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とはいえ、戦争の悲惨さについての話は、それ自体として、私の苦手分野だったことも確かだ。
知らなければならない、記憶しなければならないとあらゆる大人が言うから、親に促されるまま、『火垂るの墓』も頑張って見た。
だが、見終わった感想を率直に言えば「二度と見たくない」だった(もちろん、それは今の今まで誰にも言ったことはない)。
なんで戦争なんて愚かなことをしたのだろう、と思うと同時に、戦争が悲惨なのはもう分かったよ、絶対ダメなのも分かってるよ、と思っていた。
夏の戦争の話が毎年変わり映えしないことに不満を抱く一方、正直なところでは例のアナウンサーたちと同じように、戦争の話を聞くことは苦行だった。
南京大虐殺のことも、自分で調べるという発想はなく、どういうものなのか親に尋ねるだけで、義務を果たした気になってしまった。
親も親で、1泊2日の広島旅行で小学6年生の私を原爆資料館に連れていく程度には平和教育に意欲的だった一方、戦争の歴史の研究に熱心というほどではなかったから、
「旧日本軍が南京の人をたくさん、女性も子供も関係なく虐殺したんだ。面白半分に殺した数を競う兵もいたらしい」
といったことしか教えてくれなかった。
私自身、それ以上は聞きたいと思わなかった。
高校で世界史を習った頃から、人類が古今東西で戦争や無差別虐殺を繰り返してきたこと、くだらない理由で他者を差別しがちなことに気付いたが、なぜ人間がそこまで残酷になれるのか、誰も幸せにならないことをなぜわざわざするのか、何が人間をそこまで
おそらく、私は今に至るまで、加害者側の心理に寄り添いたいと本気で思ったことがないのだろう。
だから、私の親が、明言はしないまでも、小学生に聞かせれば、「日本人だって残酷になりうるのだ。何なら顔を見ないで空爆していたアメリカ人よりも、顔を見た上で一般市民を殺して回った日本人の方が残酷だったのだ」といった乱暴な認識につながりかねないような語り方しかしなかったことを、とやかく言うつもりはない。
最近の新聞やニュース動画では、日本帝国の加害の歴史についても多く語られるようになってきた。
人権と共に多様性を重視する社会的変化の中で、マイノリティの視点から歴史が語り直され、最大公約数的な共通体験に留まらない多角的な歴史観が形成されつつある。
一方、日本の加害の歴史に対する反省を自虐史観と称して非難する動きも活発になっている。
自虐史観という言葉の対義語は何なのだろう、と私は思う。
自己肯定史観、あるいは自己陶酔史観だろうか。
自虐というか、自己批判を目的に歴史を紐解くのはまだ分かるが、自己肯定や自己陶酔というゴールを設定して歴史を語ろうとするのは、歴史から都合の良い部分をつまみ食いしているだけだと自白しているようなものではないだろうか。
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