第3話 『等価交換』

 先程と同じように、今度は『購入』と書かれたアイコンをタッチすると、現代人なら1度ぐらいは利用したことがあるであろうネット通販サイトに酷似した、色々な商品が映る画面に切り替わった。


「へえ~なんか色々映ってるけど、ここに出ている物を召喚する能力なんスか?」


「多分そうだとは思うけど、ここに映っているものすべてを無制限にってことではないだろうな…」


 画面をのぞき込むようにして前に出てきた虫歯菌を手で押し返しつつ画面の上部にあった検索窓をタッチするとキーボードが出現した。


 とりあえず【ナイフ】と入力してみると、それなりの数のナイフの画像と共に値段が表示されていた。高いものから安いものまで、本家本元のネットサイトに見劣りしないほどの膨大な品数だ。だがどうやってこれを購入するんだ?


 画面全体を俯瞰してみると画面の右上あたりに『残高:0円』と表示されている。


 残高、と書かれていたということは何らかの手段でお金をチャージすることもできるのだろう。


 考えをめぐらし、ふと思い出したのは先ほどの画面に映し出されていた『売却』のアイコンだ。画面左上にある巻き戻しのボタンに手をかざすと先ほど見た画面へと戻り、今度は『売却』のアイコンをタッチする。


 するとズラーっと箇条書きで品物の名称が浮かびあがった。


「ブレザー、スニーカー、カバン、筆記用具、参考書……なるほど、オレの所有物の一覧ってわけか」


 色々なことがあって気が付かなかったが、足元に見慣れた通学用のカバンが転がっていた。拾い上げて中を見ると間違いなくオレの所有物。オレが現界させられたときコアによって一緒に形を与えられたのだろう。


 名称の横には買取価格と思われる金額も記載されている。スクロールしてザっと目を通しながら何がどの値段で売れるのか確認しているとふと違和感を覚えた。


「……似たようなものでも買取価格に差があるな」


「どうしたんスか?」


「いやさ、この参考書なんだけど、他の参考書と買値はほとんど変わらないのにコレだけ値段が高いんだ。何か違いがあるんじゃないかって思ってさ」


「ふ~ん。ま、オイラからすればその参考書とやらも他の参考書と同じく謎の言語で書かれた不気味な書物ッスからね。タダでもいらないッス!」


「タダでもってお前……この参考書の一口メモにどれだけ助けられたと……あっ!」


 つまり『等価交換』とはそういう意味か。


 人によって物の価値は変わって来る。要するに格別な思い……例えば愛着、熱意、執念などの強い感情を持った品だと買取価格が上乗せされるということか。


 そう考えると、この使い古してはいるけど小学生の頃からずっと使い続けてきた定規の値段が気持ちお高目なことにも納得がいくし、比較的新しくはあるが書きづらくて近々捨てようと思っていたシャープペンシルの値段がかなり安い事にも納得がいく。


 例えるなら一かけらのパンでも3日間飲まず食わずの人からすれば何百万とお金を出してでも欲しいものではあるが、ついさっきバイキングに行ってきたんですって人からすればタダでもいらないものとなるだろう。


 そして、この≪等価交換≫の価値の基準は俺が死んだその瞬間に準拠されるものだと思われる。なぜならば――――――


「フハハハハハハ!!!」


「ど、どうしちゃったんスか!?まさか自分のあまりの弱さに絶望して、本当に壊れて…」


「いやさ、ちょっと予想外の収穫があったんだよ」


 所有物一覧の中でひと際高額な買取値段を示す物。それは『共通テスト受験票:50万円』だ。


 確かに死ぬ直前であれば、この小さな紙切れはそれぐらいの価値を持っていたといっても過言ではないだろう。しかし死んでしまったオレには鼻をかむ紙にもなりゃしないこの小さな紙切れ。まさしく青天の霹靂とも思えるような運命的な出会いといえよう。


「とりえずコイツは売っとくか。今持っていても何の意味ないからな。他にもいらんものを適当に売却していって……」


 恐らくはコッチの世界では使えないであろう現金をはじめブレザー、財布、参考書、筆記用具などを売却して――――総額530,207円。『売却確定ボタン』を押すと、さっきまでソコにあったはずの所有物がフッと消えて『残高』の金額が増えていた。


 思ったよりも簡単に大金を手に入れることができたな。あとはこの金を使って拳銃でも買えって武装すれば……


「ほぅわっ!!」


「……はぁ、またっスか。もういい加減ビックリしないッスよ」


【ハンドガン:100万円】


「いやいやいや、ありえないでしょこの値段!」


 昔見たバラエティ番組では、某合衆国では小さい拳銃は数万円程度で購入できると報道されていた。それが、今見れば最低でも100万円。誰がどう見てもボッタクリ価格だ。


 そして再び思い出したるは『等価交換』の文字。恐らくはオレが『銃刀法』という拳銃の取り扱いについて厳しい罰則のある国で暮らしていたので、『銃』を購入するための敷居が高かった、という事が関係しているのだろう。


 高校生のオレが拳銃を購入するには煩雑な申請をしなければいけない。その事が銃に対する付加価値として加わってしまい、これだけ値上がりしてしまったという事だろう。とてもとても悲しい現実だ。

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