第4章:S-3 王都の異変と「調律者」の影

第34話 S-3 王都の囁きと影の介入 -1

ジャーナリストの記録を読み終えた私は、この王都にある「影」とは何なのか、再確認する必要性に迫られた。


星を紡ぐ者たちやジャーナリストの記録から、約10年前の記録に手を伸ばす。


これは「影の調律者」と呼ばれたアルテア王国の特殊部隊の記録である。


私は、ミネルヴァの隠匿された情報端末にアクセスした。


画面に映し出される暗号化された無数のデータが、影の戦士たちの最初の足跡を物語る。

彼らの活動は、王都の地下深く、見えざる『影』に抗う者たちがいた証である。


ミネルヴァのエージェントたちは、王都の異変の根源を探る諜報戦を開始し、その『調律』の影が王都を越え、世界の隅々へと広がり、内なる脅威の萌芽を育む過程を目の当たりにした。


彼らの戦いは、表舞台の者たちには知られぬまま、後に世界の命運を左右する、巨大な陰謀の序章となる。



_____________________





まもなく王歴1000年を迎えようとしているアルテア王国の王都は、不気味なほど静まり返っていた。


普段ならば深夜になっても酒場の喧騒や行商人の呼び声が途切れないはずの大通りは、まるで生きる音を吸い込まれたかのように、ただ風の音だけが虚しく響く。


街を行き交う人々は、誰もがうつむき加減で、その顔には生気というものが感じられない。

誰もが何かに押し潰されているかのように、ゆっくりと歩き、ただ静かに佇んでいる。


通りを吹き抜ける風が、石畳に散らばった枯れ葉を不自然に舞い上げ、まるでこの街全体が呼吸を忘れてしまったかのような異様な雰囲気を醸し出していた。


「不自然な調和」


その言葉が、夜の街のあらゆる光景から、重苦しい空気となって伝わってくるようだった。







王宮の地下深くに隠されたミネルヴァのエージェントのアジト。


重厚な鋼鉄の扉の奥、薄暗い情報分析室の壁一面には、アキラが開発した手のひらサイズの小型ドローンが、王都上空からリアルタイムで捉えた映像を巨大なホログラムとして映し出していた。


通常であれば均一な緑色を示すはずの魔力分布図は、都市の隅々までまるで神経系統のように、不自然な青白い波形が複雑に張り巡らされていた。

まるで、この街そのものが、巨大な意思に絡め取られているかのようだ。


カイトは即座に手元の端末を操作し、送られてきたデータを確認する。


「データを確認。確かに、まるで神経系統のように都市に張り巡らされている……

 これは通常の都市ではありえない、何者かが意図的に制御しているかのようなパターンだ」


カイトの声にも、焦りの色がにじむ。

王都を覆う異質な魔力の波動が、彼らの想像を遥かに超える事態へと発展していることを示していた。


リョウが退屈そうに肩をすくめた。

だが、その瞳の奥には、常に警戒の光が宿っている。


「だから、それが何だってんだ?

 見てくれじゃ、ただの綺麗な模様じゃねぇか。

 むしろ、この王都の静けさは、俺たちにとっては潜入しやすいってことじゃねぇのか?」


「リョウ、もっと注意深く見てください」


リーラが、しなやかな指でホログラムの一部を指し示す。

彼女の指先が触れると、ホログラムの波形がわずかに振動した。


「この波形は、人々の感情の波と同期しているような気がするの。

 まるで、強制的に平穏な状態に保たれているみたい」


エルフであるリーラは、自然の摂理や生命の息吹に敏感だ。

この王都の「静けさ」は、彼女にとって明確な「異物」として認識されていた。


「その通りだ、リーラ」


カイトが頷く。

彼はキーボードから手を離し、ホログラムの前に立つ。


「この『不自然な調和』は、都市のインフラだけでなく、人々の精神活動にまで影響を及ぼしている可能性が高い。

 背後にいる存在は、単なる魔力制御システム以上のものを構築している」


アキラがメインディスプレイを切り替えた。

新たな画面には、王宮の地下深部の詳細な構造図が映し出される。


彼のサイボーグ化された右腕は、常に精密な作業を可能にするように調整されている。

エージェントたちは、この異常な魔力分布についてすでにミネルヴァ本部へ報告を上げていた。





その時、緊迫した雰囲気の中、ヴァンス司令官からの緊急指令が映し出されるホログラムスクリーンが作動した。


「緊急事態だ。

 君たちからの報告を受け、本部で王都全体の魔力分布を分析した結果、日ごとに強まる『不自然な調和』が確認されている。

 このままでは数日中に住民の精神活動が完全に停止し、王都そのものが機能不全に陥る危険性がある。

 最悪、王都は生きた牢獄と化すだろう」


「すでに我々も把握をしています。

 それで、今回、我々は何をすればよいのでしょう?」


ヴァンス司令官の言葉に、室内の空気は一瞬にして凍りついた。

そして、カイトが代表して、司令官に問うた。


「カイトか… 時間がない。

 この魔力干渉を止める手掛かりは、王宮地下深部に存在する『王家古文書庫』にある王都の魔力制御システムに関する古文書に記されているはずだ。

 まずは、そのコピーを入手しろ。健闘を祈る」


ヴァンス司令官の言葉が終わると同時に、ホログラムは光の粒子となって消え去った。


室内に残されたのは、重く張り詰めた沈黙と、エージェントたちの間に走る緊張感だけだった。




今回の任務は、王族ですらアクセスが困難とされる王宮地下の「王家古文書庫」への潜入。


それは、これまでで最も危険な任務となるだろう。



「今回の任務は、王宮地下の『王家古文書庫』に存在する、王都の魔力制御システムに関する古文書のコピーか……

 そこには、この不自然な調和の根源、あるいはその制御に関する情報が記されているはずだ」


アキラの声音は常に淡々としているが、その言葉には確かな自信が宿っていた。


「王家古文書庫、ねぇ。

 王族すらアクセス困難な場所だって聞いてるが……」


リョウが腕組みをする。

その脳裏には、厳重な警備システムや、歴史に秘匿された魔導結界の噂がよぎる。


「心配ない。ルートは確保済みだ」


アキラが淡々と言い放つ。

彼のサイボーグ化された腕が、ディスプレイ上で王宮の地下マップを拡大表示する。


そこには、赤や青の複雑な線が入り組んでいた。

まるで、彼だけに見える秘密の通路を示すかのように。


「排水管逆流、老朽化した換気ダクト経由……だと?」


リョウが目を剥いた。

彼の表情には、驚きと呆れが同時に浮かんでいる。


「おいおい、毎回毎回、正攻法とは無縁だな!

 そんな泥臭い潜入、俺の専門じゃないんだが!?」


リーラが、くすりと笑う。

その細い肩が、わずかに震える。


「それがこのチームの”芸風”でしょう?

 泥臭いのは、ある意味、リョウの専門分野だし」


「うるせぇ!」


リョウが憤慨するが、その顔には微かに冷や汗が滲んでいた。


アキラの提案する計画は、いつだって理論上は完璧だが、実行時の困難さは想像を絶する。

しかし、彼らは互いに深い信頼を置いているからこそ、こうした軽口を叩き合えるのだ。


カイトは、そんな二人のやり取りを冷静に見守りながら、脳内で潜入ルートの最終シミュレーションを行っていた。











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第34話を読んでいただきありがとうございました。


ここから、スパイ組織ミネルヴァの話がしばらく続きます。

S-3「影の調律者:ミネルヴァ」は、スパイアクションです。異世界ファンタジーとは様相が異なりますが、是非ともお楽しみください!


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