第11話 進路選択と崩壊の危機

 文化祭での出来事を経て、零とヒロインたちの関係は、以前のような蜜月ではなくなっていた。零は、彼女たちからの冷たい視線と、遠回しな非難の言葉に、胸を締め付けられる日々を過ごしていた。彼の作品は確かに多くの人に認められたが、それは同時に、彼女たちとの心の距離を広げるものだった。


 高校3年生の夏。零は、担任の教師との面談で、進路について問われた。

「佐久馬、お前は写真家を目指しているんだな? 美術系の大学に進学するのか?」

「いえ……写真家は、副業として続けていこうと思っています。大学は、普通の学部を受験するつもりです」


 零にとって、それは現実的な選択だった。写真集の印税だけで生活できるようなトップレベルの写真家になれるのはごく一握りだ。イベント会社や旅行会社の内勤カメラマンとして働きながら、副業で自由に写真活動をするという道は、安定した生活を確保しつつ、写真家としての夢も諦めないという、彼なりの精一杯の決断だった。零の心の中には、依然として「誰かに認められたい」という承認欲求と、「安定した生活を求めたい」という現実的な思考がせめぎ合っていた。


 零の決断は、すぐにヒロインたちの知るところとなった。それは、彼らの関係にとって、決定的な亀裂を生むことになった。


 放課後、零は葵に呼び出された。生徒会室ではなく、人通りの少ない中庭だった。

「佐久馬君、君が写真家を諦めたと聞いた」

 葵の声は、感情を一切含まない、冷たい響きを持っていた。

「諦めたわけじゃ……」

「嘘をつく必要はない。夢を追わないという決断は、諦めだ。君の作品は、多くの人の心を動かした。私も、君の才能を認めていた。だから、君は、私を支配し、私の全てを受け入れることができた。なのに、なぜ……」

 葵の瞳には、零への失望が浮かんでいた。零は、彼女の言葉の裏にある「私を支配するほどの情熱を、君はもう持っていないのか?」という非難を感じ取った。葵は、自分と同じように完璧を追求する零を期待していたのだ。


 次に零の前に現れたのは、七瀬だった。彼女は、零を誰もいない屋上へと誘った。

「零くん、私との関係も、遊びだったの?」

 七瀬の瞳は、零への悲しみと怒りに満ちていた。

「遊びなんかじゃ……」

「嘘だよ! 零くんが、写真家として成功することを、私との関係が本物であることの証だと思っていたのに……。零くんの夢が、私たちの関係が、ただの一瞬の火花だったって、そう言われてるみたい」

 七瀬の言葉は、零の胸に突き刺さった。彼女は、零の夢に対する情熱が、彼女たちとの関係を本物にしてくれると信じていたのだ。


 明香里は、零に直接、非難の言葉をぶつけた。

「零くん、どうして!? 零くんは、私のこと、寂しさを埋めるための道具だったの!?」

 彼女は、零が安定を求めたことを、自分という存在が彼の人生の選択に影響を与えなかったことだと受け止め、寂しさと怒りを感じていた。彼女の涙は、零の心を深く抉った。


 そして、凛桜。彼女は、零に何も言わなかった。ただ、零の目の前で、零が撮った、自分の「笑顔」の写真を、静かに破り捨てた。その行為は、言葉以上に零を絶望させた。彼女が、ようやく一歩を踏み出したばかりだったのに、零がその希望を、自らの手で粉々に砕いてしまったことを、零は痛感した。


 零は、ヒロインたちとの関係が、完全に崩壊したことを悟った。彼の不器用な優しさ、そして現実的な選択が、彼女たちの期待を裏切り、彼女たちを深く傷つけてしまったのだ。彼は、絶望の淵に立たされ、カメラを手にすることもなく、すべての関係性を断ち切ろうと考える。


 零の平凡な日常は、再び、孤独な時間へと戻ってしまうのだった。

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