第40話 見なくていいそうです

「お前の顔を見るたびに心をえぐられた、侯爵様をたぶらかしたあの女とよく似た美しい顔」

 トンプソンはヒューイに向かって、地の底から湧き出たような声を発した。


「お前呼ばわりか」

 ヒューイは臆せず剣を抜いて対峙した。

「下がってろ」

 アシュリーを肘で後ろに追いやった。


「でも」

「でもじゃない、もっと下がれ!」

 ヒューイが叫んでいる間に、トンプソンは剣を大きく振り上げながら飛び掛かってきた。


 ガチャン!!

 剣がぶつかり合う。

 受け止めたヒューイはその重さに衝撃を受けた。デュランが弾き飛ばされたのも頷ける。トンプソンの力ではないだろう。これが呪いの力なのか?

 考えている間にもヒューイの足が重さに耐えかねて、後退するつもりはなくてもジリジリと下がっていく。両腕にかかる重さはさらに増し、このままでは押し潰される。


 命の危険を感じたヒューイだが、自分の敗北はアシュリーの命に直結する、負けるわけにはいかない。

 ヒューイは奥歯を噛みしめて、踏み出そうとした。


 ヒューイの首筋を伝う汗を見ながらアシュリーも恐怖に震えていた。自分が足手まといになっているのはわかっている、一人ならもっと身軽に交わす方法はあっただろう。

(私がここにいるから動けないんだ)


 騎士たちを薙ぎ倒すのを見ていたアシュリーは、トンプソンの動きが俊敏なのもわかっていた。今、離れれば、後ろからザックリ斬られるのは想像に容易い。逃げることも出来ずにどうすればいいのかわからないまま、ヒューイの体が押されて迫っているのを感じた。


 自分が押し返したところで、なんの足しにもならないが、

(私に魔力なんてものが本当にあるのなら、ヒューイ様を護って!)

 アシュリーはヒューイの背中に手を当てた。


 トンプソンは一度、交わっていた剣を一度戻して、再び、振り下ろした。

 防戦一方だが、かろうじて受け止めるヒューイ。

 その時、


 背中に感じたアシュリーの手が熱を持ったかと思うと、ヒューイの体全体が熱くなり、剣を握る手から刃へと流れた不思議な感覚に見舞われた。


 二人の体が白い光に包まれる。

 その光が室内に広がり、まるで太陽が出現したよう眩い光で埋め尽くされた。


 吹っ飛ばされて倒れていたデュラン、騎士たちもその輝きに目を細めた。


 眩い光にトンプソンを覆っていた黒い靄が吞み込まれた。

「ギャアァァ!」

 光が目に入ったトンプソンが怯んだ。

 一瞬を見逃さず、ヒューイは彼女の剣を弾き飛ばした。流れるような次の動作で彼女の胸に切っ先を突き刺した。


 渾身の一撃はトンプソンの胸に深く突き刺さる。


 トンプソンの動きが止まった。

 血走っていた彼女の目が元に戻ってヒューイを見た。


 トンプソンの目にはヒューイの顔が美しかった彼の母ロザリーと重なった。自分を見る眼差しには悲哀が込められている。〝この人は私を殺したくはなかったのね〟そう感じながらトンプソンは剣が刺さった胸を見下ろした。


〝私は死ぬのね、私の人生はなんだったんだろう、どこで間違えてしまったんだろう〟とトンプソンは思い起こそうとしたが、その意識はプツンと途切れた。


 ヒューイが剣を引き抜くと、彼女の体が崩れ落ちた。

 床に鮮血が広がった。


 ヒューイの背中に隠れていたアシュリーは、彼が握る剣の先から血が滴るのを見て、なにが起きたのか想像がついて震えた。


 背中に当たる彼女の手が震えているのを感じたヒューイは、体の向きを変えると同時に、アシュリーの顔を自分の胸に引き寄せた。

「見なくていい」


 ヒューイは無造作に剣を振るって血を払うと鞘に納めた。

 そしてまだ茫然としているデュランに、

「トンプソンは乱心した、止むを得ない処置だった、後を頼む」

 そう言いながら、アシュリーを両手で強く抱きしめた。


 デュランは立ち上がって敬礼した。

「承知しました」


 ヒューイはアシュリーを抱きかかえた。

 仕方なかったとはいえ自分が殺してしまったトンプソンの死体を見せたくなかった。


 ヒューイはそのままアシュリーを連れ出した。



   *   *   *



 数日後、オリヴィアの葬儀がひっそりと執り行われた。

 亡くなり方が尋常ではなかったので、事情を知る数人だけで埋葬した。


「オリヴィアは確かに自分勝手で周囲に迷惑ばかりかけていたけど、あんな殺され方をしなきゃならないほどの罪だったんだろうか、ライナスの事だって、彼が死ぬなんて思ってもいなかっただろうし」

 ヒューイは墓石を見下ろした。死に別れて悲しいという気持ちはなかったが、若くして散ったオリヴィアを気の毒に思っていた。


「知らずに犯す罪というのはいちばん厄介なんだよ、悪気がないから繰り返す、そして知らずに何度も人を傷つけてしまうんだよ」

 オリヴィアを嫌っていたわりには葬儀に参列したリフェールが返した。


 ダリアとジャック・マクレガー夫妻の遺体は親族に引き渡そうとしたが、ジャック薬物中毒の果ての自殺、ダリアは銀食器を窃盗して逃亡しようとしたあげくの事故死とされたため、犯罪者は引き取れないと拒否された。

 トンプソンの実家もしかり、オリヴィアを焼死させた殺人犯の遺体など引き取れないと拒否されたので、三人とも共同墓地に埋葬された。


 またも四人の死者を出したシモンズ侯爵邸は、呪われた邸として世間の話題にのぼる羽目になってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る