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 在日コリアンの人々に対して「国に帰れ」と言うことは、他者を自分以上に複層的で豊かな人生を生き抜いている存在として理解しようとする態度からは程遠い。

 それは、人間が人生の中で何に価値を見出し、何とどんな関係を結ぶかということを、外側から規定しようとすることだ。

 言い換えれば、他者から人生についての決定権を奪い、支配し、憂さ晴らしの道具としておとしめようとすることである。


 余計なお世話だ。


 私の母が宮城出身でも、私自身は関西により強く郷土愛を持っている。

 同様に、在日2世、3世にとって、「ふるさと」は生まれ育った日本の土地なのだ。

 もちろん、彼ら彼女らは朝鮮学校で朝鮮半島の言葉や文化も学んでいるが、「ふるさと」や「祖国」が1人に1つでなければならないと考えるのは、あまりにも乱暴だ。

 在日1世にしてもそうだろう。

 「日本が嫌なのになぜ帰らないのだろう」ではない。

 経緯はどうあれ、その土地で逆境を生き抜き、人によっては子供を育てた。

 そこには苦楽を共にし、信頼関係を築いた人々がいる。

 この人を放ってこの地を離れることはできない、と思うこともあっただろう。

 必死に生計を立てる中で、行政から勝ち取った権利もあれば、いまだ解消されず若い世代を苦しめる理不尽もある

(たとえば、高校の授業料無償化政策から朝鮮学校が排除されていること。当然、問題は授業料の金額ではなく、朝鮮学校を正規の学校と認めないというアイデンティティの否定と排除である)。

 それでも、自分が生きてきた土地でこれからも生きていくと決意しているのだ。

 とやかく言う前に、私たちはその思いに精一杯の想像力を働かせなければならない。


 それなりに真面目に生きてきたつもりの私も、ウトロ平和祈念館で展示物を見るまで、そんなごく当然のことに考えが及ばなかった。

 私がここで問題にしたいのは、在日コリアンに限らず、境遇が異なる他者に対して私たちが想像力を欠落させがちになるという傾向全般のことだ。

 なぜそれが問題かというと、それが、人間を人間扱いしないという悲劇と地続きの問題だからである。

 他者に対する想像力の欠如は、国家間の戦争にさえつながるものだが、より差し迫った脅威として、人や魂を殺すことが充分あり得る。

 現に、ウトロ地区は2021年に放火の標的にされ、7棟が燃やされており、これは京都地裁の判決で「在日韓国人らへの偏見や嫌悪感に基づく身勝手な動機だ」と認定されている

(日経新聞2022年8月30日「京都・ウトロ地区放火、被告に懲役4年判決 京都地裁」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF060G70W2A800C2000000/)

 想像力の欠如は人から命や魂を奪いうる。 

 そうであるからこそ、戦争によって人生を奪われた人々は、今もなお苦しみ続けている。

 彼ら彼女らの尊厳を回復するためには、そして、私たちが日本人であることに胸を張れるようになるためには、何よりもまず、他者に対する想像力と、それを働かせる習慣を身に着けなければならない。




 子供の頃の私は、8月になると急に戦争の話題が出てくることに不満を覚えていた。

 また、その話のほとんどが日本人を被害者と位置付けるばかりで、加害者としての側面を取り上げないことに疑念を抱いていた。

 その一方、戦争の痛ましい記憶に接することを避け、戦争について正面から考えることも避けてきた。

 そのために、「戦争を知らない世代には、戦争を起こした罪はなくとも、悲惨な戦争を繰り返さない責任はある」という言葉が持つ意味にさえ、気付くのが遅くなった。

 子供の頃のように、いつかは自分が国や社会を変えるかもしれないという全能感を、今の私は抱いていないが、そんなものは必ずしも必要ではない。

 人間を人間として尊重すること、そのために想像力を働かせること、そして、自分か他者かにかかわらず、人間を人間扱いしない状況に対して(自分なりの、地に足のついたやり方で)抗うことこそが、歴史の悲惨さを繰り返さないために私たちが果たすべき責任なのだと思う。

 国家や社会にとっての有用性ではなく、人間同士の具体的な関わり合いの中で、人間関係や物事の意味を考えていくこと、ひとまずそこが出発点と言えるだろう。

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人間への想像力 あじさい @shepherdtaro

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