第九話:好き嫌い

 しばらくして自室から戻ってきた白崎は、Tシャツとホットパンツという軽装の出で立ちをしていた。


「……ねえ、倉本君」

「何」

「なんかさっきより熱視線を感じる気がするんだけど……?」

「そんなバカな」


 平静を装いながら、図星だった俺は目を逸らした。

 ……そりゃあ、さっきまで白崎が見せびらかせてくれたたくさんの服も、彼女を彩る服としてとても綺麗だったが、男子高校生は結局、年頃の女子の柔肌が一番好き、というわけだろう。


「……エロガキ」


 白崎の声色は、先程同じ言葉を発した時よりも軽蔑の意が込められていた。


「……ふぅ。ま、いっか」


 呆れていた様子の白崎だったが、まもなくエプロンをかけて、料理を開始した。


 ちなみに、白崎が料理する間、暇だった俺は彼女の様子を観察していた。


「……あちっ」


 しかし、なんだ……。


「うわわっ……」


 手料理すると買って出た割に……白崎の調理風景、なんだか危なげだな。


「いたっ……」

「おい、大丈夫か」

「……大丈夫」

「本当かよ」

「うん」


 白崎は涙目だった。


「大丈夫じゃないから、大丈夫」

「意味わからんこと言ってないで、絆創膏貼ってきなさい」


 白崎は包丁で切った指を止血しながら、治療箱を探しにキッチンを離れた。


「……あいつ、ちゃんと火を消してキッチンを立ったんだよな?」


 念のため確認しに俺がキッチンに入ると、火は消えておらず、鍋はグツグツと煮だっていた。


「夕飯はカレーか」


 俺はおたまを手に取り、鍋をかき混ぜ始めた。

 ……一応、具材がちゃんと切れているか気になったので、時折おたまで中の具材を拾い上げたりした。


 ……うん。ちゃんと切れていなかった。


 ……具材がちゃんと溶け込むように、俺はおたまをぐるぐる回し始めた。


「……あ」


 白崎がキッチンに立つ俺に気が付いた。


「……制服汚れちゃうよ?」

「じゃあ、エプロン貸してくれ」

「……はい」


 指を切った影響か、白崎はもう料理をする気が失せたらしい。先程着用していたエプロンをそのまま渡してきた。

 しばらく彼女は、近くで俺の様子を見ていたが、飽きたのかリビングの方へ行った。


「そろそろ出来るぞ」

「本当? ありがとう」


 白崎はキッチンに戻ってきた。


「あたしには料理、まだ早かったみたい」

「ならなんで料理するなんて言い出したんだよ……」


 イマイチ、白崎の行動原理が理解出来なかった。


「……それは、色々だよ」


 何故だか白崎は、頬を染めて、拗ねたように唇を尖らせていた。

 白崎に皿を受け取って、俺は二人分のカレーをよそった。


「いただきます」

「頂きます」


 テーブルにカレーを置いて、手を合わせた俺達は、カレーを食し始めた。


「……倉本君、料理も出来るんだね」

「料理以外、お前に何か出来る姿を見せたっけか」


 皮肉っぽいことを言ったものの、実際俺は、掃除、洗濯、料理、家計簿の記帳くらいのことは程々にこなせている自信がある。


「……凄いなぁ」

「お前の方が凄いだろ。お前、有名インフルエンサーって自分の肩書を忘れたのか」


 まともに話したのはこの一週間だけだが……白崎と接してみてわかったが、有名インフルエンサーなんて超がつく成功を収めているにも関わらず、彼女は自分を過小評価しすぎているきらいがある。

 登録者十万人越えインフルエンサーなんて、SNSをやっている人間の上位数パーセントしかいないとんでもない人間なんだから、もっとふんぞり返って得意げに構えていればいいのに、と思わずにはいられない。


「……あたしは、駄目駄目だよ」


 また白崎は、自分をあざ笑った。


「だってあたし、色んな人に嫌われてるから」

「……嫌われてるのか?」

「嫌われてる。今回のSNSの炎上を見ていたら、あたしのことが嫌いって言ってる人、いっぱいいたもん」


 ……さっき暴露系インフルエンサーの投稿を見せてきた辺りで、炎上騒動後も彼女が自分のネット評価を確認していることはわかっていた。

 今なんてネットを開けば叩かれることは想像もつくのに、それでも確認出来る白崎の強心臓ぶりに感嘆とさせられたこともあったが……ちゃんと凹んでいたんだな。


 ……まったく。

 エゴサして凹むくらいなら、そんなことしなければいいのに、と思わずにはいられないが……ここはフォローしないといけないのだろう。


「……まあ、お前は色んな人に嫌われてるだろうな」


 フォローしようと思った俺だが、白崎の発言は的を射ていて、思わず同意してしまった。


「そうだよね」

「まあな」


 俺は頷いた。


「当然の話だろ」

「……うん」

「ただ……お前に限った話じゃない。人間誰しも、どこかの誰かに嫌われているもんだ」


 白崎は顔をあげた。


「都心の人混みの中を歩いていて、前の奴が邪魔だから嫌いだ、とか。列を横入りしてきたから嫌いだ、とか。……人を嫌いになる要素は、人を好きになる要素よりその辺に転がっているからな。些細なことで、人は人を嫌いになる」

「……」

「だから、お前のことを嫌ってる奴はこの世にごまんといる。でも、俺のことを嫌ってる奴も、この世にはごまんといるぜ。……ただ、その中でもお前は、よりたくさんの人に嫌われているかもな。でもそれは、お前が気に食わないことが理由じゃない。お前が目立つからだ」


 俺は続けた。


「目立つ人ってのは、人からの注目を集めやすい。人からの注目を集めやすい人ってのは、人から好みを判別されやすい。人から好みを判別されやすいってことは、嫌いな人も一般市民よりも多く出てくる」


 まあつまり、インフルエンサーなんて目立つ活動をしている白崎が、より多くの人間に嫌われることは当然だと言うことだ。


「ただ、勘違いするなよ。人から好みを判別をされやすいってことは、好きな人も一般市民より多く出てくるってことだ。つまり母数が違うってことだ」

「……あ」

「そして……お前の好き嫌いの人の割合を調べたらさ、きっと平均的一般市民より、嫌いより好きの割合が高く出るはずだ」

「……それは、わからない」

「わかるよ」

「どうして?」

「嫌いより好きな人の割合が高くないと、普通はインフルエンサーなんかになれないからさ」


 白崎は少しだけ納得したようだった。


「だから、何度も言うけど、少しは自分の実績を誇れよ。お前にはその資格がある」

「……うん」


 どうやら完全に納得したらしい。

 彼女の憂い事が一つ減ったことを確認して、俺達はカレーを再び食し始めた。

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