ー極東の夜明けー

まっちゃもちもち

影に潜む脅威

冷え込む晩秋の東京、永田町の議事堂内。夜の帳が深く降り、外は静まり返っていた。

だが、この部屋だけは異様な緊張感に包まれていた。


重厚な赤絨毯が敷き詰められた衆議院議長応接室。厚いカーテンは閉ざされ、外の街灯の光は遮断されている。窓の向こうに見える国会議事堂の塔も、静かに闇に溶け込んでいた。


その室内に、首相・大蔵俊英が静かに腰掛けていた。額に深く刻まれた皺、乱れた白髪が暗闇に際立つ。彼の視線は覚書の文面から離れず、重い空気が彼の胸を締め付けていた。


官房長官・水城真一郎は、目を細めながらテーブルの向こう側に立ち、両手を組んで黙考する。いつも冷静沈着な彼の表情も、今夜は険しさを隠せなかった。


外務大臣・鴻池京介は、手元の資料を握り締めながら、かすかな震えを抑えるように口を真一文字に結んだ。防衛大臣・七條雅美は椅子の背にもたれかかりながらも、瞳の奥に隠された覚悟を滲ませていた。


国家安全保障局長・九条清志は、無言でメモ帳に細かく何かを書き込んでいる。誰も口を開く勇気を持てない、重苦しい沈黙が支配していた。


テーブルの中央には、外務省を通じてロシア連邦政府から密かに届けられた覚書が置かれていた。薄い紙に印刷された文書は、その内容の重大さとは裏腹に、あまりに淡々とした文言で記されていた。


首相の声が、ようやく静かな部屋に響いた。


「極東地域の安全保障環境の再構築を求める。日本列島の北部地域の軍事的中立化を実現するため、共同管理を協議する必要がある───。」


その一文は、まるで冷たい刃のように部屋の空気を切り裂いた。


「北海道の領土を、ロシアと共有するということだ。事実上の主権の分断だ……」


七條防衛大臣が、震える指でその文書を撫でながら、呟く。


「これが……侵略の前兆でなければ、何というんだ。」


水城官房長官は小さくため息をつき、首相の方を見る。


「交渉の余地がなければ、これは軍事行動の始まりだと受け取るべきだろう」


大蔵首相は視線を上げ、集まった閣僚たちを見渡した。


「今動けば、“挑発”とみなされる。国際社会はロシアの言い分を信じるだろう。日本が先に手を出したとされ、米国も国連も動かない」


水城は静かに続けた。


「やられてから反撃するしかない。これが、我々の現実だ」


外の風が窓の隙間を抜け、冷たい空気が部屋の中に微かに流れ込んだ。誰もが、その冬の夜の寒さと同じくらい冷え切った決断の重みを感じていた。

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