団してから一年が過ぎた。そんなある日、騎士団長から俺個人と話したいことがあるようで、部屋に呼ばれる。
「団長何かありましたか。」
「アルトス、お前の話が俺の耳によく届く。凄い働きをしてるそうじゃないか。」
「強くなりたいので。」
「またそれか。」
少し笑った後、団長は真面目な顔に戻る。俺も団長の雰囲気に浴びて姿勢を正す。
「一週間後、選定試験が行われる。俺が見る限りお前が一番優秀であり、将来を見るのであれば、お前はいつか俺を超える。どうしてそこまで強くなりたい。」
濁してもバレる空気だ。アルトスは覚悟を決めて、自分の夢を告げる。
「聖剣を抜きたいんです!」
部屋が鎮まりかえる。まるで、その言葉が一切の意味を持たないかのように。
「お前は何を言ってるんだ。」
「えっ。」
団長は幽霊を見たかのように俺を見る、その目に映るのは疑心と不安。
「お前に聖剣は抜けない。既に抜く権利を持ち合わせている人間は見つかっている。」
団長の言葉のトーンと雰囲気に、嘘が混じってるとは思えない。
いや、分かっていた。分かっていたけど目を背けていた。
アルトスという男には、聖剣を抜く資格がはなから存在していない事実に。
「聖剣には世界が決める。だが龍剣は違う、あれは竜が選ぶからだ。お前にも可能性はある。だが、聖剣は諦めろ。既に選ばれた人がいるんだ。」
その言葉が遠くから聞こえる気がした。その後、どうやって自室に戻ったか覚えていない。確かに分かる事は、その日初めて修練はサボったことだけだ。
そんなウジウジしていても、時間の流れは止まらない。
気づけば、選定試験当日になっていた。
「ここに集う国を守護せし者達よ。今日集まったのは他でもない、君達にかの剣を抜く資格があるかどうかの試験を行う為だ。」
監督官が叫ぶ。
「世界を繋げ、悪しき魔を勇者が来る日まで払い続けた剣。その名は『龍剣アルファ』。始祖の白竜がその身全てを変えて作りあげた剣とされ、その力は今なおこの王都から魔物を近寄らせないほどのものだ。」
英雄譚に出てくる剣、それが今目の前にある。それだけ騎士の一人一人が声を荒げ、皆が選ばれると甘い期待を抱く。
ただ一人、アルトスを除いて。
「予め番号を配布してある。その数字が小さい者から剣に触りたまえ。」
ゆっくりと列が出来始め、一人、また一人脱落していく。
俺の順番は一番最後で、恐らく団長の仕込み、期待されているのかもしれない。
一時間ぐらい経った頃、とうとう俺の出番が来た。
見るだけそれが業物だと分かる剣、だというのに何処か浮世離れしているそれは、紛れもない『龍剣』である証明。
震えながらも、俺はそれを握りしめた。
(懐かしい魂の色。)
声が聞こえた。慌てて回りを見渡したが、俺以外に聞こえている様子が無い。なんなら剣から手が離れない。
(そしてかの者と瓜二つの願い、叶わぬ願い。)
今も響く声と共鳴するように、剣が眠る大理石の大広間に亀裂が生まれひび割れて行く。
「アルトス何をしてる。」
「手が離れないんです。声も聞こえるし、何が何やら。」
「声、だと!?」
団長の声色が変わり、アルトスを見ていた騎士や挑戦者が見る目を変える。
当のアルトスが理解する前に剣が抜け、風が吹く。
その風は遠く離れた守護の里にいる彼女にすら届き、国を包む。
「この魔力、なんで王都に始祖の竜が。」
それは聖剣を携えた勇者でも打ち勝てるかどうかの厄災、それがアルトスが住む王都から流れているのを肌で感じる。
「無事でいて。」
何も出来ない彼女はただ祈ることしかできなかった。
*
「抜けた…選ばれたのか。」
(そうだ、それにしてもお前の頭の中は見知らぬ女子でいっぱいだな。しかもこれ聖剣だし、なにこれ模造品じゃないか。)
「何俺の記憶覗いてるの!?」
(叫ぶな。今の私とお前は二心一体、望めばお前は私の記憶を我が身に投射して、至高に至ることも出来る。)
剣と会話してる俺に唖然としてる団長に首根っこ掴まれ、そのままズルズルと団長室に連れられた。
「アルトス、体は大丈夫か。」
「元気です。後剣が手から離れません。」
(頭の中でイメージすればお前自身に仕舞える。いつでも抜けるし仕舞える、奇襲対策は完璧だ。)
「消えた。」
「本当に竜の声が聞こえてるのか。」
今の状況を包み隠さず伝える。
団長も過去の文献と照らし合わせ、声の主がアルファであると断定。晴れて竜剣の担い手に選ばれた。
「後日王室にも呼ばれるだろう。それまでは待機、好きなことをしてくれて構わない。ただし、城から出るなよ。何があったでは済まされないからな。」
「分かりました。」
報告したかったけど帰れないのは承知の上、今日は疲れたし自室に戻って本でも読もう。
部屋に帰ると勝手に龍剣が飛び出してくる。
「アルトス、改めて我はアルファ。竜剣アルファである。よろしく頼むぞ。」
「アルトスと言います。まさか聖剣じゃなくて竜剣を抜くことになるなんて思いませんでした。」
「それについて聞きたかった。お主あれは何だ、あんな邪悪な代物を守ってるのか。」
「何を言ってる!あれは聖剣、世界を守る勇者の剣だ。それは邪悪と言うのはアルファでも許さないぞ。」
「それだ。」
アルファが俺の密着するように耳元に刃を当てる。他の人間に聞こえないようにするかのように。
「あれは聖剣じゃない、紛い物だ。その証拠に、お前はあの小娘と会話している。すなわち人間の魂を基盤に作り上げた兵器と言える。まさか教会側も、魂を視認出来る輩がいるとは思わなかっただろうが。」
「ごめん、全く話が分からない。」
「お前は彼女を助けたくないか。」
「・・・・助けられるのか。」
静かに頭の奥に言葉が響く。
「努力次第だ。」
*
アルファは今まで握ったどの剣よりも重く、そして手に馴染んだ。初めて木の棒に石を巻きつけた時の振れるか分からない感覚、それをまた味わうことになるとはついぞ考えて無かったが、心機一転また強くなれるなら構わない。
アルファ曰く、聖剣から彼女を解放するには破壊が手っ取り早いとのこと。
その為には勇者の手で封印が解け、不滅の加護が消えたタイミングしか行えない。そこで近々王都に招集される勇者と共に『聖剣解放の儀』に参加することに。
龍剣を携えた者が護衛に当たるのであれば王家も安心とのことで、快く了承された。
「どうしてそんなに落ち込んでるんだ。」
「姉さんにここ数ヶ月会いに行けてない。」
龍剣を抜いた実績は凄く、来賓の対応に追われた。中には他国の姫が婚姻を結びに来る事態も起こり、一端の兵士には身に余る。そもそも騎士団に入ったのも聖剣を抜ける強さを得る為だったのだから、本末転倒と言われたらそれまでだが。
「風の魔法が使えれば最速で帰れるかもしれないが、お主から魔法の才を全く感じないから無理だな。」
「魔法の適性皆無なんです。死体蹴りしないでください。」
「なら素直に抜け出して行くしかあるまい。」
そこまで悪になれず、団長に無理言って一番高いグリフォン便で帰ることにした。
村に帰ればお祭りに騒ぎで、皆が俺を祝福してくれた。軽く皆に挨拶周りをしたのち、目的の場所に向かう。
「姉さん、長いこと待たせてすみません。」
「・・・・生きてたんだ。」
「生きてます。ほらこの通りピンピンです。」
「ならなんでこんなに間が空いたの。包み隠さずお姉さんに教えなさい、嘘を言ったら怒ります。なんなら既に見えてるその剣についても聞かせてもらいます。」
「なんでそんなに怒ってるの!?」
(アルトスが10割悪いなこれは。)
「アルファまで!?」
結局質疑応答から解放されるまで一時間ほどかかった。何故かその大半が女性関連の質問だったのには驚いたが。それ以上にアルファにも見えたことが驚きだったけど。
「それにしても龍剣に認められたんだ。おめでとうアルトス。」
「うん、でも聖剣は抜けないことも知ったからあまり嬉しい気持ちが湧かなくて。」
「そう、知ったんだ。」
「それでも強くなることは諦めてないから、いつか絶対にこの村の外を見せる。」
「その前に死んじゃダメ、何事も安全に。」
「はーい。」
少しした後に村人に呼ばれ、アルファがもう少し聖剣を見たいとのことだったから置いてきた。剣同士積もる話もあるのかもしれない。
「お前が今代の聖剣か。よくもまぁ教会はこんな残虐なことする、始まりの勇者が見たら教会全てを滅ぼすかもしれないな。」
「貴方は私がどういう存在か知ってるのですね。」
「まぁな、かれこれお前のような存在を見るのは三度目だ。聖剣など握らずとも勇者は勇者だというのに、教会は己の権威の為に聖女を殺す。変わらないな。」
「それでも、世界が救われるのなら。」
勇者によって聖剣を持つ者と持たぬ者に分けられる。その違いは世界の脅威に違いで、世界そのものが対処しないと判断した場合にのみ聖剣は姿を晒す。
だが教会の聖典には【勇者とは聖なる剣を握りし者】と書き記され、その下には【聖女とは勇者の腕となる者】とある。この世界で魔を払う光の魔法を使えるのは聖女に選ばれた者だけ。だが勇者が聖剣を手に出来るかどうかは運なのだ。
そこで生み出されたのが人工の聖剣。聖女自身を聖剣に変質させ、時間停止の魔法で半永久的に機能する兵器に仕立て上げる。聖女の力が強ければ強いほど、武器としての力も上がる。
一人の犠牲で教会は権威を守り続けることが出来る。安い犠牲というわけだ。
「でもあの子は聖剣を抜けない。もう勇者も見つかってることだし、そろそろ別れを言わないといけないね。これ以上アルトスを縛りたくないもの。」
「なに馬鹿なことを言う、お前は救われなきゃいけない。」
「どうやって私を救うのですか。」
「それはあの大馬鹿者をこれからやる。」
遠くの方で大きく腕を振っている彼に彼女を目を向けた。
「理不尽を越えるのが、『英雄』と呼ばれる人間だからな。」
私はその日が来るまで、言葉の意味が分からなかった。
*
あれから一ヶ月後王室に呼ばれ、顔を出せば先に一人国王の前に立っていた。
「アルトスよ、彼が今代の勇者であるアランだ。」
「アランです。」
「龍剣アルファの担い手に選ばれましたアルトスと申します。」
自分よりも年下に見えるこの少年が勇者。てっきりちゃんとした大人なのかと思っていたが、世界はそう甘くはないらしい。こんな子が世界の為に戦うのか。
「この後直ぐに守護の里に向かい、『聖剣解放の儀』を行う。アルトスがその村の出身なので、アランは彼に従うように。」
「分かりました。」
「護衛の任、承りました。」
本来ならここで退室するのが普通。だけど俺はここで一つお願いをしなければならない。あの剣から彼女を救う為に、自分の全てを捨てる覚悟をする為に。
「国王、一つお願いをしてもよろしいでしょうか。」
「良い。龍剣を抜き、よりこの国の為に身を粉にしている其方の頼みだ。」
「ありがたきお言葉。では聖剣との一騎打ち、模擬試合をしたいのです。世界を救う聖剣と世界を繋いだ龍剣、どちらの剣が上なのかを。」
部屋全体がどよめく。無理もない、俺が言ったことは一つ間違えばこの国を支える勇者と英雄を失うことになる。それでも言葉を続ける。
「二つの剣を持つ者が互いを高め合えば、いずれ来る厄災にも必ず打ち勝てます。どうかお許しを!」
少しの静寂、全身から気持ち悪い脂汗が滲み出る。
「構わん。」
なんとか命が繋がった。
一緒に聞いていたアルファからこっ酷く怒られ、アランさんにも心配された。
「どうして模擬試合をしたいのですか。」
「君の実力を知りたいのもそうだし、単純に聖剣に憧れていたのもある。」
団長から経歴を聞かされたが、彼は既に単騎で飛竜を討伐している。この時点で少なくとも彼の実力は俺より上、勇者の資質と言えるだろう。
(お前さんの技量なら勝てる。この小僧、話を聞くに対人戦の経験が無い。)
それなら俺の方に分がある、人を切るのは慣れてしまった。しかも毎日のように騎士団内で模擬戦を行なっている。
「そろそろ着きそうです。」
騎士団の声に剣を握っていた手にさらに力が籠る。
(覚悟は出来た。)
聖剣を、俺は壊す。
*
儀式はアラン一人で行われる。その間俺は聖剣に近寄る輩の対処、勅命で殺害も許されている。まぁ儀式中に狙うとなったら、もう聖剣を奪うしか理由が無いから仕方ないが、やはり人を殺すのは未だに抵抗感がある。アルファからも「その感性は失うな」と釘を刺された。騎士団の中には殺すのに快感を覚えてる奴もいるし、存外人間は簡単に狂えるのだと身をもって教えてくれた。
(そろそろ時間だ。見ろ、空から光が差し込んでいく。紛い物でも世界には祝福されるとは、世も末だ。)
「それでも誰かの希望になるのなら、意味はあるよ。」
(その希望を今からへし折るのだから、お前は面白い。本当に前任者にそっくりだ。)
「そんなに似てるのか?その世界を繋いだ英雄さんと。」
(似てるさ。あいつもお前と同じことをしたんだから。)
その言葉で理解した。きっとその人も、俺と同じで恋をしたんだと。
聖剣を握りしめたアランが戻ってくる。顔つきもまるで別人、真に勇者としての道を進み始めたのだから当然か。
「アランさん、ではお願いします。」
彼が聖剣を構えた瞬間、恐怖を覚えた。一挙手一投足が死に繋がる、明確な死の気配。魔を払う絶対の剣と世界を救う力を持つ人、文字通りの化け物。
確かにこれは、人のままでいる俺ではどう足掻いても勝てないわけだ。
(それでも、やるべきことをする。)
事前にアルファに教えられたことを思い出す。聖剣は抜剣されている状態でも自動修復が備わっている、故に破壊するには常に一点に攻撃を当て続けなければならない。
俺の体はまだアルファに適合できておらず、全力を引き出し続けると体の内側からグチャグチャにされていく、つまり短期決戦しか許されない。
「行きます。」
最初の時点で自分の予想は裏切られる。聖剣が振られる度俺の後ろの木々が倒れ、風圧だけで肌が裂けていく。剣に当てようとしても振り下ろすだけで吹き飛ばされる。
人間と勇者、ここまで実力差が如実に出ると心が折れそうだ。
それでも一歩ずつ剣が届くようになっている。アランの対人経験が皆無で助かった、経験値があったら一瞬で勝負は決していた。
縦切り、横切り、振り上げ、突き、ありあらゆる技で聖剣の中央部分に当て続ける。
「アルトスさん流石です。今まで戦った中で一番強い。」
「そういう貴方こそ人辞めてますよ。」
時間が経てば経つほど、アルトスの剣がアランに届く。最初の優勢はもはや無く、既にアランが押され始めていた。
(無理も無い。勇者としての資質だけでのし上がった小僧と、0から愚直に積み重ねきたアルトス。判断と経験則、そして知識があまりにも優っている。)
聖剣の力を振り回しているだけの今のアランでは直ぐに打ち止めになる。体の動き、視線、呼吸、足の踏み出し、初動で潰せなかったアランのミスに他ならない。
剣と剣がぶつかり合い、徐々に徐々に音が変わる。
「聖剣にヒビ、なんで!?」
「後一歩。」
(行け、アルトス!!)
体の内側から裂けて行く感覚がする、それでも腕を、足を止める理由にはならない。
何故なら。
「姉さんを助ける!」
あの日からずっと、寂しく泣いている貴方を見てきたから。
「
龍剣アルファの最初の所持者が編み出した技、雷を裂いた一振り。そして団長から教えて貰った最初の技。
耳を裂く音と共に聖剣のヒビが広がり、そして砕けた。
「姉さん。」
(アルトス、魔力が空中で収束している。しっかり受け止めろ!)
「言われなくても。」
アルファの気持ちなど投げ捨て、全力で走る。一歩足を踏み締める度に全身が砕けそうなほどの痛みが走るが気にしない。好きな人の為なら、こんなのへっちゃらだ。
淡い光が空で集い、パリンと音がする。
ずっと見てきた、ずっと届かなかった彼女が目の前に、空から落ちる。
「間に、合った。」
寸前の所で受け止め、静かに呼吸しているのを見て安堵する。
「聖剣が壊れたと思ったら中から人が....一体何がなんやら。」
「あははは...後でアランさんに教えますね。」
完全に蚊帳の外のアランさんも連れ、村に戻る。
(あれ、何か忘れているような?)
「アルトスーーーーー、私を忘れるなーーーー。」
放り投げたアルファは茂みで泣いていた。
*
「以上が事の顛末です。」
「分かった。うん、分からない事が分かった。」
「聡明な国王でも理解不能な事がおありなのですね。」
執務室で頭を抱える国王と、淡々と連絡する騎士団長。
アルトスの手で破壊された聖剣についてと、アルファによって教会の闇が大々的に暴露された結果、とんでもない後処理に追われることになった。
「この1000年間使われていた聖剣は偽物で、今代の勇者は聖剣無しに厄災に打ち勝てると。そうアルファは言ってましたね。」
「もう何も考えたくない。」
そして当の救われた聖女様はというと。
「アルトス、絶対に離れないで。」
「シーナさん性格違いません?こんなに甘えん坊でしたっけ。」
「人肌味わうの1000年ぶりなの!いいから黙って従う。」
「はい。」
(ふむ、随分と身に覚えのある光景だ。アルトス、お主今夜は覚悟しておけ。)
(なんで念話なんですか。)
(いやー、色々あるんだ。)
1000年の拘束を解かれた聖女、シーナはずっと側にいてくれたアルトスと一緒にいると国王に宣言し、仮にも聖女なので扱いに困った周りはアルトスに押し付けた。
なんだかんだ処分とは下されず、強いて言えば国に忠誠を誓うことぐらい。
「アルトス、早く遊びに行こ。まだまだ知らないことが沢山!」
「シーナさん分かりましたから。ほら、アルファも行くよ。」
「もうお腹いっぱいなんだかがな〜。」
「アルファそもそも食べられないでしょ?」
「違う意味でな。」
アルファは二人を見る。
初めての友と結ばれたのも聖女だった。聖剣に囚われ死を望んだ彼女を救い、手を取った。子宝にも恵まれ、何世代も見送った。
生まれて2000年以上経つが、一番楽しいと思えた時間はあの意味の無い平和な時。
(仕方あるまい。)
また見守るとしよう。
再び出会えた最高の相棒の為に。
聖剣は抜けなかった。代わりに最高の相棒と、初恋の人を手に入れた。 焼鳥 @dango4423
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