秘密の庭園

 ルキはいつもお昼休み、どこかに消えていく。

 ロマは鞄からお弁当を取り出し、ルキの後を追った。


「ルキ君、待って! お昼一緒に食べない? いつもどこで食べてるの?」


 ルキは足を止めて振り返る。眼鏡が逆光で表情はよく見えなかったが、気まずそうな声色で


「内緒」


 とだけ言い、校庭を走り去る。


「どこ行くの!?」

「ついてくるなよ!」

「良いじゃん!」


 ロマは負けじと追いかける。

 校庭を抜け、木々の間をすり抜けるルキの背中を追いながら、ロマは少しわくわくしていた。


 角を曲がろうとした時、どん! と誰かにぶつかった。

 ふわりと桃のような甘い香りがした。


「ごめんなさい! 大丈夫ですか? あ、シキ君!」


 ぶつかった相手はシキだった。

 驚いた表情も絵になる。


「大丈夫だよ。そんなに慌ててどうしたの?」

「ルキ君を追いかけてて! 本当にごめんね! また後で!」

「ルキ……」


 シキの視線を背中に感じたように思えたが、振り返る暇はなかった。

 校庭を駆け抜け、学園の裏側をぐるりと回ると、ルキの姿が小さく見えた。


「はぁ……はぁ……なんだここは?」


 林を抜けて息を切らせ、たどり着いたのは学園の裏にひっそりと佇む庭園だった。

 湧き水が豊かで澄んだ小さな泉には、水草の影で小さな魚が泳いでいる。

 赤に桃色、黄色や白など色とりどりの花が咲き誇る。

 かなり手入れがされている。

 小さな白いガゼボには薔薇の蔦が覆い、絵本の世界の秘密の場所のようだ。

 その中には小さな丸いテーブルと椅子が四つ並んでいた。


「うわぁ! すごい! この学園にこんな綺麗な場所があったんだね」


 ここの風景画、描きたいな。

 ロマの目はきらきらと輝き、眩しいくらいの笑顔で喜んでいた。


 ルキは椅子に腰掛け、溜息をつく。


「俺だけの秘密の場所にしたかったのに……絵描きなのに脚速すぎるだろ」

「絵描くのにも体力が要るからね、風景画の写生で山登ったり!」


 ロマはちょっと得意げに微笑む。

 お弁当箱を開いて唐揚げをひとつ、可愛い星形のピックで取る。


「ねぇ、ここで食べたら絶対お昼美味しいよ! 早く食べよう? ルキ君に唐揚げあげる!」


 唐揚げを強引にルキの口の前に差し出すと、ルキは一瞬たじろぐ。


「い……いらない」


 ルキは唐揚げの香ばしい香りに耐えながらそっぽを向くが、ロマはめげない。

 ロマはカリッと美味しそうに唐揚げを先に食べてアピールすると、


「仕方ないな……」


 ルキは頬を赤く染めながら食べてくれた。


「どう? 美味しい?」


 ルキは唐揚げを頬張り、表情が少し明るくなったように見えた。

 目を逸らして小さく呟く。


「うん、すごく美味い。お弁当でこんなにカリッとしたままなの初めて」

「良かった! こだわった甲斐があるよ!」

「ロマが作ったの?」


 とルキはまた美味いと言って唐揚げ二つ目を頬張った。

 ロマはルキが名前で呼んでくれたことや、唐揚げを美味しそうに食べる様子が嬉しくて、笑顔で見守った。


「何で……俺なんかに話しかけるんだ?」

「俺、昔クラスの奴らに無視されたり陰口言われたりして……ルキ君を前の自分と重ねちゃってた。ひとりになって欲しくないって思って。お節介だったよね、ごめん」

「お前、いじめられてたのか……」

「うん……でもその時にライブペイントの動画を投稿してるキールって人の動画にすっごく元気もらってね、勉強も頑張れてこの学園にも入ることが出来た!」

「そうか……」


 ルキの耳が少し赤くなったように見えた。

 風に揺れる花の香りが二人を包む。


「……唐揚げ、ご馳走様。すげー美味かった」


 小さく呟いたルキの声は、ほんの少し温かく感じられた。

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