第4話

---未練の居場所


 放課後。図書室。

 僕は、参考書を開いていた。

 彼女は、隣の席に座っていた。

 ──机の上ではなく、ちゃんと椅子に。


 「ねえ、私って、今……何者なんだろう」


 「幽霊、じゃないの?」


 「ううん。もうちょっと違う気がする。

 君に選ばれて、浄化されなくて、残って……

 でも、成仏もしてない。

 じゃあ、私は……“未練”そのもの?」


 僕は、ページをめくりながら言った。


 「未練って、残るものじゃなくて、残しておくものかもね」


 彼女は、目を見開いた。

 そして、少しだけ笑った。


 「……それ、ちょっとだけ、かっこいい」


---未練の記録


 その日から、彼女は“記録”を始めた。

 ノートに、自分の妄想を書き留める。

 BLアニメの感想。未練の断片。羞恥の記憶。

 そして、僕との会話。


 「これって、私の“生きてた証”になるかな」


 「なると思う。僕が読んでる限りは」


 「じゃあ、君が“読者”で、私は“語り手”だね」


 「……それ、ちょっとだけ、照れる」


 彼女は、ノートの端に小さく書いた。


 ──“攻め顔、照れてる”──


---霊的進化と新たな役割


 昼休み。教室。

 黒影と白焔が、僕の席にやってきた。


 「腐霊の波動、安定している」


 「むしろ、校舎の霊的濁りが浄化されている。

 妄想が“記録”に変わったことで、霊波が整理されたらしい」


 彼女は、机の上でドヤ顔していた。


 「ふふん。我が未練は、もはや“文化資産”なのじゃ」


 僕は、ノートを閉じながら言った。


 「……それ、褒めてる?」


 「うん。霊的に、最高に」


---


 その日、僕は初めて「未練は、残していい」と思えた。

 彼女は、もう幽霊じゃない。

 でも、成仏もしていない。

 彼女は、“僕の中に残る語り手”だった。


 ──未練は、語ることで意味になる。

 それを、僕は彼女から教わった。



---語り手になりたい幽霊


 放課後。図書室。

 僕は、彼女のノートをめくっていた。

 そこには、妄想と羞恥と、ちょっとだけ恋心が、ぐちゃぐちゃに混ざっていた。


 「……これ、すごいね。感情の密度が」


 「でしょ? 私、感情の塊だからね。

 でも、最近思ったんだ。これ、ちゃんと“物語”にしたいなって」


 僕は、顔を上げた。


 「物語?」


 彼女は、机の上で正座していた。

 いや、正確には──“語り手モード”だった。


 「私の死因、BLアニメの最終回で興奮死って、ギャグじゃん?

 でも、それを“ちゃんとした小説”にしたら、未練が浄化される気がして」


 「……それ、成仏のため?」


 「ううん。君に読んでもらうため」


---死因のプロット


 彼女は、空中に浮かびながら、語り始めた。


 「タイトルは『最終回の彼に殺された』。

 ジャンルはBL×ホラー×青春。

 主人公は、推しの死に顔を見て心臓が止まる腐女子。

 でも、死んだあとも推しの幻影を見続ける──っていう、未練型恋愛譚」


 「……それ、君の話じゃん」


 「うん。でも、ちょっとだけ脚色する。

 推しが“攻め顔で微笑む”シーンで死ぬの。

 その瞬間、心臓が“キュン”ってなって、“ドン”って止まる」


 「……擬音が強すぎる」


 「大事なの! 読者の心臓にも“キュン→ドン”って響かせたい!」


---羞恥と語りの倫理


 彼女は、ノートにペンを走らせながら言った。


 「でも、ちょっと怖い。

 これ書いたら、私の“恥”が全部晒されるじゃん?」


 「……でも、君はそれを“語りたい”んでしょ?」


 「うん。君に読んでもらいたい。

 私の未練を、物語として受け止めてほしい」


 僕は、ノートを閉じた。

 そして、静かに言った。


 「じゃあ、僕が“編集者”になるよ」


 彼女は、目を見開いた。

 そして、少しだけ泣きそうな顔で、笑った。


 「……君、完全に攻め顔になったね」


 「……それ、褒めてる?」


 「うん。霊的に、最高に」


---



 その日、僕は初めて「語り手を支える」という感情を知った。

 彼女は、死因を物語にしようとしていた。

 それは、未練の告白であり、羞恥の昇華であり、

 そして、僕との“関係性の記録”だった。


 ──語ることで、未練は意味になる。

 それを、彼女は僕に託した。



---語ることと、晒すこと


 放課後。図書室。

 僕は、彼女のノートを見つめていた。

 そこには、彼女の死因が、物語として綴られていた。


 「……これ、完成したんだね」


 「うん。タイトルは『最終回の彼に殺された』。

 ジャンルは羞恥×未練×腐女子×青春。

 あと、ちょっとだけ恋」


 彼女は、机の上で正座していた。

 いや、正確には──“投稿モード”だった。


 「ねえ、これ……世に出してもいいかな?」


---語りの葛藤


 僕は、ノートを閉じた。

 そして、しばらく黙っていた。


 「……君の死因って、BLアニメの最終回で興奮死、だよね」


 「うん。恥ずかしいよ。

 でも、それが私の“生きてた証”だから」


 「でも、世に出したら、君の“恥”がみんなに見られる」


 「そうだね。だから、君に聞いてる。

 君が“編集者”なら、これを出すべきかどうか、判断してほしい」


 僕は、ノートを開いた。

 そこには、彼女の感情が、言葉になっていた。


 羞恥。未練。推しへの愛。

 そして、僕への“ちょっとだけの恋”。


---選択の重み


 「…僕は、君の“恥”を受け止めた。

 でも、それを“晒す”ことが、君の救いになるかは……わからない」


 「うん。私も、ちょっと怖い。

 でも、誰かに読まれたら、私の未練が“物語”になる気がする」


 「物語になるってことは、君が“語り手”になるってことだよ」


 「うん。でも、君が“読者”じゃなくなるのは……ちょっと寂しい」


 僕は、ノートを閉じた。

 そして、静かに言った。


 「じゃあ、僕が“最初の読者”で、“最後の編集者”になるよ」


 彼女は、目を見開いた。

 そして、少しだけ泣きそうな顔で、笑った。


 「……君、完全に攻め顔になったね」


 「……それ、褒めてる?」


 「うん。霊的に、最高に」


---




 その日、僕は初めて「語ることの責任」を知った。

 彼女の物語は、羞恥と未練の塊だった。

 でも、それを“語る”ことで、彼女は“生きていた”ことになる。


 ──語ることは、晒すこと。

 でも、誰かに読まれることで、未練は意味になる。

 それが、彼女の物語であり、僕の選択だった。



---感情の再起動と腐男子化の副作用


 朝。登校中。

 僕は、道端の花に目を留めた。

 ──昨日までは、ただの雑草だった。


 「……なんか、色が濃い」


 彼女は、僕の隣で浮かびながら言った。


 「それ、“感情の再起動”の副作用だね。

 世界が、ちょっとだけ“かわいく”見えるようになるの」


 「……かわいく?」


 「うん。腐男子化の初期症状。

 あと、たぶん、君の“萌え耐性”が下がってる」


---日常の変化


 昼休み。教室。

 僕は、隣のクラスの男子がプリントを渡しているのを見ていた。


 「……あれ、ちょっとだけ“攻め”っぽい」


 「でしょ!? 君、もう“受け顔センサー”が作動してる!」


 「……そんなセンサー、いつ入った?」


 「昨日。君が私の物語を“編集”した瞬間に、霊的腐男子化が完了したの」


 僕は、パンをかじった。

 たぶん、チーズ味。

 でも、今日は少しだけ“甘く”感じた。


 「……これ、ほんとに副作用?」


 「うん。感情が再起動すると、味覚も“感情寄り”になるの。

 つまり、“萌え味覚”だね」


---編集者としての感情変化


 放課後。図書室。

 彼女は、ノートに新しい章を書いていた。


 「ねえ、ここの“推しの微笑み”って、もっと“攻め顔”にした方がいいかな?」


 「……たぶん、今のままでも十分“殺傷力”あると思う」


 「でも、君が“編集者”なんだから、ちゃんと“読者の心臓”を考えてほしい」


 僕は、ノートを読み返した。

 推しの微笑み。腐女子の心臓。未練の爆発。

 それらが、僕の中に“感情の波”を起こしていた。


 「……このシーン、ちょっとだけ胸が痛い」


 「それ、感情が“共鳴”してる証拠だよ。

 君は、もう“ただの読者”じゃない。

 “語り手の痛み”を、編集者として受け止めてる」


---世界認識の変化


 帰り道。夕暮れ。

 僕は、空の色を見上げていた。

 昨日より、少しだけ“赤”が濃く見えた。


 「……これも、感情の再起動?」


 「うん。世界が“語りの舞台”に見えてくるの。

 君は、もう“観測者”じゃなくて、“共作者”だから」


 「……じゃあ、僕の世界は、君の物語の一部?」


 「ううん。君の物語に、私が“未練”として残ってるだけ」


 僕は、少しだけ笑った。

 その笑顔を、彼女は見ていた。


 「……君、完全に“受け顔”じゃなくなったね」


 「……それ、褒めてる?」


 「うん。霊的に、最高に」


---




 その日、僕は初めて「語りに関わることが、世界の見え方を変える」と知った。

 彼女の物語を“編集”することで、僕の感情は再起動し、

 世界は“語るに値する風景”になった。


 ──語り手と編集者。

 それは、未練と感情の共鳴関係。

 そして、僕の“腐男子化”は、世界を少しだけ“かわいく”した。



---語りの届く場所


 昼休み。図書室。

 僕は、彼女のノートを見つめていた。

 昨日、彼女が書いた物語──『最終回の彼に殺された』──を、匿名で投稿した。


 「……反応、来てるよ」


 彼女は、机の上で正座していた。

 いや、正確には──“読者コメント待機モード”だった。


 「え、ほんと!? どんな感じ!? 炎上してない!?」


 「……むしろ、感謝されてる」


---届いた感想


 僕は、スマホの画面を見せた。

 そこには、読者のコメントが並んでいた。


 >「私も、推しの最終回で泣きすぎて過呼吸になったことがあります」

 >「この物語、笑ったけど、最後に泣きました。ありがとう」

 >「未練って、語っていいんだって思えました」


 彼女は、画面を見つめていた。

 そして、ぽつりと呟いた。


 「……私の“恥”が、誰かの“救い”になったんだ」


---語りの連鎖


 放課後。教室。

 彼女は、空中に浮かびながら言った。


 「ねえ、語るって、すごいね。

 私の未練が、誰かの“感情の再起動”になってる」


 「……君は、語り手だから」


 「でも、君が“編集者”だったから、私の語りが届いたんだよ。

 君が、私の“恥”を受け止めてくれたから、私は語れた」


 僕は、ノートを閉じた。

 そして、静かに言った。


 「じゃあ、僕たちの物語は、誰かの“再起動装置”だったんだね」


 彼女は、目を見開いた。

 そして、少しだけ泣きそうな顔で、笑った。


 「……君、完全に“攻め顔”になったね」


 「……それ、褒めてる?」


 「うん。霊的に、最高に」


---未練の昇華


 その夜。僕の部屋。

 彼女は、窓辺に座っていた。

 月の光が、彼女の輪郭を少しだけ薄くしていた。


 「ねえ、私、ちょっとだけ“軽く”なった気がする」


 「……成仏、近い?」


 「ううん。まだ未練はある。

 でも、“語った未練”は、誰かの中に残ってる。

 それって、私が“生きてる”ってことだよね」


 僕は、彼女の方を見た。

 その姿は、少しだけ透けていた。

 でも、笑顔は、はっきりと見えた。


---



 その日、僕は初めて「語りは、誰かを救う」と知った。

 彼女の物語は、羞恥と未練の塊だった。

 でも、それを“語る”ことで、誰かの感情が再起動した。


 ──語りは、届く。

 未練は、共有されることで、意味になる。

 それが、彼女の救いであり、僕の選択だった。


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