第14話
「オラアアアッ! 腕章よこせや腕章ッ!」
角のように長髪を真っ直ぐ固めたリーゼントの男が、花織に向かって右拳を放つ。その拳は力任せに相手を殴りつける素人にありがちな単純な攻撃だった。
花織は身体を半身に構え、左足を前に出して腰を軽く落としている。右拳は鳩尾の高さに固定され、左拳は足と同様に前に突き出されている。
リーゼントの拳が花織の顔面に向かって近づいてくる。どうやらリーゼントは相手が女だろうと容赦しない男女平等主義者のようであった。
それは花織も同じだった。男をぶちのめすのに遠慮なんかしない。
リーゼントの拳が花織の顔面に数十センチの距離まで迫ってきた瞬間、花織の眼光がギラリと輝いた。刹那、花織はリーゼントの右拳を上段受けによりがっしりと食い止めた。
それだけではなかった。花織はリーゼントの攻撃を食い止めたと同時に、間髪を入れず反撃を繰り出していた。
リーゼントは口から「がはっ」と透明な液体を垂れ流すと、朦朧となる意識のまま自分の胸元に視線を落とした。花織の正拳突きが深々と胸元に突き刺さっている。リーゼントは信じられないという顔つきのまま、ガクリと膝から崩れ落ちた。
「今度からはもっと体重移動に気をつけて踏み込みを鋭くしなさい。そうすれば今よりもっとよくなるわよ」
地面にだらしなく昏倒しているリーゼントを花織は見下ろすと、リーゼントの左腕に巻かれていた腕章を奪い取った。そのまま花織は、支給されたスマホのカメラで腕章の裏に印刷されていたQRコードを撮影した。
「花織ちゃん……お、終わった?」
「ん?」と花織はスマホから声が聞こえてきたほうに視線を移した。視線の先には正美がいた。電柱の後ろから顔だけを恐る恐る出している。
「終わったわよ。でもそんなに怖いんならついてこなくてもいいのに」
正美は電柱の後ろからのそりと出てきた。地面に視線を彷徨わせながらゆっくりと花織に近づいてくる。
「そ、そうはいかないよ……た、大切な幼馴染が……身の危険に晒される行為を……黙って見過ごすわけには……いかないもの」
言葉を詰まらせながら近づいてくる正美。花織は両腕を組んでう~んと唸った。
「身の危険ねえ」
花織と正美がいるのは閑静な住宅街の一角であった。見渡せば数十階建ての住宅ビルが幾つも見え、車の姿も少ないので五月蝿くない。
だが、ほんの今までは五月蝿かったかもしれない。花織と正美の足元には、白目を剥きながら気絶している数人の男たちの姿があった。
リーゼントの髪型や派手な金色に染めている男たちは、「喧嘩上等」や「全国制覇」などと刺繍が入っている特攻服を着ていた。
暴走族である。綾園市を中心に警察を悩ませていた札つきの不良たちであったが、今しがた花織に戦いを仕掛け、あっけなく返り討ちにあったのである。
あわあわと戸惑っている正美を横目に、花織は花織で冷静にスマホを操作していく。今のリーゼントの勝利を合わせて、これで勝利カウントが六になった。つまり、今のところ六人の人間に花織は勝利しているということである。
カチカチとスマホのボタンを操作していると、横から正美が顔を覗かせてきた。
「相変わらずこのスマホって凄いね。画面も大きくて見やすいし、カーナビみたいな機能もついてる。ねえ、電話やメールはできないの?」
「残念ながら電話やメールはできないように改造されてるわ。それにこれはスマホっていうよりスマホ型カーナビってところかしら」
花織が操作しているスマホの液晶画面には、上空から地図を見るような画面が表示されていた。その中心には【一番】と表示されている。
「この【一番】が花織ちゃんのことなんだよね?」
正美が尋ねてくると、花織はこくりと頷いた。
「そうよ、この支給されたスマホには自分を支点にした番号が表示されるの。でもそれだけじゃないのよ。他にも現時点で自分が何人の人間に勝利しているのかや、現在、自分以外に何人の人間が残っているのかも随時表示されるの。説明書によると、これは大会本部のコンピューターから分単位で更新データーが送信されてくるからだって」
「へえ~、さすが世界的大企業の大道寺製品だね。移動画面も滑らかだし、防犯に役立ちそう」
二人はそんな会話をしながら移動を開始した。目的地などは決まっていないが、一箇所に留まっていても仕方ない。
花織はスマホと周囲を交互に見ながら歩き、正美はその後に黙ってついていく。
今回、花織が参加した【綾園異種格闘市街戦】は前代未聞の実戦形式の格闘イベントである。ルールがあるようでルールがない。不意討ち、騙し討ち、大勢での奇襲、そして武器の使用も可という一歩間違えば参加者の命も危うい殺伐とした大会であった。
そのとき正美は「あれ?」と声を上げて立ち止まった。顎先に人差し指をつけ、空を見上げながら何やら思案するポーズを取る。
「この大会って武器の使用は禁止なのよね? でもさっき花織ちゃんが倒したヤンキーさんの一人は木刀を持ってなかった?」
花織も立ち止まった。振り向くと、「正美もそう思った?」と沈んだ表情で言った。
「違うの?」
「微妙に違う」
と花織はポケットからくしゃくしゃにした大会ルールが記載されている紙を取り出した。広げて正美に手渡す。
正美は大会ルールに目を通していくと、注意事項の欄で目線がピタリと止まった。注意事項の欄には、はっきりと「銃器、刃物等の使用は禁止する」と書き記されていた。
「ほら、ちゃんと書かれているじゃない。銃器、刃物の使用は禁止ってあるよ」
正美はまだ気づいていない様子だったので、花織は頭を掻きながら優しく教えた。
「でも書いてないでしょ? 銃器、刃物以外の武器の使用を禁止するって」
花織の言葉を聞いて、格闘事情に鈍い正美でもようやく気がついた。ルールの裏に巧妙に隠された事の重大さに。
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