第32話
花織である。霧のように充満していた埃の間から、全身に暴風を纏いながら花織が飛び出してきた。
百メートル走のように全力疾走した花織は、うずくまって身動き一つしない勇二の背中を足掛けに空中に高らかに跳躍した。
驚異的な身体能力により飛翔した花織は、寸分の狂いもなく目標に向かって突き進んでいく。
一方、拳銃使いの金髪は度肝を抜かれただろう。何十発もの弾丸を受けても怯まない異形の物体を相手にしていたら、次は自分に向かって飛翔してくる少女である。数瞬だろうが思考が停止していたに違いない。
「セイヤアアアアアアッ――――ッ!」
廃材置き場に轟く花織の気合。そして金髪に向かって飛び横蹴り一閃。相手は再装填に戸惑っていたので、自重が完全に乗った花織の蹴りを避けられなかった。
ゴシャッ! という歪な音が廃材置き場に鳴り響いた。続いて積まれていた廃材に何かが突っ込み、地鳴りのような轟音を発する。その衝撃でガタガタと山のように積まれていた廃材が崩れ始め、地面に拡散した。
やがて埃が綺麗に晴れ、視界が良好になったとき、花織は肩の前にきていた髪を颯爽と後ろに移動させた。
花織はフォークリフトの隣に佇んでいた。黒縁眼鏡の体裁を整え、バラバラに拡散している廃材の山に意識を向ける。
「こいつ……」
無造作に崩れた廃材の中に、顔面を血で真っ赤に染めた金髪の人間がいた。
花織は眉間に皴を寄せた。かすかに見覚えがある。確か何日か前に大通りで正美に道を訊いてきたという金髪の男ではなかっただろうか。
だらしなく昏倒している金髪の男の右手には、コンパクトな拳銃が握られていた。視線を移すと、自分の足元にも同じ拳銃が落ちている。名前までは知らないが、日本の警察官が持つようなリボルバーではない。
「か、花織! だ、大丈夫か?」
遅れてくること一分後、勇二がドスドスと重苦しい足音を立てて近づいてきた。暢気に手を振って陽気に声をかけてくる。
「その様子だと勇二も大丈夫なようね」
ほっと花織は胸に手を当てて一息ついた。
花織が拳銃使いに対して立案した作戦は至ってシンプルなものであった。
弾丸が通用しないと豪語する勇二を文字通り〝盾〟にして、相手の弾丸を弾切れになるまで撃ち尽くさせる。そして弾切れになった瞬間を見越し、一気に間合いを縮めた花織が相手に近づき戦闘不能にする。という一見無謀な作戦にも思えたが、勇二のボディスーツと実戦を潜り抜けて身につけた花織の勝負度胸がなかったら成功しない作戦であった。
だが作戦は成功した。勇二も無事であったし、花織が放った飛び横蹴りも自画自賛したくなるほどに見事に決まった。これ以上、言うことはない。
「か、花織!」
金髪の男を調べようと花織が動いたとき、突如、勇二がヘルメットを外して叫んだ。
花織は視線を動かした。向けた先はフォークリフトの奥である。
「正美――ッ!」
赤子のように丸まっている正美を発見した瞬間、花織は叫ぶのと同時に走った。
「正美! 正美! 正美!」
ぐったりとしていた正美の上半身だけを起こすと、頬を軽く叩いて生存を確認する。考えたくはないが、何かされていたら一大事である。
「う……ううん……」
何度か頬を叩いたあと、正美の表情に変化があった。寝起きのように閉じていた両目の瞼がピクピクと動き、かすかに開いていた口からは小さな呻き声が漏れた。
よかった、生きている。生存を確認した花織は大きく息をつくと、すぐさま勇二に人差し指を突きつけて命令した。
「勇二、アンタは急いで警察を呼んできて! それと救急車の手配も忘れずに!」
「わ、わかった!」
二つ返事でOKをした勇二は、入り口に向かって走っていく。再び花織は視線を勇二から正美に向きなおした。正美は閉じていた両目をゆっくりと開く。
「か……花織ちゃん?」
「気づいたのね、正美」
花織は正美の頭に両腕を回して強く引き寄せると、胸元でしっかりと抱きしめた。
「く、苦しいよ……花織ちゃん」
「あ、ごめんね」
強く抱きしめていることに気づいた花織は、すぐに正美の頭から両手を離した。正美は軽く咳き込んだが、そのお陰で意識が覚醒したようだった。
「私……いったい……どうして……」
正美はこめかみの部分を押さえながら頭を左右に振った。軽い頭痛にでも襲われているのだろう。無理もなかった。薬を嗅がされたか当て身を食らったかはわからないが、意図的に気絶されたことは間違いない。
花織は動揺する正美を落ち着かせようと頭を優しく撫でた。
「もう大丈夫よ、正美。アンタが何で誘拐されようとしていたかはわからないけど、ああしてちゃんと犯人はぶちのめしたから」
「え? 誘拐?」
普段使わない単語に反応した正美は、虚ろだった意識のまま花織が指し示す犯人に視線を向けた。
「あの人……」
正美の瞳孔が拡大した。口元に手を当て、小刻みに身体を震わせている。
「ああ、あの金髪ね。確か何日か前に道を聞いてきた外人でしょ。まったく、昨今の外国人による犯罪はなくならないわね。もう少し警察がビシッと取り締まってくれなきゃ」
警察に対して花織は希望的要求を述べていると、突然、正美が摑みかかってきた。やや青紫に染まった唇をブルブルと震わせている。
「だからもう大丈夫だって。だから安心しなさい」
と花織が笑みを浮かべた直後、ぞくりと背筋を凍らせるほどの悪寒を感じた。すかさず意識を入り口のほうへ向ける。まさにその方向から強烈な殺気が迸ってきた。
花織は瞠目した。薄暗い廃材置き場において、開けられた扉からは逆光ぎみに陽光が侵入してくる。だからこそはっきりと視覚として捉えられた。
地面にヘルメットを脱ぎ捨てた勇二がだらしなく寝そべっている。そしてその近くにいたのは、金色の長髪を風になびかせている一人の女性――。
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