その姿で街へ出よう

恭平は、大学の仲間たちと居酒屋で盛り上がっていた。


彼らはしょっちゅうお互いにくだらない罰ゲームを提案し合っては、ふざけ半分で挑戦するのが恒例になっていた。


そんな時、仲間の一人、ユウがにやりと笑って言った。


「今回の罰ゲームは、女装だ!」


恭平は驚きつつも、「いや、そんなの絶対無理だって!」と抵抗したが、仲間たちの「一回くらい面白いじゃん!」という声に押され、結局彼も乗ることになってしまう。


彼は内心、女装などしたことがなかったため、不安と恥ずかしさでいっぱいだったが、「こんなのただの遊びだ」と自分に言い聞かせる。


ユウや他の友人たちは、さっそく恭平の顔にメイクを施し、彼に合いそうなウィッグと可愛らしい服を用意した。


恭平が半信半疑で鏡を覗くと、そこには普段の自分とはまったく異なる、愛らしい女の子が映っていた。


「これ…俺?」


恭平は思わず呟いた。


恭平は鏡の中の自分を見つめたまま、しばらく動けなかった。


普段の自分とはかけ離れた「可愛らしい女の子」の姿がそこに映っているのが信じられなかったからだ。


唇には淡いピンクのリップグロスが塗られ、ふわりとカールのついたウィッグが顔周りを優しく包み込んでいる。


化粧の技術もあってか、肌は透明感を持ち、まるで雑誌で見るモデルのようだった。


「いや、これ本当に俺なのか…?」と自分の声で再確認するが、声はいつもの自分と変わらない。


「どうだ?意外といけてるだろ?」とユウが満足げに笑いながら言った。


「まじで女の子みたいだぞ、恭平!」隣の友人、ケンジもおどけた表情でそう言ってきた。


恥ずかしさで顔が熱くなる恭平だったが、仲間たちの好奇心に満ちた視線に圧倒され、逃げ出すわけにもいかなかった。


「…で、これで終わりだよな?もう勘弁してくれよ」恭平は顔を赤くしながら呟いた。しかし、仲間たちはにやりと笑っている。


「いやいや、これからが本番だろ?このまま街に出るんだよ!」


「は!?そんなの無理だって!」恭平は即座に抗議したが、友人たちはまったく聞く耳を持たなかった。


「せっかくこんなに可愛くなったんだから、外の人たちの反応も見てみようよ。ほら、そんなに恥ずかしがるなって。どうせ誰もお前だって気づかないって!」


「俺、変な目で見られるんじゃないか…?」


「大丈夫だって、恭平。むしろ、そのまま彼氏探しでもできるんじゃないか?」ケンジが冗談めかして言い、みんなはさらに笑い出した。


恭平は内心ため息をつきつつも、ここでやめてしまっては友人たちに弱みを握られ続ける気がして、観念した。「…わかったよ。もう、ここまで来たらやるしかないよな」


そうして、恭平の女装デビューは街へと繰り出すことで本格的に始まることになった。


外に出た瞬間、恭平は思わず周囲を見渡した。普段と同じ街並みのはずなのに、自分が「女の子」の姿でいるだけで、何もかもが異なって見える。


「お、おい、恭平、そんなにキョロキョロするなって。目立つぞ!」ユウが笑いながら肩を叩いた。


「だ、だってさ…なんか落ち着かないんだよ…」恭平は視線を落とし、小さな声で返事をした。足元に目を向けると、短めのスカートが風に揺れていて、慣れない感覚に一層の恥ずかしさを感じた。


「大丈夫、すごく可愛いから、誰もお前が男だなんて思わないよ。


な、ちょっとその辺のカフェでも入ってみようぜ?」ケンジがそう提案すると、他の友人たちも「いいね!」と乗り気になった。


「ま、待てって!カフェなんか入ったら、もっと人の目に触れるだろ…」と恭平は慌てて抵抗するが、仲間たちは既に彼を囲むようにして歩き出していた。


カフェに入ると、恭平はさらに緊張を感じた。


周りの視線が自分に集まっているように思えて、心臓が早鐘のように鳴り続ける。


しかし、意外にも他のお客さんは特に気に留める様子もなく、それがかえって恭平の心を落ち着かせた。


席に着くと、友人たちはお互いに顔を見合わせ、にやにやと笑い始めた。


「どうした、恭平?結構堂々としてるじゃん。


案外、気に入っちゃったんじゃないの?」ユウがからかうように言う。


「そ、そんなことあるわけないだろ…ただ、なんか…思ったほど変な目で見られないなって」恭平は少し顔を赤らめながら答えた。


自分がこんなにも自然に女の子の格好でいられることに驚きを感じていた。


「ほら、店員さんが来るぞ。ちゃんと女の子っぽく振る舞えよ?」


「わ、わかってるよ…」恭平は声を小さくし、注文をしようとする。


しかし、普段と違う高めの声を意識して出すのは難しく、少しぎこちなくなってしまった。


「コーヒー…お願いします」緊張で声が震え、店員も少し驚いた表情を浮かべるが、すぐに微笑んで応えてくれた。


友人たちはその様子を見て、くすくすと笑い続けていた。


恥ずかしさと少しの苛立ちが混じった気持ちで、恭平は紅潮した頬を隠すように下を向いた。


カフェを出た後、恭平は自分の中で不思議な変化が起きているのを感じていた。


慣れない女装に最初は恥ずかしさでいっぱいだったが、外を歩いてみると、逆に「人に見られている自分」に興奮を覚え始めたのだ。


「なあ、どうだ?結構楽しんでるんじゃねえの?」ケンジがからかいながら尋ねる。


「う、うるさいよ。…まあ、ちょっとだけ、ね」恭平は小さく頷いた。


自分の姿が「普通に見られている」という安心感と、普段の自分では味わえない「特別な存在」になれたような気持ちが、彼の中で混ざり合っていた。


ユウも頷きながら、「ほら、なんか少し自信持てるようになってきたんじゃない?」と言うと、恭平は改めて自分の気持ちに気づかされた。


確かに、女の子の服を着ている自分を不自然に思う人はほとんどいない。


そのことが、彼に少しずつ自信を与えていたのだ。


夜が更け、仲間たちと別れて帰路についた恭平。


ふと街のショーウィンドウに映った自分の姿を見つめ、胸が高鳴った。


普段の自分とまったく違うその姿は、もうひとりの「自分」として確かに存在しているように感じられたのだ。


「もしかして…こういう自分も、悪くないのかもしれないな…」恭平は小さな声でそう呟いた。


ふと目が合った見知らぬ女性に微笑みかけられ、恭平はドキリとした。普段なら全く気にしないようなことが、今の自分にとっては大きな意味を持つように思えた。

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