最終話 婚約破棄がなければ

「面白い見世物だったわ」

 玉座に並ぶ王族の面々、国王陛下と王妃、そして王太后は満足そうに笑みを浮かべていた。事情を聞かされていなかった王太子と第二王子はキョトンとしていたが、後に事の仔細を聞かされるだろう。


 社交界にデビューしていなかったアシュリーが王族に挨拶をするのは初めてだったので、さすがに緊張を隠せなかった。

「緊張することはないのよ、初めて会うわけでもないのだから、幼い頃はお転婆だったじゃない」

 王太后は親しみを込めて微笑んだ。


「そなたが家出して除籍されたと聞いた時は驚いたけど、運よくリフェールが見つけてくれてよかったわ」

 今から思えば、あれは本当に偶然だったのだろうか?とアシュリーは疑ったが、いくら魔術師でも予知能力があるとは思えなかった。


「王太后様とリフェール殿下のご温情、痛み入ります」

「当然のことをしただけよ、ヘイワード伯爵家はいままで王家に尽くしてくれたもの、でも、残念な結果になってしまったわね」


「ヘイワード家の血脈を絶やしてはいけないと、いつも母に言われていましたのに、私の家出がきっかけでこのような結末を招いてしまいました」

 ヘイワード家はもうお終いだろう。

「そなたのせいではありません、母上がなにより望んでおられたのはアシュリーの幸せ、それに由緒正しき血統はそなたに受け継がれているのだから問題ないわ」


「そなたがまた薬草栽培をしてくれる気になってくれて一安心だ」

 国王が満足そうに言った。

「森の奥深く、また標高が高い山でしか自生しない種類、それらの貴重な薬草を畑で栽培できる技術を受け継いでいるのはヘイワード家直系の子孫だけだ。アシュリー嬢無しで薬草畑は維持できないことがわからず除籍するとは、つくづく愚かな男だな」


 ちょうどルドルフとリディアが肩を落としながらヨロヨロと会場から出て行くのが見えた。


「よくアシュリー嬢を我が国に引き留めてくれたなリフェール」

「僕じゃありませんよ」

 リフェールは柱の陰に身を潜めているヒューイに視線を流した。


「ほら、心配のあまり迎えに来てるよ」

 茶化されてアシュリーは恥ずかしそうに俯いた。

 そんな彼女を見て王太后は目を細めた。

「これからはシモンズ侯爵家が王家の薬箱と呼ばれるようになるのね」



   *   *   *



 シモンズ侯爵邸の外庭では大勢の作業員が忙しなく動き回っている。雑木を根こそぎ倒し、雑草を刈る作業がはじめられていた。

 アシュリーとヒューイは寄り添いながらそれを見守っていた。


「本当によかったんですか? ここを畑にしてしまって」

「君がまた薬草を栽培してくれるのなら国のためにもなるし、喜んで提供するよ。来年にはシモンズ侯爵夫人になるんだから、自由に使ってくれていい」

 侯爵夫人という言葉に反応して恥ずかしそうに目を伏せたアシュリーの顔を、ヒューイは大きな手で包み込み、そっと唇を重ねた。


「おや、またお邪魔しちゃったね」

 そこへアルドに案内されたリフェールが現れた。

「殿下!」

 アシュリーとヒューイは慌てて膝を折りながら深々と頭を下げた。

「そういうの、イイって言ってるのに」

 リフェールは眉を下げた。


「ここが新しい薬草畑になるんだね」

 リフェールは作業が進む外庭に目を向けた。

「収穫が楽しみだ。あっ、その前に結婚式だね、準備ははじめてるの?」

「えっ? 一年後ですけど」

「一年なんてあっという間だよ、王族を招くに相応しい式にしようと思ったら一年の準備期間じゃ足りないくらいだよ、なんなら専門家を派遣しようか?」


「それは大丈夫です、マルレーネおば様が張り切ってらっしゃるから」

 アシュリーは少し困り顔で返した。

「まさか元婚約者も来るんじゃないだろうね」

「どうでしょうか、でも元婚約者じゃなくて幼馴染枠なら私はOKですよ」

「俺は嫌だな」

 ヒューイは唇を尖らせた。


「元婚約者がおバカだったお陰で、君とアシュリーは出会うことが出来たんだ、感謝してると言ってやればいいじゃないか」

「それもそうですね」

 リフェールとヒューイは悪戯をしようとしている子供のような笑みを浮かべながら顔を見合わせた。


「でも、本当にそうなんですよね、婚約破棄がなければ家出する決心はつきませんでした、リフェール殿下やヒューイ様と出逢うこともありませんでした。私の人生がこんなも変わることはありませんでした。そう言う意味ではブルーノに感謝しなければいけませんね」


「選んだのは君だよ、婚約破棄を宣言した日、彼らは破滅への、君は自由への扉を開けたんだよ」

(扉の向こうは、思っていた未来と少し違ったけれど……)


 アシュリーは整備が進む外庭を見渡した。

「順調にいけば来年には緑の薬草で覆い尽くされます、かつてお母様と見た風景が再現される……お母様はもう見れないけど」


「これからは俺と一緒に見るんだよ、来年も再来年もその先もずっと」

 ヒューイはアシュリーの肩を抱き寄せた。


 アシュリーの紫水晶アメジストの瞳に、太陽に光を浴びた緑の葉が微風に揺れる薬草畑の畦道を駆ける子供たち、陽だまりの中でそれを見守る夫婦、そんな幸せな未来の風景が浮かんだ。


   おしまい

   ※最後まで読んでいただきありがとうございました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

家出した引きこもり伯爵令嬢は呪われた侯爵家で真相を究明する 弐口 いく @ikuyo-t

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ