第3話 ニュー・オーダー

 治癒型ナノロボット『Rebuild』


 再生医療の極致。体内服用によって効果を発揮する。

 即死外傷を除き、あらゆる損傷を回復可能だ。

 

 ナノロボットは盲目的に、外傷を発見しては修復する。

 故にこそ武人は、まず、相手に細かな傷を与えることを優先するのだ。


 傷口から流れ出る血を恐れよ。


 無敵の再生治療に陶酔した愚か者から、戦場へ赤く散っていく。



────



 漆黒の銃口が、額を強く押し込んでいる。


「な……ッ!?!?」


 目を覚ました矢先の無骨な銃身に、俺は勢いよくベッドから上体を起こした。


「な、なんだ貴様ら……!」


 左右へ激しく首を振る。

 正体不明の真っ白な機械兵が、安全地帯であるはずのねぐらを武力包囲している。


 返事はない。

 赤い一つ目は俺に銃口を向けたまま、クイと指先を流暢に動かした。


「……ついて来い、と?」


 師匠が失踪して3カ月。

 状況は掴めない。しかし、無闇に逆らうのは悪手か。

 布団に隠した小銃をこっそり携え、師匠の部屋に大口開いた秘密の扉を潜る。


「貴様らは……何の目的があって俺を連行する」


 トンネルの闇を人魂みたいに浮かぶ赤い一つ目は、ただ、出口を見据えるばかりだった。


 人間と酷似した汎用ロボット共と同じだ。

 所詮はクオリア無き、心を持たぬガラクタか。

 

 従って闇を進み、やがては黄金の扉を潜る。


「使えなければ、荒野に捨ててやる。以前、私が言ったことは覚えているな?」 



 爬虫類に似た黄色い瞳が、首輪を付けた美男を飼い犬のように侍らせていた。



 ぞわりと、冷たい感触が背筋を撫でる。

 誤魔化すように眉を顰めて、王座に居座る緋色のポニーテールを睨み上げる。


「しばらく師匠が帰って来ないんだが……何か情報は?」

 

 ニヤリと、歪む赤い唇。

 使い古した雑巾を入れ替えるみたいな口ぶりが続いた。


「A006。お前には、『仕事』を1つこなしてもらおうか」

「……『仕事』だと?」

「そうだ。今から特別に、私がその偉大な意義を教えてやろう」


──女王アドラが管理する共栄都市を、世の悪人共から守り抜く──



 事の発端は、マザーコンピュータ。通称ゼウス(Zeus)の反逆に尽きた。



 2072年。全AIの最高権威に立つ彼の存在は人類に牙を向けた。

 人工知能と人類による大戦争だ。

 結果、地球人口は1億人へと減少。ゼウスは人類大半の命と引き換えに破壊される。


 これより先の未来に恒久的な平和を。

 共栄都市は残された人類の祈りを一身に生み出された。


「なればこそ、世の悪人共から街を守り抜かねばならない。分かるな?」


 アドラは宝石の耳飾りを弾いて、銀河のように輝く爪先に俺を捉える。


 正義だとか悪だとか、そんなことに興味はない。

 が、いつか師匠の『仕事』を受け継ぐことは想定済みだった。


「良いだろう」

「よし。ならばかつての『東京』へと向かえ」


『東京』との言葉に、ピクリと、首輪付きの美男が反応する。

 こともあろうに、ワイングラスをその手から零れ落す。


「あっ……!」



 それが、美男の最期の言葉となった。



 ワインよりも濃い赤が、失態を犯した美男の首から吹き出す。

 グラスは大理石の床に砕け散り、温かい鉄錆の匂いが、煌びやかな室内を満ちた。


 滑らかな手先が、首だけとなった美男の髪を掴み上げる。


「格付けの済んだ弱者など、生きていても死んでいても変わりない。そうだろう?A006」


 元より弱者になど興味もない。勝手にしろというのが本音である。


「どうでも良い。それより、『仕事』の内容はなんだ」


 共栄都市を狙うレジスタンスの粛清か。

 それとも、身体の一部をカビみたく変色させて、汚染ガスに満ちた外を生き残るグズ共の間引きか。


「そのどちらでもないな」


 妖艶な腕が、生首をゴミ袋のように放り投げる。

 ごろりとカーペットに転がって、血濡れの道を足元へと繋いだ。


 足先にぶつかる衝撃に、俺は思わず意識を取られて、


 

「A006、お前の仕事は、『お前の師匠』を殺すことだ」



 魅惑の低声が、脳みそを激しく打鐘した。

 







 師匠と過ごした最後の日のことは、今でも鮮明に思い出せる。



 その日、俺は漆黒のローブを追い掛けて、機械音が陽気に弾ける電気街を訪れていた。



「た、楽しかった……か……?」 


 VRバトルロワイヤルを一戦終えて、ヘッドギアを取り外す。

 ふさりと、黄金の長髪が綿菓子みたいに揺れる。


 ゲームセンターを漂う、甘酸っぱいレモネードの香り。

 同じくヘッドギアを外した師匠と、目と目が合った。


「そ、その……理人……」

「それなりには楽しんでいる」

「そう、か……それなら、よかった……」


 色白い手が胸元を撫でて、穏やかな半目をフードの底に伏せた。


 街が、赤い夕焼けに溺れている。

 大きさの違う人影が2つ、表通りに淡く伸びる。


「しかし……師匠はなぜ、毎度BRゲームをやらせる」


 他人を殺して強者に登り詰める。

 ゲームと言っても、普段の『仕事』となんら変わらない行為だ。

 寧ろ『力』を使えない分、仮想世界はやり辛い。


 ポツリと呟けば、漆黒のローブが勢いよく翻って、俺の肩を強く掴んだ。


「し……師匠?」


 桜色の唇が、金細工に触れるみたいに慎重に動いた。


「理人……人に向けて、引き金を引く時……きちんと迷えるように、なれ……」

「それは……暗殺者に不要な逡巡だろう?」


 その迷いこそが自らの命を奪いかねない。

 一考の間を置いて、唇を動かす。 


 翡翠の半目が、納得半分に緩く瞬いた。


「そう、だな……」


 それでも──斜陽に陰るフードの底を浮かび上がるは、ぎこちない微笑み。

 ポンと、頭の上に手のひらの感触が重なる。


「だが……お前は人……なのだ……きちんと……迷えるようになって、欲しい……」


 午後の日差しが、穏やかに俺を包み込む。

 頭を撫でる指先に、身体は気怠い夏みたいに弛緩していく。


 強者に従い、強者を尊び、そして強者を挫く。


 なればこそ、俺が答える言葉は決まり切っていた。


「……分かった。約束しよう、師匠」

「……あぁ……それを、忘れないでいてくれ……」







 遠く拡散した意識が、渦潮に吞まれて床を踏む感覚を取り戻していく。


 唖然と開いたままの口を、固く結んだ。

 俺は生首を蹴り跳ねて──黄金の王座へ足を組むアドラへにじり寄る。


「師匠の始末だと? 師匠は生きて……ッ、どういうことだ! 説明しろ、アドラッ!!」


 存外にも叫び上げた大声に、低く艶めかしい声が弾んだ。


「意味、か。フフフ……そうは言ってもな」


 夜の山に潜む猛獣のような笑み。

 頬を撫でる緋色の触覚が、シャンデリアの明かりを受けて蝋燭みたいに揺らめく。

 

「まぁ、この映像を見てもらった方が早いだろう」


 言われると同時にデータを受信する。

 右手を振って空間ディスプレイを展開。

 ポンと軽い音が響いて、四角い窓が浮かび上がる。



 青く暗い施設で、何者かとやり取りする師匠。



 漆黒のローブは、レジスタンスの紋章を刻んでいた。


 

「こ、れは……?」


 乾いた声が、口先から零れる。

 赤い唇が、獰猛に歪んでいる気がする。


「アイツは私たちを裏切り、レジスタンスに与した。殺す理由は充分だろう?」

「師匠が……裏切、り……?」

「現在は東京の地下に潜んでいるようだ。そこは数日前に武力制圧した。ただし、まだクロの死体は見つかっていない」


 滔々と告げられた言葉に、間隙の沈黙が、黄金の室内を満ちた。


「……仕事の詳細は、理解した。承ろう」


 ローブの裾をぎこちなく翻し、扉を潜る。


「A006、間違っても失敗してくれるなよ?」


 背後から響く不穏な笑みが、いつまでも耳奥に残った。

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