第13話 邸を案内されました

「なんであんな言い方するんです、あれじゃリフェール殿下との関係、誤解されちゃいますよ」

 トンプソンが退室するとアシュリーはすぐヒューイに詰め寄った。


「大丈夫、噂になっても殿下はビクともしない、それに鞄と一緒に彼からドレス一式も届いているし」

「なんでまた」

「ほんとに気に入られたんじゃないか」


「まさか」

(正体に気付かれたのかも知れない!)

 アシュリーの胸に不安が過ぎった。ハッキリしたら連れ戻される恐れもある、この邸から逃げる算段を立てなければならないと焦った。


「一か月も滞在するんだ、着替えは必要だろ」

「そうですけど」

「王子の知り合いとなると、トンプソンも手が出せないだろ、あの女の陰険さは半端ないからな」

(確かに、真っ黒なオーラが見えるような気がするのはそのせいね)


「まあ、アルドさんには平民じゃないとバレちゃいましたけどね」

「アルド、彼は優秀だ、彼が残ってくれていてとても助かってるんだ」

「噂のせいで人手不足なんですってね」

「アルドはそんな話もしたのか」

「いえ、ほら昨日、リフェール殿下と伯母様が仰ってたから」

(アルドさんの評価を下げちゃ申し訳ないわ)


「ここへ来る途中、例の薔薇園が見えたんですけど、酷かったです」

「外部からの侵入は考えられないし、邸の中に犯人がいるはずだ、もしかしたらオリヴィアの狂言かも知れない」


 ヒューイは大きな溜息をついた。

「まったく、手が付けられない我儘娘だよ、人の気を引くために無茶をするし」

「きっと両親を亡くされて寂しいんですよ、姪御さんなんでしょ、もう少し優しくしてさし上げれば?」


「姪と言っても会うのは六年ぶりだったんだ、それまでもほぼ接点はなかったし顔さえ覚えていなかったよ、向こうだって同じはずなのに」

「それでも、今はたった一人の肉親でしょ」

(私にはもう肉親と言える人はいない)


「あの子は十四にして母親そっくりだ、自分が美人なのをよくわかっていて、男なら誰でも言いなりになってくれると勘違いしているから苦手だ」

「考え過ぎじゃないですか?」

「君みたいに女を武器にしないタイプにはわからないだろうね」


「武器にしたくても出来ないんです、色気もないし」

「わかってるじゃん」

「ほんと、失礼ですね」

 アシュリーは自虐したにもかかわらず、頬を膨らませた。


「とにかく、あの子は教育係に任せるつもりだ、今からでも最低限の常識はつけてもらわなくては嫁の貰い手にも困るから」

「美人だし大丈夫ですよ、我儘が可愛いと言う男は山ほどいますからね」

 アシュリーの脳裏で、オリヴィアとリディアが重なった。


「そうならいいんだけどな」

「あんな小姑がいたら、ヒューイ様も奥様をお迎えできませんからね」

 そう言った瞬間、ヒューイの顔が凍り付いき、室内の温度が一気に下がったようにアシュリーは感じた。


「邸の案内はまだだったな、一回りするか」

 ヒューイは唐突に話題を変えた。

「あ、はい」



   *   *   *



「建物は四つの棟が中庭を囲んで建っている。正面玄関の本棟には広間や食堂、娯楽室などがあるけど、食堂以外はほとんど使っていない」

 ヒューイは回廊をゆっくり歩きながら簡単に説明した。


「今歩いているのは右手、東棟で、各自の私室や客室、執務室、図書室、執事や侍女の部屋がある。反対側の西棟は、洗濯室や倉庫があって、下働きやメイドの住まい、お前が昨日、トンプソンに案内された部屋だな」

「別にそこでも良かったですよ」


「そして奥の北棟は騎士団の宿舎になっていて、室内の稽古場も完備されているし、騎馬の厩舎もある」

 二人はそちらに向かっていた。


 回廊から北棟の廊下を抜けて、建物の外に出ると、そこには騎士たちの訓練場があった。ダリアが言っていた、オリヴィアが暇を見つけては若い騎士を見に行っているのはこの場所なのだろうとアシュリーは思った。


 さらにその奥には広大な庭らしきものが広がっていた。手入れが行き届いていないので、草木が伸び放題の森のようになっていたが、自然み溢れる素敵な場所だとアシュリーは感じた。


「ヒューイ様」

 一人の屈強な騎士がヒューイの姿を見つけて駆け寄った。

「なにかありましたか」

「いや、彼女を案内しているだけだ」

 強面のその騎士は、不思議そうにアシュリーを見た。


「アンだ、俺が怪我をさせてしまったので、治るまで邸に滞在するから、よろしく頼む、彼はデュラン・ニコラウス、騎士団の隊長だ」

 デュランはにこやかに握手を求めたので、アシュリーは応じた。


「領地にはここより数倍の規模の本隊があって、領地の治安を護っている。彼はそちらでも重責を担っているんだが、なりたて侯爵の俺を補佐するために、妻子を残して単身赴任してくれたんだ」

「坊ちゃんのことが心配でしたから」


「坊ちゃん?」

 聞き逃さなかったアシュリーが思わずオウム返しした。


「すみません、つい昔の癖で」

「デュランは俺が子供の頃に剣を教えてくれた師匠だから」

 ヒューイはバツ悪そうにこめかみを掻いた。

「坊ちゃんって」

 揶揄うように繰り返したアシュリーの頭をヒューイは小突いた。

「笑うな」


 じゃれ合うような二人に、デュランは驚きの目を向けた。

「坊ちゃん……?」

「その呼び方はやめてくれよ」

「いや、アンさんは平気なんだなと思いまして」

「なにが?」


「女性と触れ合っても」

 それを聞いてアシュリーはまたダリアの話を思い出した。ヒューイは女嫌いだと噂されていること。


「きっと坊ちゃんは私を女と思ってないんですよ」

「坊ちゃん言うな!」


 デュランは、すっかり馴染んでいるように見える二人を見て、嬉しそうに笑みを浮かべた。

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