《成長した青年、海月》

 照らされた満月が美しい常闇の中でモグラは少年の代わりに号泣し、泣いていた。しかし、泣くのを止めたかと思えば、なにかを逡巡させるように少年を見やる。そして微笑んだのだ。

「そうだ。君の名前は海月くらげだ。海に映る月で海月。俺と暮らす時にはそう名乗っておきな」

 少年はさらに首を傾げる。「海月……って、俺はあなたと暮らすんですか?」

「そう。君は俺と……土竜もぐらと暮らすんだ。――海を統べるモグラとね」

 モグラはそう言って少年に、いや、――海月に手を差し伸べた。その差し伸べられた手は温かく、そしてその感覚は海月が成長し、十五年経った今でも覚えている。

 

 モグラに助けられてから十五年が経ち、海月も立派で精悍な青年へと変貌を遂げた。

 高層ビル街を縫ってその間から人だかりができている公園の広場があった。なんとよく当たる占い師がやってきているからだ。当たる占い師は若い青年、いや海月は占い師となった。そして彼が使用する占いは少し変わっている。

 使用しているのはタロットとトランプを織り交ぜたカードでゲームにも使用できるという優れものなのだ。

 これを開発したのは彼の恩師で親代わりの人間である。その彼は出張占いには来ておらず、本家でのんびりとやっているであろう。海月は目の前に居る女性客の事情を訊いた。

 付き合っている男性が居るのだが最近スマホで誰かと連絡を取っているらしく、自分と別れたがっているのかもしれないという内容だ。

 いや直接聞けよなんて思うが喉元で抑え込み、海月は占いを始める。

 カードをシャッフルし、地面に置いてさらに織り交ぜる。この女性はなにをすべきなんだと心中で問いかけながら、五枚のカードを右、左、上、下、真ん中に置いて開いてみた。

 順にハートの2と、スペードのJ、弓矢の女の逆十字に、時計の正十字、そして真ん中は――

「そうですね。あなたにとってその人がどれくらい大切なのかは知りませんが、今すぐに別れた方が良いですよ」

「そんな、どうしてですか!?」

「時計の正十字が出ていますがこれは時間の問題というものを表しています。次にスペードの5が出ています。スペードは彼がなにかしらの仕事に追われていて、あなたよりも大切な可能性が高いです。ただ、弓矢の女が出ている」

 女性が不可解な顔をした。「つまり、新しい恋人が現れるということですよ」海月はそう告げたのだ。

「しかも逆十字になっているから、先にアプローチされた可能性が高いですね。心当たりがあるんじゃないですか?」

 すると女性の顔が真っ赤になり少し頷いた。「告白を受けたんです。でも彼氏が居るからって言ってそのままにしていて……」海月は首を横に振った。

「その人とまだ縁があるのなら付き合うべきです。今付き合っている彼氏よりもよき関係が築けますよ」

「あ……はい。勇気が出ませんが、頑張ってみます!」

「クレーム対応がありましたらこちらまで。それでは」

 懐から名刺を差し出した先には『占い専門店 モグラ』そう書かれていた。

 「ありがとうございます……」女性は呆気に取られていたがぺこりとお辞儀をし、店から出た。

 その姿を一人の男性と小学生くらいの女の子が興味ありげに見つめていたのだ。




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