第41話 クリボッタの心証

「————して、件のカスガイとかい商人と会ってどのようなことを感じた?」


 提出した報告書を読んでいた商会長であったが、一通り読み終えるといかつい顔を上げてクリボッタに問いかけた。


「底が見えない、と思いました。マジックボックスという超希少スキルと言い、隠れていた護衛を一瞬で見つけた看破能力と言い。今回の商談の如何を考慮せずとも、少なくとも敵にすることは得策ではないと断言させていただきます」


「で、あるか。それにヤツが持ってきたあの砂糖は素晴らしい品質だからな。我が商会としてもこの繋がりは何とか保持し続ける方が吉であるべきだろう」


「はい。他にも絹や油など品質の良い商品をいくつも用意できると言っておりました。すでに王都の有力な商会とも渡りをつけております。早急に商談をとりまとめ、次の取引に向けて書類を作成します」


「うむ、ぬかるなよ?……それにしても、まさかあのボンクラな次男坊がこんな大口の上客を紹介してくれるとはな。人脈と言うのはどこで役に立つのか分からんものだ」


 カラカラと機嫌よさげに笑う商会長とは違い、クリボッタの個人的な意見としてはあまり気乗りしていなかった。


 無論カスガイがヤーコブのような礼を欠いた失礼な人物であると言った直接的な理由ではない。言動だけを見ればむしろ礼儀正しく好感の持てる青年であったと言えるだろう。


 しかりクリボッタからすればカスガイのように高い能力を有しながら平身低頭、周りに対して礼を欠かない人物の方が油断ならぬ相手であり、クリボッタは商談の最中一挙手一投足にも一切気が抜けなかったのだ。


 もちろん商会全体の利益を考えればカスガイとの取引を続けていく方が良いだろう。そして商会長にそのようなことを報告しても『お前が頑張ればいいだけだ』と言われ、袖にされることは分かりきっている。


 そのカスガイは今『塩の行商人』という表の顔としての活動を続けるため、他の商会に行っている。


 金貨350枚という大金を得てもなお浮かれることなく、そういった細々とした活動にも手を抜かない姿勢はやはり好感が持てる。彼の塩の行商人という表の顔がしっかりしている分だけ、彼が当商会で長い時間滞在していても不審に思う人がいなくなるためだ。


 手抜かりなく細部にまで気を配ることができる男。クリボッタからすれば油断できない理由がまた1つ増えたようにしか思えてならなかった。


「どうした、交渉がひと段落して疲れたか?」


 クリボッタの浮かない顔を見て商会長が問いかける。今は機嫌が良いが、商会長には激情家な面もあるため、正直に報告することで機嫌を悪くすることを避けたかった。


「あ、いえ……彼の商談が今後ともうまくいけば我がアングラッド商会は勢いをつけることが出来るでしょう。上手くいけば王都歓楽街の一等地に新しい店を出すことも夢ではない……少しばかり大変なことになりそうだな、と思いまして」


「がははっ!随分と景気が良い事をいうじゃないか!だがそれぐらいの気持ちでいなければ儲け話も入ってはこんだろうな!!」


 感情の起伏が激しい商会長ではあるが、威勢の良いことを言えば簡単に機嫌がよくなることをクリボッタは身をもって知っていた。


 カスガイも商会長のように単純明快な正確ならもう少しやりやすかっただろうなと思いつつ、次の取引に向けて資料をまとめるために会長室を退室し、クリボッタは自らの執務室に戻って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る