女装もの短編集

隠したいけど、見つけてほしい

秋の静かな日曜日の朝。軽い風が木々を揺らし、陽の光が穏やかに降り注ぐ。

彼は玄関の前で立ち止まり、ため息をついた。

今日は思い切って外に出ると決めた日だったが、やはり不安が胸をよぎる。

「本当に大丈夫かな……」自問自答する声が小さく漏れる。

鏡に映った自分を見る。

白いトレーナーにロングスカート、そしてスニーカー。

動きやすさと目立たなさを重視した装いだった。

露出をできるだけ控え、帽子を深く被ることで顔も隠す。

彼にとってこれは「安全策」だったが、それでも心はざわついていた。

「これなら……大丈夫だよね」

帽子のツバを少し引き下げ、鏡に映った自分をもう一度確認する。

いつもの自分ではない、女の子の姿。

しかし、それでも完全に「他人」になった感覚は薄かった。

まだ、心のどこかで自分の存在が残っている。

街に出たら、人の目に触れたら、すぐにばれてしまうのではないかと不安が襲ってきた。

「深呼吸、深呼吸……」

彼は一度大きく息を吸って、ゆっくり吐き出した。

緊張で手が震えている。

ドアノブに手をかけ、決意を固めた。

外に出ると、さっそく体中が緊張に包まれる。

道を歩く人々の視線が自分に注がれているような気がして、胸が締め付けられた。

だが、現実には誰も彼に特別な注意を払ってはいない。ただ通り過ぎるだけだ。

「大丈夫、大丈夫……誰も見てないから……」

心の中で何度も繰り返すが、それでも足取りは自然にならない。

小さな商店街に差しかかったところで、彼は一旦立ち止まった。

店先のショーウィンドウに自分の姿が映る。

「あれ、意外と……普通かも」

少し意外だった。自分では不自然に見えても、こうして外の風景に溶け込んでいると、思ったほど目立たないのかもしれない。

心の中で少しだけ安堵が広がる。

だが、その瞬間――

「ねぇ、あの人、なんか変じゃない？」

背後から聞こえた女子高生たちの声が、彼の心を凍りつかせた。

「もしかして、あれって……」

急いで足を速め、その場から離れる。

顔を帽子でさらに隠し、うつむいたまま歩き続けた。

その後、しばらくして人気の少ない公園のベンチに腰を下ろした。

緊張しすぎて息が切れている。帽子を少し持ち上げ、額に浮かんだ汗を拭いた。

「やっぱり無理だ……」

彼は呟いた。外に出ること自体が、こんなにも怖いなんて思ってもみなかった。

普通に歩いているだけで、誰かに気づかれそうな不安が常に頭の中に渦巻いている。

その時、スマートフォンが鳴った。画面には親しい友人、麻美の名前が表示されている。

「今、どこにいるの？ 近くに来てるんだけど、一緒にお茶でもどう？」

麻美は昔からの友人で、彼が女装に興味を持っていることを唯一知っている存在だった。

彼女はいつも理解してくれて、支えてくれる心強い存在だ。

「えっと、公園のベンチにいるよ……」

緊張しながら返信を送り、少し待つと麻美が笑顔でやってきた。

「なんだ、全然違和感ないじゃん！かわいいよ、ほんとに。」

麻美は彼を見て、ニコニコしながら褒めてくれた。

彼は恥ずかしそうに帽子を触りながら、小さく笑った。

「でも、やっぱりまだ慣れないな……外に出ると、みんなに見られてる気がして……」

彼の心の中の不安を正直に打ち明けると、麻美は優しく頷いた。

「分かるよ。でもね、最初はみんなそんな感じだよ。私も初めて違う格好したとき、すごく緊張したもん。でもね、一度慣れると、だんだん楽しくなってくるよ。」

彼女の言葉に、少しだけ勇気をもらう。

「そっか……もう少し頑張ってみるよ。」

その後、二人で街を歩きながら軽い会話を楽しんだ。

徐々に彼の緊張もほぐれ、自然と笑顔がこぼれ始めた。

麻美と一緒にいることで、少しずつ心が軽くなっていくのを感じた。

「大丈夫、これからも少しずつ慣れていこうよ。私も一緒にいるからさ。」

麻美が励ましてくれる度に、彼の中で自信が芽生え始めていた。

目立たない服装と帽子に頼るだけではなく、自分自身を楽しむことの大切さを、彼は少しずつ理解し始めていた。